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電車は魔法を使う

 いやもう、本当に見ていて飽きない。
 世間様がいくら冬の寒さにさらされていても、公共の交通機関内は暖かい。
 学校帰りに市内に出るにはバスを使った方が断然便利がいい。
 でも私と空はバスでなく電車で市内に向かっている。



「ふっふっふ、須賀っち。今日の放課後は空をいただいたからね」
「はあ?」
 昼休みも中程、お弁当を片付けた後。
 私は空の幼なじみにして彼氏である須賀っちに意地悪く声をかけてみた。
「市内でデートよ、うらやましいか」
「あのな井下、女同士でそれはむなしくないか?」
「嫉妬は醜いわよ、須賀っち」
「俺が言いたいのはそんなことじゃないんだが」
 何故か苦々しい顔で須賀っちは言う。かまわずに私は胸を張った。
「心配しなくてもちゃーんとエスコートするわよ?」
「あのなあ……いやいいけど。市内ってバスで行く気か?」
「何を当たり前のことを」
 いきなり突拍子のないことを聞いてくる須賀っちに私はそう返す。
「あー。悪いけどそれ、電車で行け?」
「お願いしてるようには聞こえないわねぇ」
 意地悪く言ってみる私に須賀っちはますます苦い顔。
「空はバスに酔うんだよ。電車なら酔わん。だから電車で行け」
「何よそれ」
 初耳な事実に私は瞬きを一つ。
「野外学習の時、バス移動だったけどそうでもなかったような」
「そりゃ、あらかじめ酔い止め飲んでたら酔わないだろ」
「あー、なるほど」
 思い返してみると空はやたらと眠そうにしていた。あれは酔い止めの効果だったわけね。
 空と須賀っちは徒歩通学だし、いきなりバスに乗るって言ったところで酔い止めは持ってないかあ。
「空は何にも言ってなかったけど、遠慮したかしら」
 バスは学校の近くですぐ乗れるけど、駅は遠い。私のつぶやきに須賀っちは肩をすくめる。
「いつも酔い止めを飲んでるから、ヤバイって事実にまだ気付いてないんじゃないかな」
「――さすが旦那様はよくおわかりですこと」
「あのな、井下。旦那って――」
 文句を言う須賀っちの言葉がぴたりと止んだ。その視線の行き先を探ると簡単に空に行き着く。
 ようやく昼食を終えたらしい空がこっちに向かってきているのに気付くとは目敏い。
「んー、愛ですねぇ」
「お前は俺で遊んでるだろ」
「いやまさか」
 面白がってるだけですから。私の本音を悟ったらしい須賀っちは実に嫌そうな顔をして、それからやってきた空に笑顔を見せた。
 切り替え早いわ、ホント。



 結局須賀っちの忠告にありがたく従うことにした。
 今日の目的の一つはどこかでお茶をしたいっていうのあるから、空の体調を崩れたら元も子もない。
 メインはすぐそこまで迫っているバレンタイン対策なんだけど、それよりもお茶の方が私にとっては重要。
 須賀っちが何をもらえば喜ぶだろうと相談しながら駅までを歩く。高校から駅までは結構な距離がある。それこそバスを使えばすぐなんだけど、それだと意味がない。
 駅に着いて切符を買って構内に入り込んで、やってきた電車に乗り込む。
 市内――つまり、鷹城のメイン市街までは高校最寄り駅から十五分。
 幸い空席があったので遠慮なく座り込むと、がたりと電車が動き出した直後空がうとうとし始めた。
「え、ちょっとっ?」
 戸惑う私をさておいて、わずかの間に空は眠りに入る。
 バスで寝てたのは酔い止めのせいじゃなかったわけ?
 酔い止め以前に乗り物で眠くなるのかしら。
 がたがたと電車は揺れて、その度に空はふらふらと揺れる。あっちにふらりこっちにふらり――本当に見ていて飽きない。
 途中の駅でたくさんの人が乗ってきたので、慌てて空を引き寄せる。
 まるで彼氏と彼女みたいだわ――もちろん、私が男役。あどけない顔で空はすっかり夢の中。起きる気配が全くない。
 ちゃんと降りる前に起きてくれるか心配してたら、ちょっと力を込めて揺り動かしただけで目を開けてくれた。
 鷹城駅に降り立ってホームの中央にたどり着くと空は寝ぼけ眼をごしごしとこすった。
「よく寝てたわねえ」
「うんー」
 ゆらゆらとうなずいた空を伴って、改札に向かう。
「あんな短時間で寝るとは思わなかったわ」
「だってー」
 半分呆れた私の言葉に言い訳がましく空は切り出す。
「だって、電車は魔法を使うんだよ」
 思わず足を止める私を数歩先んじて、空はきょとんと振り返った。
「どうしたの? 水葉ちゃん」
「どうしたの、って――」
 うらやましいくらい可愛い顔にとても不思議そうな表情。誰も空にきついことが言えなくなるのは空の周りのほんわかした空気に気がとがめるから?
「魔法って、何よ」
 そんな馬鹿なことを言うなって言うよりも、世の中の雑事から守ってあげたいと思う。
 その筆頭のハズの須賀っちがこれまで全力で守ってきたから空はこうなんだろう。私だって、突き放すようなことを言って空に悲しい顔をさせたくない。
 そう思わせる才能が多分空にはある。
 きつくない言い方で問いかけると空はうーんと首をひねった。
「電車ってごとごとーって揺れるでしょ?」
「そうね」
「揺れると眠くなるよね。だから魔法なの」
「えっ?」
 地球が丸いですよと言うのと同じくらいに当たり前に言われた言葉と、そのあまりにも強引な結論に思わず目を丸くしてしまう。
 あー、あー。これは、えーと。
 ここで須賀っちなら少しだけ困った顔をして、やんわりと空が納得するように何事かを言うんだろう。
 十数年モノのその技術を知り合って一年足らずの私が持っているわけがない。
「それはまあ、なんというか――」
 何とも言えないわけだけど。
「空の考え方って、やっぱり独特よねえ」
 結局こんなことを言うのがせいぜいだ。空は「そうかなあ?」何で首を傾げてる。
 ああもう、いたら困るけどここに須賀っちがいたら面白い会話になっただろうに。
 電車が魔法って一体どういう話なんだか、是非解説してもらいたいんだけど。

2006.02.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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