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3.

 教室を飛び出したものの、小坂の行き先の心当たりなんてない。
 彼女の性格からして迷うことなく講堂に向かったことも考えられる。
 ……羽黒に対する小坂の反応は普通じゃなかったから、普段とは違うことをするんじゃないか、なんてちらりとは思うけど。
 でもやっぱり心当たりは講堂くらいだから何となくそちらに足を向け、その近くを探す。
 いつもと違う小坂でも、始業式をすっぽかすことはしないだろう。だとしたら講堂ではないにしろ、近くにいるかもしれない。
 あちこちきょろきょろして彼女の姿を捜しながら、ゆっくり講堂に向かう。
 教師の姿が見えたので講堂の近くで茂みに身を隠す。早く講堂に入れなんて言われたら小坂を捜すどころじゃない。
 そのまま教師から逃れるように移動しようとしたところで、小坂を発見したのは偶然だった。
「お、よう小坂」
 がさがさ茂みを揺らしながら近寄った俺のことを驚いたように小坂は見た。
「篠津くん。どうしたの?」
 いっぱいに目を見開いた小坂はぱちくりと瞬きしていつもの顔に戻る。
「いや、どうしたんだろうな」
 素直に追ってきたんだとは言えなかった。ごまかすように言う俺を見て、小坂は何となく悟ったらしい。
 ふっと微笑んで、視線をそらす。
「みっともないこと、しちゃった」
「ちょっと驚いたな」
 黙っているわけにもいかず本当のことを言う。
「ちょっとだけ?」
 俺のことを伺う視線。俺は本当だというようにうなずいてみせる。
「転校生と、知り合いなのか?」
 問いかけに小坂が瞳を揺らしたから、まずかったかと思った。彼女は俺の視線から逃れるように講堂を向いてしまう。
「言いたくないならいいんだけど」
「幼なじみ、ってやつなの」
 言いたくなさそうだったから、答えが返ったことに驚いた。
 幼なじみ――なんて濃厚な関係だ。俺だって小坂くらいきれいな幼なじみ、持ってみたかった。
「仲違いでもしたのか?」
 さっきのはどう見ても久々に会ってよかったなって態度じゃあなかった。
「私が一方的に嫌がってるだけかも。陽くんは悪くないんだけど――現実的で無神経なの」
 く、陽くんだなんてなんて親しげな!
 小坂に嫌がられている事実さえなければ羽黒と立場を交換したいくらいだ。呼び方一つで彼女との距離の違いがわかってしまう。
「無神経?」
「そうよ」
 小坂はうなずいた。その内容を聞いたら俺の方こそ無神経になりそうだ。
 時計を確認する。二十分――そろそろ講堂に向かっていいだろう。
「講堂、向かうか?」
 話は終わりだってそう切り出すと小坂は頭を振った。
「陽くんには会いたくない」
 羽黒の野郎、いったい小坂に何言ったんだ!
 真面目な小坂にそんなこと言わせるくらい、動揺させて。
「始業式は出席番号順だろ、羽黒は後ろの方だし大丈夫さ」
 頭がかっとなって、ヤツを殴りにいきたくなった。お前小坂に無神経なことを言うなって。
 小坂が関わりたくないというなら、俺が間に入って邪魔してやる。
「ありがと」
 小坂は嫉妬じみた俺の感情にまでは気付かない。気付かれていたら恥ずかしくて逃げ出す自信はある。
「でも、ちょっと今日は駄目かな」
「どうしてだ?」
 反射的に問い返してしまった。無神経なことをいってしまったって気付く前に小坂はそっと目を伏せる。
「また、陽くんを怒鳴りつけそう」
「小坂が?」
「私がってどういう意味よ」
「いや、もう落ち着いたように見えるし」
 そんなことないよって小坂は首を横に振る。
「顔見たらまた頭に血が上ってしまうわ」
「そうならなくていいように、俺が小坂の視界を遮るよ?」
 小坂は意外そうに目を見開いた。
「篠津君は面白いことを言うわ」
「そいつは心外だな」
 小坂の視界を遮るために隣にいるとか、思いつきで口にした割にはいい案だと思ったんだけど。
「また小坂が声を張り上げるなんて俺は思えないけどな」
「そんなことないわよ」
 妙にきっぱりと小坂は言った。
「陽くんは私を怒らせそうなこと、たくさん知ってるの」
「幼なじみってことは、過去の失敗あれこれ?」
 軽い口調で冗談めかすと、小坂はそれもあるかもねって同じように軽く応じてくれた。
「でも本当はちょっと違うわ」
「小坂?」
 彼女の口ぶりに真剣味がまして、意外に思う。
「どうした?」
「今のこともかも」
 無神経な発言の内容を、彼女が言い出しそうな気がした。言うなと言うべきか、それこそが無神経なのか、考えていたら彼女は大きく息を吐いた。
「私の両親、離婚してるの」
「ぅえ」
「気にしないでいいよ」
 いきなり話し出した内容にうめき声を上げると小坂はにこりと笑う。
「篠津くんは軽々しくそういうこと、言わない人だと思うし」
「いやでも」
 俺が聞いていいのか? 言ったって事は聞いていいんだろうけど。
「陽くんは、そのことを私に忘れろって言うの。だから、嫌なのよ」
「あーいや」
 俺の両親はたまに喧嘩はするけれど普通に仲がいい。離婚だなんて遠い世界の話で、なんと言っていいかわからない。
 小坂は「篠津くんは幸せだね」と笑った。小坂がそうやって笑ってくれる方がよっぽど幸せだ。
「篠津くんは、入学式のあとで私になんて言ってくれたか覚えてる?」
「へ」
 俺が反応に困っているのを案じて、小坂はわざわざ話題を変えてくれた。
「え、ああ――覚えてるよ」
 小坂は自分のことで手一杯かも知れないのに俺にまで気を回してくれた。
「あのプロ並みのペン回しに、中身はよく覚えてないけど感想を言ったんだよな」
「小さいときからのクセなのよね」
 俺の感想に小坂は俺の記憶の中にあるまんまのことをまた言った。
「これだけは治りそうにないの。姉が一人いるんだけど、昔から二人でくるくる回してた」
 と思ったら続いた。
「へえ、お姉さんがいるんだ」
「うん。私とおねーちゃんにとってペンっていうのは魔法の杖だったの」
「は?」
「ペンを回して魔法をかけて、空想の世界で遊んでた」
「あー。俺も昔、ハンカチを手に巻いて変身ブレスだとか言ってたなあ」
 赤い服を着て戦隊モノのリーダーのつもりになって。
 小坂は似たようなことをしてるねってくすくす笑った。
「たぶんそのときから私は何にも成長してない。未だにペンで魔法をかけられるとどこかで信じてる」
 笑みが消えて、真剣な表情。
「馬鹿みたいでしょ?」
「いや、というか意外?」
 魔法を信じてるなんて小坂が言い出すとは思わなかった。
「ペンを回して魔法をかけ続けたらいつか両親が再婚しないかなってそんなことばっかり考えてた――そのクセが抜けないの、指摘されちゃった」
「羽黒に?」
「そう。理詰めでね。陽くんは現実的だよ。それに比べて私は夢ばっかり見てる、心のどこかでわかってること、指摘されちゃった。現実見ろって」
 昔に比べてますます固い頭になっちゃって、なんて。
 普段の小坂らしくない口調で言って深い嘆息。
「人それぞれ、考えは違うだろ」
「うん、そうね」
 小坂はこくりとうなずいた。
「だから、あいつの事なんて小坂が気にすることないだろ」
「ありがと」
 小坂ははにかむ笑みを見せた。
「篠津くんに言って、気が晴れたかも」
「そりゃよかった」
「うん」
 小坂は講堂に行く気になったらしい。時計を見てみるとぎりぎりで、俺達は早足で歩き始める。
 途中でふっと思いついて、俺はさらに足を速めた。
「なあ小坂」
「どうしたの?」
 不思議そうに問いかける小坂の顔を見る勇気はない。
「でもあのペン回し、本当に魔法使えるかもな」
「え?」
 驚いたような小坂にかまわず俺は続けた。
「だってあれで俺、小坂のこと好きになったし?」
 恋の魔法にかかったんだよなってくっさい台詞を言い残して、俺は全力で講堂に駆け込んだ。
 始業式中にふられても平気な勇気を下さいと、神様や仏様に祈りながら。

END
2006.08.31 up
関係作品:私と坂上の関係(坂上利春)・まるで空気のような(原口祐司)
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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