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ブロンズの思い出

「懐かしいねー」
 さっきから空は、それしか言わない。
 俺のお隣さんにして幼なじみにして彼女である空は、いつもの笑顔をさらに緩めてにこにこしている。ふわふわちょろちょろと、浮き足立った足取り。小学生よりおぼつかなくて心許ないのはいかがなもんだろう。
「そうだな」
 歩道もない道。車がもう少し多いようなら腕でも引き寄せるところだけど、多くもないのにそれは気恥ずかしい。せめて彼女を壁際にしたいのに、空はあちこちを見ることに余念がなく追い切れない。
「懐かしいねぇ」
 明るかったりしみじみだったり、声の調子は様々。くるくると動き回るもんだから、さほど遠くない道のりにやたらと時間がかかっている。そこまで急ぎでないけど、時間に余裕があるわけでもなく、気持ち足を速めてみても、空がついてこないんじゃ意味がない。
 小学生の頃からほとんど変化ない見慣れた町並みの一角。それでも文具屋兼駄菓子屋がつぶれてコンビニになっていたり、空き地が駐車場になっていたりと細かな違いがある。
 お互い生まれて一度も引っ越していないんだから、来ようと思えばすぐ。だけど小学校を卒業してこっち、ほとんど小学校付近まで来たことがなかったんだと今更気付く。
 俺と行動範囲がかなり重なる空も同じだろう。
 ここってこんなだったかなあ、こんなお店あったかなあ、桜が咲いてるよー!
 うきうきした口ぶりでくるくる言いながら、彼女は動き回ることに余念がない。
「そーらー」
 もう、校舎までほど近い。やたらと高いフェンスの向こう、校舎に取り付けられた時計の短針は三を指そうとしている。
「遅れるぞ。もう三時になる」
 空は俺と同じように時計を見て、こくんと素直にうなずいた。
「帰りにまた見てもいいし、休み中にもう一度遊びに来てもいいだろ」
「うん。そうだねえ」
 空の隣に並んで、足並みをそろえる。もう一つ角を曲がれば校門だ。
 約束の同窓会という内容のはがきが来たのは二月の半ば過ぎた頃だった。成人式でプチ同窓会をしたくせになんだと一瞬思ったけど、はがきの内容を見ると目的は明らかだった。
 六年の時の担任が俺たちに書かせた未来への手紙。二十歳になったら同窓会で手渡そうと先生はとても張り切っていた。
 だから、はがきに記された幹事の名前は担任だった小田先生。パソコンで印刷された文面に、小学生が好みそうな絵柄のイラストは間違いなく手書き。几帳面な読みやすい字で「須賀君は元気ですか? 矢島さんとまだ仲良くしているのかしら。是非一緒に来てくださいね」と書いてあった。
 空に確認すると、全く違うイラストに、名前だけをひっくり返した同じ言葉。
 一緒に姿を見せたら相変わらずねえなんて笑われそうだと思いながら、それでも空と一緒にやってきたわけだけど。
 だって、ほら、なあ。小学生の頃よりも格段に可愛くなってるからな空は。悲しいことに誰も疑わずにふらーっとついていきそうだから、俺が横についてしっかりアピールしなければ。
 意を決してくぐった校門の近くには見知った顔はいなかった。目的地が懐かしい我が六の四だから、約束の時間近くにこんな所を誰もうろちょろしているわけがないか。
 遊びに来ているらしい春休み中の小学生が幾人か駆け回っている。見慣れない俺たちを不思議そうに見る子供もいた。八年前は俺もこんなだったんだなあと思うと何となく感慨深い。普段子供を見てもそんなこと、ちっとも思わないのにな。
「変わってないねえ!」
 目を細めて子供を見ていた俺に、空は明るい声をかけてきた。彼女は子供みたいに後先考えずに前に向かって駆け、校門前の花壇の前で止まると、笑顔で顔半分振り返ってくる。
「ゆーくん、まだあるよ。ぞーさん」
「はあ?」
 象ーッ?
 俺は不審に思いながら早足で空に迫る。突拍子もないことを空が言うのはいつものことだけど、「まだある象」って、なんだ?
 俺が知っているものだろうかと近づいて彼女の視線の先を見る。
「ああ、ブロンズ像か」
 花壇の真ん中に据えられたブロンズ像が視線の終着点。
「うん。ちょっと、汚れてるみたいだね」
 くすんだ青銅色に向ける空の眼差しはいつもに比べて柔らかさが足りない。
 空はこのブロンズ像が好きでないんだ。好きでない理由はかなり子供じみている。だから未だに複雑な思いを持っているなんて思いにくいけど、――この表情はまだ持ってるってことだろうな。
「だな。空、遅れるから行くぞ」
 ぽんと軽く彼女の後ろ頭を叩いて、こっちに注目を向けさせる。「うん」と素直にうなずいた空は俺の横に並んで歩き始めた。



 ブロンズ像が来る、そんなことを担任から聞いたのは小学校三年か四年の時だった。四年、かなあ。同じ担任だったしクラス替えは二年ごとだからはっきり思い出せないんだけど。
「ゆーくんゆーくん!」
 それを聞いたすぐ後の休憩時間、空が興奮した顔で駆け寄ってきたのはよく覚えている。
「ブロンズだってー。すごいねー。すごいねー」
 興奮のあまり頬が上気していて、両拳を握りしめて何度もすごいねえと繰り返してた。俺もうんうんとおなざりにならない程度にうなずいた。
 正直ブロンズ像のどこがすごいのか、俺は当時もわからなかったし、今もわからない。芸術的なんだろうなあと思うけど、じっくり観察してもよさがさっぱりわからない。作るのは大変なんだろうなあ、くらいかな。
 制作者の人には大変申し訳ない話だけど、「季節の彩りと舞う子ども」なんて名前の意味もよくわからないわけだし。
 創立何周年だかの記念にうちの学校に縁がある芸術家先生が寄贈してくれるって話だったかな。
「すごいねー、わくわくするねー」
 期待で胸を高鳴らせている空はブロンズ像到着当日まで浮き足立っていた。そして、その直後から落ち込んだ。
 あの日はいい天気だったように思う。季節は――春か秋かな、暑くも寒くもなかったから。全校生徒が狭苦しい校門前と中庭にみっちりと集まっての除幕式。
 出席番号順に並んでいたから空のその時の様子を直接は見ていないけど、聞くところによるとずっと不思議そうだったらしい。
 簡単なセレモニーの後で校長と制作者である芸術家が同時に白い布を取り去ると、青いような、緑のようなそんな色の光沢を持ったブロンズ像が現れた。小さい子供――多分男の子が、蝶や鳥と遊んでいるような形。どの辺に季節の彩りがあるのかは芸術家先生に聞かなきゃわからない。
 誰かの拍手につられて意味もわからず拍手をした後、教室に戻る時に空の異変に気付いた。朝まで「今日来るんだね〜」と楽しそうだった彼女が見るからにしゅんとしているんだから、わからないわけがない。
 肩を並べての帰り道に、「どうしたの」って聞いて、俺は驚いたよ。
 空は、ブロンズ像がブロンズって種類の象だと思ってたんだって。鼻の長い象がやってくるって。
 話の端だけ聞きつけて、想像の翼を広げたんだろうなあ。空は昔からそうだ。ひょいと頭に飛び込んだ何かを変な風に解釈してしまうところがある。
 そう広くない小学校の敷地でどうやったら象が飼えるんだと思ったけど、先生が来るって言ったからには来てみんなで世話をするんだろうなーって思ってたって。
 期待の結果が象ではなく銅像だったら、そりゃ確かに落ち込むかもしれない。せめて象の形なら空も納得したかもしれないけど。
 それから卒業まで、空はブロンズ像を「象さん」と呼んでは複雑な顔で見ていた。よっぽど期待を裏切られたのがショックだったんだろうなあ。なのになんであえて「象さん」なんて呼んでたのか疑問だけど。 



 思い出した過去の恥ずかしい勘違いを忘れたように、校舎に入ってからはいつも通りの空だった。
 軽やかな足取りで階段を登り、最上階の真ん中に進む。
 集まっていたのは二十人ほど。俺たちが最後の参加者で、給食形式に机をひっつけた五つの島の一つに座ると、教壇の所に立っていた先生が「じゃあ始めましょうか」と切り出した。
 大体地元にいるメンツだから成人式にも顔を会わせた奴らが大半で、久々に会ったのは先生を含めて数人。記憶の底をさらってそいつら名前を思い出すのに少し時間がかかった。
 小田先生だけは、老けただけでほとんどまんまだった。どこかお上品な感じのおばさんは初老の域にさしかかってもお上品さを失っていない。教師用の机の後ろからでっかいビニール袋を軽々と持ち上げる所なんかは上品さのかけらもないけども。
 ペッドボトルが十本ほどと、袋や箱に入った菓子がたくさん。小学生の頃からあったような見覚えのあるパッケージがいくつもある。紙コップや紙皿を各島に配ってジュースをついで菓子を取り分けて、お菓子パーティなんて子供じみている。
 いやこの年になってそんなこと、普通この人数ではしないだろ。妙に懐かしくて、楽しかった。
 メインはもちろん未来への手紙だ。
「本当は一人ずつ読んでもらえばいいんだけどねえ」
 先生はそう言ったけど、そんなくっそ恥ずかしいことなんて誰もやりたがらない。結局先生が一人ずつ名前を呼んで、厳重に封をした手紙をまるで卒業証書のように渡していくだけ。
 俺の手にももちろん汚い字で「未来の須賀祐介へ」と書かれた青い封筒がやってきた。
 全員の手に封筒が行き渡ったところで「今ここで開けてね。みんなの前で読んでなんて言わないから」と先生が言うから何が書いているのか思い出せないまま開けて見て、そして身もだえた。
 これは誰にも見せられない。正視に耐えかねて、腕を限界まで伸ばして細目で見ても内容は変わらず恥ずかしいわけで。早々に読み終えて元の封筒に戻した。
 ああさっきブロンズ像を見た時の空の複雑な気持ちがわかるなあなんて思いながら、俺は渇いたのどをサイダーで潤した。

 物書き交流同盟 様の題名しりとり企画に参加した作品です。

2007.03.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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