IndexNovel彼女は天然

飛行機のおまじない

「あっ」
 空の声で俺は我に返った。思わず寝そうになっていた。
 天気がよくて、気温がちょうどいい。公園の芝生に腰を下ろしていたらいつの間にか眠気が忍び寄ってきていた。
 あああ、せっかくのデートなのに。いくらのんきな空でも怒ってしまったかもしれない。
 俺は恐る恐る彼女の様子をうかがった。
 白いシャツに青いミニスカ。肩くらいで切った髪がさらりと揺れる。
 俺の隣に立つ彼女はやけに真剣な顔をして空を見上げていた。
 細い両腕を上げて、両手を自分の顔の前に持ってきて真剣な顔のまま上空を睨みつけている。
 なにがあるんだ?
 俺も彼女に習って空を見上げた。
 雲一つないいい天気だ。
 青い空がどこまでも続いている。
 だだ彼女の視線のその先には飛行機が一機。
「おっけー」
 ひどく満足げに空はつぶやいて、さっと手を下ろした。
「なんだったんだ?」
 あの飛行機の何がオッケーなのかがわからない。
 彼女は満面の笑顔で僕の方を見た。
 どうやら、考え事のせいでほったらかしだったことは気に止めてないらしい。あるいは、気付かなかったか。
 気付かなかった、が正解だろうな。
「えっへっへ〜」
 空も例のごとく何か考えていたんだろう。
 青空を見上げて睨み付けたその行動の意味は分からないけど、空はご機嫌な顔で俺に近寄ってくる。
 まぶしそうに目を細め飛行機を見送りながら俺の腕をとる。
「ねえねえ、ゆーくん。知ってる?」
「何を?」
 上目遣いに俺を見上げた空はふふっと笑った。
「飛行機のおまじないのこと」
 大事な秘密のように空は言う。心当たりは何もなくて、俺は首を傾げて答える。
「知らないの――?」
 空は驚いたように目を見開いた。
「ほんとに?」
「嘘言ってどうするんだよ」
「有名なのに〜。ほんとにほんとに知らない?」
 うなずき返すと目をぱちくりさせて、空は仕方ないなあとばかりに口を開く。
「あのねえ、飛行機は空を飛んでるでしょ?」
「ああ」
 飛行場に行ったら飛んでないけど、そんなところに行く機会なんて俺には滅多にない。
「飛行機をね」
 空は俺から離れて、さっきみたいに腕を上げた。顔の前に両手を持ってきて指の先を重ね合わせる。
「こうやって。このシャープみたいになってる真ん中に飛行機が入るようにするの」
 人差し指と中指が空が言うように音楽で言うシャープ、漢字で言うと井戸の井の形になっていて、空は飛行機が去った方をぐるりと向いてその真ん中に飛行機の姿を収める真似をした。
「それがおまじない?」
「うん、これを100台分繰り返したら願いが叶うの」
「それは……」
 遠いな。
 それに飛行機は台じゃなくって機で数える気がする。
「まさにおまじないって感じだな」
 それにしたっておまじないって言葉自体何年ぶりに聞くだろう。
 小学校の頃は女の子がやたらといろんなおまじないをやっていた。空もしゃっくりが出た時に、なにやら呪文を唱えながら水を飲んだりとかいろんなものをやっていた。
 飛行機のおまじないっていうのも、そのたくさんのおまじないの一つなんだろう。
「100台って多いよねぇ」
「そうだな。何でまた突然、そんなのを」
 聞きはしたけど、空のことだから飛行機の姿を見て思い出してしまったんだろう。
「飛行機が見えたから。前は59台で止まったままだったんだ」
「じゃあ今ので60?」
「うん。あと40台で願い事が叶うよ」
 空はにっこりとした。
「気が遠いなー」
 大体最近は空を見上げることさえあまりしない。
 彼女である、矢島空は毎日のように見るけどさ。その彼女の方の空は、でも頑張るよーと可愛らしく拳を握る。
「何か願い事があるのか?」
「うん。でもゆーくんにも秘密。言っちゃうと叶わないから」
「ま、そんなもんだな」
 そうだよーと空は笑う。くるくると回りながら青空を見上げて、
「さすがに、そう何台も見れないね」
 つまらなそうに言う。
 1日1つ見られたとしても、1ヶ月はかかる。それまで空の中で飛行機のおまじないブームが続くのかどうかは実際のところ微妙だ。
「ま、すぐだろ。俺も一緒にいる時は、気にして空を見ておくから」
 隣にいる空を見てる方が多そうだけど、たまには青空に浮気したっていいだろう。
「うん。協力すれば、すぐだよね」
 空はうれしそうに笑って、戻ってきた。
「じゃあ、今日はコンビニでお弁当買ってこの辺で食べる?」
「中華食べたいんじゃなかったのか?」
「う。香恋軒のエビチリ……ッ」
 空は真剣にうなった。
「俺はどっちでもいいけどな」
「うー、うー。じゃあ先にエビチリ食べて戻ってくる」
「了解」
 エビチリとおまじないは空の中で同価値らしい。しばらく迷ってエビチリの誘惑に負けた空はさっそく張り切って歩き出す。
 そんなに悩むくらいかなえたい空の願いって一体何なんだろう。
 ――俺だったら、ずっと空と一緒にいることかな。
 多分その願いは飛行機なんかに託さずに叶うと思うけど。

2005.05.17 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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