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七夕の思いつき
「うわあどうしたの、水葉ちゃん!」
空の驚いた声を聞く機会なんて、滅多にない。
「おはよー、空」
空の親友である井下水葉は、どちらかというと姉御肌な性格だ。空の驚きなんて気にしていない様子でけろっとあいさつした。
「うん、おはよー。ねえどうしたのそれ」
驚きの響きを持ったままの空の声。俺は教科書を読むのを止めて顔を上げた。
俺の席から教室の入り口まではそう遠くない。前側の扉のところで井下はにっこりしたところだった。
「七夕でしょ、今日は」
通学用のカバンを手に持った井下は、背中に笹を差していた。
なんていうか、ほら。まあそれが刀かなんかだったら様になりそうな感じに背負ってる。
女子高生のする恰好じゃないし、七夕だからって背中に笹差して持ってくるか普通?
さすがの空だってそりゃあ驚くはずだ。
教室内が妙な沈黙に満ちているのは、今日が期末試験の最終日ってだけじゃないと思う。
「どこで買ったの?」
「買う?」
空の言葉に意外そうに井下は首を傾げる。
「近所のおばちゃんにもらったのよ。家で飾ろうかと思ったけど、敬太が中学にもなってそんなんするかよと言うから持ってきた」
「って、弟君だっけ?」
「そーよ、くっそ生意気な弟」
いやもー何であんなに可愛くないかねえ、ぶつぶつ言いながら井下は色気のないビニール紐でくくりつけていた笹を下ろして、教壇の奥の窓の側にそれを置きに行った。
「俺達高校生なのにすると思うのかよ?」
思わず俺はつぶやく。中学生でさえ嫌がってるのにあえて持ってくる井下も、変わっていると言えば変わってる。
「え、おもしろいじゃない?」
近寄ってきた空が言った。
まあ、俺は好きだけどね。
井下はとって返す途中で黒板の中央で立ち止まり、チョークをとった。
ぷち七夕会&期末打ち上げ
時間:2限目の現国テスト終了後
場所:我がクラス
参加料:ワリカン。500円程度。
はっちゃけたい人は参加よろしくー
テスト前にそれはどうなんだって内容をさらさらと書き込む。多少右上がりなものの、読みやすい字。
「わー。ゆーくん楽しそうだねえ」
空がそれを見てうれしそうに言った。
井下はチョークを持ち替えて、緑ので適当に笹っぽい絵を描いて、いろんな色で短冊っぽいのを付け加える。
最後に文字を赤いチョークで囲って、手をはたいた。
「せっかく七夕だし、期末終わるし楽しみましょ?」
くるっとこっちに向き直ると井下は宣言した。
ぱらぱらとまばらな拍手と、「おー」なんて声。反応する人間がいまいち少ないのは最後の悪あがきに集中しているヤツが多いからか。
まあ他にも――あるんだろうけどさ。
「空も須賀っちも参加してねー」
井下は通りがかりに言い残して自分の席について教科書を広げた。
テストが終わって、しばらくして。
「まあ、こんなもんかしら」
残ったのは10人そこそこだった。
井下はもう帰りそうなクラスメイトがいないのを確認して集合をかける。
「それにしても井下さん、笹持ってくるなんて大胆ねえ」
「もらわなきゃこんなコトしないわよー。思いついたら面白そうだったから」
「面白いからって普通持ってこねえって」
いろんな声に応じて、静かになったあと彼女はぽんと手を叩く。
「男性陣は会場をセッティングしてもらうわよ。女性陣は買い物」
「井下せんせーしつもーん」
「はいなんでしょう、尾崎君」
冗談めかした呼びかけに、にっこりと井下。
「セッティングっつっても、どうしたらいいのか分かりませーん」
「あー。じゃあ私残るわ。買い物メモは作ってるから、空に任せたー」
「うええええ」
名指しされた空が驚いた声を上げる。
井下は胸ポケットからメモを取り出して空に手渡す。
「須賀っち、荷物持ちとお目付役よろしく。とりあえず一人五百円お願い。あとで残りは返すから」
手際よくお金を徴収した井下が、空でなく俺にじゃらりと小銭を渡す。千円札が一枚、五百円玉が三枚、百円玉がたんまりあって、十円玉も混じっている。
五千五百円。数えて、財布に入りそうにないのでハンカチでくるむ。
「領収書もよろしくねー」
そんな声に見送られて、買い物に出たのは五人。
「何買えばいいんだ?」
「百円ショップで画用紙一袋。紙皿、枚数多いのを一袋。紙コップ人数分になるだけ。あとはお菓子と飲み物を予算内で」
「妥当なトコだな」
空はこくんとうなずいた。
「画用紙やら紙皿で五百円くらいかなー。てことは五千円は食べ物買っていいな」
「え、ゆーくんギリギリまで使うつもり?」
「飲み物と食べ物、どっちが多い方がいいのかね」
「わかんないけどー」
空は困ったような顔をして、俺達の後ろについてきている女子達を振り返った。
「どうかな?」
「こっちにも井下さん必要だよね」
答えじゃない答えが返ってきた。
「いきなり七夕とか言い始めるとは思わなかったよねー」
「あそこまで堂々とやらかすと乗ってみたくなるよね」
「逆に気に入らない人もいたけどね」
「あー。それひがみひがみひがみ」
いきなり会話が盛り上がった。
「井下さん目の敵にしてるのがいるでしょ。誰とは言わないけど」
「いるいるいる」
ああ、彼女ねえなんて俺も納得いくもんがあった。
目立つ井下が気に入らないって女子はクラスにそこそこいるらしい。
井下はさばさばしてて、はっきりしっかりものをいうところがある。付き合いやすい性格だから、男友達が多いって辺りも嫌われる要因なのかもしれない。
そういうあたり女子って怖いなーと思う。
空にはあんまり関わって欲しくない内容だから、ちらりと彼女を確認する。
メモを握りしめながら、いつもの考え事。
何考えているか知らないけど、空がつまらないことを耳にしなくてよかったななんて思う。
過保護とか言われるかもしれないけど、空の――なんだ、純真さ? そういうのは大事じゃないかって思うんだよな。
そのうち会話が七夕会がどうなりそうだってことにシフトする。声がひそめられて、何人かの名前がぽつりぽつりと聞こえたり聞こえなかったり。
参加者の、野郎どもの――。
俺がいると話しにくい内容なんだろうなと足を早める。
他の男の話も空の耳には入れたくないんだけど、考え事してるからまあ平気だろう。
「ねえねえゆーくんー」
って、追いついてきたよ空が。俺、早足だったのに!
驚いて振り返ると、他の女子は数メートルは離れてる。
目敏く俺が先に行ったって空が気付くなんて、今夜は雨が降るんじゃないだろうか。
七夕なのに。
思わず青い方の空を見上げる俺のシャツの袖を空はくいくいっとひっぱる。
「なんて願いを書こうかなあ」
今日はそれをずっと考えてたのか。納得しながら返答には困る。
そうか、笹があって画用紙を買ったら、願い事書いて飾らないとな。
空とずっと一緒にいたい、とかまあそんなこと恥ずかしいから書けないわけで。
「どうするかなあ」
「困るねえ」
俺は空に合わせて首を傾げた。
2005.07.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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