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■主様のブーム

 朝だというに北の大地はまだ薄暗い。
 大陸の端の端、人など滅多にやってこないその場所にはででんとお城が建っていた。人に放棄されて、それは半ば廃墟のようである。
 外壁に沿うように蔦が伸び放題で、見るからに長年手入れが入っていない。自由気ままに育った蔦が至る所に薄暗い影が落としていた。
 いかに朝とはいえ、中に踏み込むのにはなかなかの勇気がいるだろう。
 さて。そんな城なのであるが、ここに住まう者がいた。城の住人は、主とつき従う下僕ども。
 手入れを気にする主ではないし、それに輪をかけて下僕どもは気にしない。自然と城は荒廃の度を増して、近寄りがたくなっていく。
 城の主の名をヴィルムと言う。その職業は魔王。
 そもそも魔という存在は、人の心が生み出した。それは恐怖や恨みといったマイナスの感情。それが集まり、形をなして魔と呼ばれる存在となる。
 そして、彼らは業として人を憎む。
 自らが魔を生み出す原因だというのに、そのくせ魔を恐れ怯える人間を、彼らが気に入る道理などない。
 ヴィルムはそんな魔の中でも最も強い力を生まれながら手にしていた。ゆえに他の魔は彼に膝を折ったのだ。
 世に住まうあらゆる魔の王であるヴィルムの寝室は、その居城の一番上にある。
 もとからあった寝台に、どこからか奪ってきたらしい上質の布団がおいてある。北の地に明るい日の光は望めない。ただ、時間の経過を感じて布団がもぞもぞ動いた。
 ふかふかの布団がばさりと床に蹴り落とされる。
「うー」
 目を擦りながらむっくり起き上がったのが、当代の魔王、ヴィルムその人であった。
 黒い髪に濃い色の青い瞳。身を包むのも黒い寝間着。その持ち主は愛らしい少年だった。幼い子供に特有の、ふんにゃりとした肉付き。大きい瞳はとろんとして、まだ眠気が振り払えないようだった。
「おはよ〜」
 まがまがしさのかけらもない声だけど、その声に反応してどこからともなく下僕がやってきた。人らしい姿形ではあるものの魔物としか思えない者だった。
「おはようございます、わが主」
 いかに可愛らしい少年に見えても、ヴィルムは確かに魔の主なのだった。やってきたどこか爬虫類めいた下僕が、うやうやしく頭を下げる。
「うん」
 ヴィルムはぴょこっと寝台から飛び降りて、にっこりした。
「さー今日もいちにちがんばりまおー」
「……はっ」 
 にこにこヴィルムが言う。
 その言葉に、いくら魔王だからって「がんばりまおー」はないんじゃないかと下僕は思わずにはいられない。
「どーしたの、ゲルグ?」
 ヴィルムは歯切れの悪い下僕の言葉に、きょとんと首を傾げて尋ねた。
 下僕――ゲルグは、その問いに答える言葉を持たなかった。
 ここのところ、語尾に「まおー」をつけるのが魔王様の中のブームなのである。曰く、「魔王っぽさをアピールしてみた」のだそうだ。
 突っ込みどころは満載だけど、それは言うわけにもいかない。なぜならば魔王は絶対の存在で、逆らうわけにはいかないのだから。
「いえ、なんでもございませぬ」
「そ?」
 ヴィルムは下僕の答えに一度目をぱちくりさせて、彼をじっと見つめた。
 じー。
「………」
 じー。いつまでもじっと、ヴィルムはゲルグを見つめ続ける。
「…………ええと、我が主。お食事になさいませんか?」
 沈黙と凝視に堪えられないが、だけれど素直に答えるわけにもいかない。そこでゲルグが別の話を振ると、ヴィルムはあっさり誤魔化されてぱっと表情を変えた。
「そーだねー。じゃあ着替えてからいきまおー」
「はっ」
 続く言葉もやはり「まおー」で締められる。呆れはしたものの、同じ日に二度呆然とするほどゲルグは愚かではない。彼は突っ込まれないうちに、主の言葉に素早く深々とうなずいたのだった。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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