IndexNovel可愛い系魔王とへたれ勇者

■主との対面

 鱗に覆われたその腕が扉に伸びるのを、サウラは見守った。
 扉のその奥の、新しい主の姿を夢想する――。
 ギギギ、と扉は軋んだ音を立てた。
 この城は古すぎるのだ。寂れた様子を見上げて、サウラはこっそり眉を寄せた。我らが偉大なる主の居城がこんなだとは。
 新しい主様は、住まいの手入れになどご興味がないらしい。
 ギギギギギ。
 重苦しく耳障りな音を響かせて、扉が開ききる。
 緊張を深呼吸で追い払って、サウラは爬虫類じみた姿で歩く同僚の姿を追った。
 城に入ると明かりさえ灯っていない廊下が続いている。
 昼間だとはいえ、薄暗い。サウラは手を一振りして、備え付けの燭台に火を灯した。
「掃除くらいしたらどうなのォ?」
 灯に照らされると蜘蛛の巣まみれの燭台が目に飛び込んできたので、サウラは顔をしかめる。
 前を歩いていた同僚――ゲルグはちらりと一瞬振り返った。
「気になるなら貴様がすればいい」
「はン、何で私が。下っ端どもにやらせればいいでしょォ?」
「好きにすればいい」
 立ち止まらずに言い捨てるゲルグにサウラは渋面になる。
「別に急ぎはしないわよ――それで、新しい主様はどこなの?」
 愛想のない男だ。
 ……そんなこと以前から知っていたが。
 サウラの問いかけにゲルグは歩を緩める。
「今の時間は……」
「無計画に歩いていたわけ?」
「あの方の行動は気まぐれなのでな」
 しれっと言い、爬虫類じみた男は再び歩く速度を上げる。
 見知らぬ主にコメントするのははばかられて、サウラはその後におとなしく従った。
 外観からしてそこまで大きいとは思えなかったが、それでもそれなりの距離を歩き階段を昇る。
 たどり着いたのは、謁見の間と見える。
 両開きの大きめの扉。ゲルグはそれに近付いて、遠慮なく片方を引いた。
 その扉もやはり軋む音を立てる。ギシギシ音を立てながら開いた扉の先、謁見の間にも薄い闇が漂っている――その様はいかにも魔王の部屋らしかったが、それにしたって少しは光源があっていいのではないかとサウラは思う。
 だがここで明かりを使うのはやめておいた。
 薄闇が主様の好みならば、そんなことをすればご機嫌を損ねてしまうかもしれない。
 サウラは薄闇の先を見据え、目を細めた。
 広い室内、一番奥にある玉座を見据えて、闇に目が慣れるのを待つ。
「いないじゃなィ?」
 そして玉座に誰もいないことが確認できたので、サウラは同僚に向けて唇をとがらせる。
「何をしている?」
 いつの間にか部屋の奥に移動していたゲルグは不審そうに――だろう――首をかしげながら声を掛ける。
 顔でもしかめているのかもしれないが、サウラには分からない。分かりたくもない、というのが正解だが。
「何って――」
 玉座に座ってるンじゃないの?
 問いかける前にゲルグが動き、再び扉を開ける音。
「奥?」
 サウラは足早にゲルグに近寄り、彼が入り込んだ奥の間へと続く。
 そこは冷えた廊下で、すぐに階段がある。ブーツがかつかつと音を立てるのを聞きながらそれを昇ること十数段。
 大分うんざりしながらゲルグが扉を開けるのをサウラは見守る。いい加減城の一番上だ、これで最後だと信じたい。
 意外なほどなめらかに扉が開き、これまでにないくらい慎重にゲルグがその中に身を滑らせるのを見て、サウラはごくりと息を飲む。
 ゲルグは軽く手を上げて、来るなと彼女に伝える。寝室だろうか――?
 それならばさすがに入るわけにいかない。
 サウラがおとなしく動きを止めたのを確認してうなずきながら、ゲルグは扉を半開きにしたまま奥に進んでいく。
 聞き取れないが、わずかに言葉のやりとりの気配。そうしてしばらくして再びゲルグが姿を見せた。
 瞳を一瞬閉じて、開いて。
 新しい主が出て来るのを待ち――濃くなる主の気配に緊張を覚えてサウラはすっと息を飲んで、居住まいを正した。
「おきゃくさま?」
「はい」
 聞こえた声にゲルグが生真面目にうなずく。
 その声のあまりの幼さにサウラは目を剥いて、声が聞こえた辺りを見た。声の主はゲルグの腰よりやや低いくらいの背の高さの、子供で。
 大きく見開いた目を一度瞬きして、サウラはゆっくりとゲルグに視線を移した。
「ねェ、ゲルグ、その……」
「サウラと言います」
 サウラの驚きなど彼にとってはどうでもいいのだろう。問いかけは無視して、ゲルグはその子供に言う。
「こんにちはサウラ」
 そう言う子供の気配に意識を向け、それが魔王としか思えないモノであると理解しつつも信じられなくて。
「……本気で……?」
「僕はヴィルム、まおーだよ」
 舌足らずに告げる可愛らしい声はほとんど右から左へと抜ける。
 サウラは呆然とその場に立ちすくみ、魔王ヴィルムはそんな彼女を見てきょとんと首をかしげた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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