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夏の約束 2・菅谷泰之

「なあ菅谷、俺と一緒に祭り行かないか?」
「はぁ?」
 人が頭を悩ませている時に、そんな馬鹿な声をかけてくる高坂に俺は視線を向けた。
 お前わかっているのか?
 いやわかっているんだろ。俺は知っている。お前は俺が何に悩んでいるのか知っているってことをな!
「それですべて解決だろ」
 目の前にいるのはクラスメイト――俺がよくつるむグループの一人だ。何を考えているのかよくわからないとよく言われる高坂は、相変わらず何を考えているのかよくわからない。
 グループ内にはもう一人何を考えているのかわからない奴もいるが、そっちはわからないなりになにやら持論をとうとうと語るので何となくわかった気分になるからまだましだ。対して高坂の方はすべてを語らないから余計にわかりづらい。
「なんでだよ」
 人の悩みを勝手に解決したことにする高坂を俺は睨み付けた。
 俺は意中の彼女――付き合っていないので俺の彼女じゃないけど、女の子だから彼女――をいかに自然に夏祭りに誘うかを悩んでいるんだ。目標はお盆の御津賀神社の夏祭り。
 付き合っている訳じゃないからこそ、簡単には誘えない。あくまで軽くごく普通にさりげなく誘うにはどうすべきか……反応を伺いながら直接誘いたいと考えると、夏休みまで時間がない。
 うぬぼれじゃないが、脈はあると思うんだ。
 今年クラスが離れて接点は減ったけど、隣のクラスってこともあってかそこそこ話もしたりするし。俺の顔を見かけると、笑顔で挨拶してくれるんだぜ。少しは脈があると思っていいと思わないか?
「野郎と一緒に祭りに行って楽しいか? いや、それはそれで楽しい。楽しいけどさ、俺は北西を誘いたいんだよ」
 祭りに行くのが目的じゃない。行けばそれなりに楽しいが、野郎同士で行けば人混みにうんざりする確率が上がる。
 意中の彼女がいることによってその人混みも楽園に転ずるとは思うが。あわよくば、はぐれたらいけないからと言い訳して手を繋げたりした日には、もう。な?
 ――あー、だが無理か。付き合ってもいないのにさすがに。汗ばんだ手を差し出して嫌がられたら落ち込むのがオチだ。そうだな、それならばせめて腕を組むとかどうだ?
 それに抵抗があるというなら、服の裾をつまんでもらうとか。うわやべえ、萌える。想像したら鼻血が出そうだ。
「知ってる」
 密かに興奮する俺の熱を冷ますように、高坂はあっさりと首肯した。
「知ってるなら余計な口を出すな」
 俺は内心を気取られないようにしっしっと高坂を追い払う。だが、何を考えているのか読みにくい高坂はそんなことで立ち去ったりしなかった。
「知ってるからこそ口を出すんだよ」
 立ち去るどころかニヤリと口の端を持ち上げて、高坂は堂々と言い放つ。
「人の恋路を邪魔する主義か、お前」
「手を貸そうと言ってやってるのに」
 思わずうなるように口にした言葉に対して、高坂は盗っ人猛々しく言い切った。
「男ばかりで華がないから一緒に行ってくれって誘った方が、いくらか誘いやすいだろ」
「俺は北西と二人で行きたいんだけどな」
「途中ではぐれればいいだろ。どうせ人が多いんだから、はぐれることは不自然じゃない」
 高坂にしては考えていることがよくわかる話ではある。
 確かに彼女を誘うにしても一対一よりかは断然誘いやすい。脈はあると思ってはいるが確信には至っていない。だからこそ俺はどう誘うべきかさんざん迷っている。
 これまで両思いなんて奇跡的なシチュエーションを体験したことが俺にはない。脈があると思ってもそれが確実だと思えない以上、石橋を叩いて渡るような慎重さは必要だった。
「はぐれてそのままって訳にはいかないだろ」
 高坂の提案は魅力的だ。だけど、冷静な部分が俺に指摘する。
「そこはお前が誘導するんだよ」
「誘導って、お前……あのな高坂。そんなことがうまくできるなら、俺はとっくに北西を誘えてると思わないか?」
 情けない俺の主張に高坂はいくらか目を見張り、そうだなとうなずきやがった。
「俺はその彼女と話したこともないが、お前となかなかいい感じなんだろう?」
「俺はまあ、そう思ってるけど」
「神崎がラブラブ光線だしやがってとか八つ当たりしてたぞ?」
「あいつは自分がうまいことアタックできないもんだから、やっかんでるだけだ」
「そのうまいこといってない神崎がうらやむくらいの状況ってことだろ」
 お前だってうまくいってないのは同じようだけどななんてむかつくことを言い添えなければ、今の言葉で俺はたやすく浮上したと思う。
「お前それは俺を持ち上げたいのか? 落ち込ませたいのか?」
「持ち上げようと思ったんだが?」
「微妙に落ち込むから止めろ」
「まあよく聞け。お前は友達と一緒に祭りに行くからと彼女を誘う。彼女も二対一だと気を遣うだろうから向こうにも友達を誘ってもらう」
 高坂は俺の様子にかまわず話を続けた。
「これで状態は二対二だ。向こうが満更でもないのなら、自然とお前と彼女、俺と彼女の友人が隣り合うことになるだろう。まさか四人で横並びで歩けないだろうから」
「まあ、そうだな」
「そこまで行けば第一段階終了だ。それからタイミングを見計らってはぐれれば第二段階クリア。残った彼女の友人には俺がうまいこと言うから問題ない」
「うまいことって、なんだよ」
 尋ねれば、高坂は意味ありげに笑う。
「そんな物今言えるわけないだろう。彼女が連れてくる子さえわからんのだから。だけど言いくるめる自信はあるぞ?」
 言葉通り高坂は自信たっぷりで、その主張に現在進行形で心揺らぐ俺にはそんなことはないと言い切ることはできなかった。
「お前の方はこれ以上はぐれるといけないからとでも言って腕を組むなり手をつなぐなりすればいいさ。こっちはそんなお前らを発見すれば、お友達の方には邪魔すると悪いと言いやすいしな」
「そう、か」
 さっき考えていたことを言い当てられて、俺は動揺する。
 いきなりはぐれるといけないと言うより、誰かとはぐれた後で言う方がよほど自然で言いやすい。高坂の自信たっぷりな言葉には強烈な魅力を感じた。
 だから、俺は半ば高坂の勢いに押されて「じゃあ頼む」と応じた。



「俺は高坂ってヤツと行くつもりなんだけどさ」
 何故か乗り気な高坂にアドバイスを受けた後廊下で出会った北西に、俺は世間話ついでに祭りの話を切り出す。
「北西は行くのか?」
 友達とと言うならせっかくだから一緒に行こうと誘う。
 行く予定がないのなら、楽しいから行こうと誘う。
 男と――なんて考えたくもないから選択肢は二つだ。
 俺は呪文のように脳裏で繰り返しながら北西の様子を伺った。
「私は特に行く予定はないけど」
「そうなのか? ちゃちいっちゃ、ちゃちいけど結構面白いのに」
「うーん、でもなあ。一人で行っても仕方ないし」
 いいフリだ、いいフリが来た!
 これは誘って欲しいってフリじゃないか?
 やっぱり脈があるってことじゃないのかと喜びつつ、表面上は何でもないふりを心がける。
「じゃあ俺たちと一緒に行かないか? 大勢の方が楽しいし」
「えー、でも悪いよ。友達と一緒なんでしょ?」
「北西も友達誘って、四人でどう? そうすれば華があってうれしいんだけどなー」
 俺の言葉に北西は軽く吹き出した。
「華って、菅谷君のキャラじゃなーい」
「いやこれは高坂の入れ知恵……いやなんでもない」
「入れ知恵?」
 思わず本当のことを口にして、あわてて口をつぐむ。だけどしっかり北西は引っかかって首を傾げた。不思議そうに俺を見上げる瞳は大きくて、正直その上目遣いはやばい。
 俺はあわてて顔をそらして、そしてすぐにしまったと思った。後ろ暗いことがあるような行動をしてどうする。
「いやその高坂が」
 だけど再び彼女を見つめる勇気もなく、俺は言い訳じみた言葉を口にする。
「えっと、彼女募集中で? それでそのダブルデート? をしたいとかどうとかで俺にうるさくしてきたみたいな?」
 緊張のあまり高坂に聞かれたら殺されそうな言葉がぽんぽん出てきて、俺は自分が言った言葉に愕然とした。とっさに出た言葉だけど、高坂が実際そういうことを考えていそうだって感じていたのかもしれない。高坂は率先して人のために働くようなヤツじゃない。自分にも何らかのメリットがあるから俺に提案してきたんじゃないか?
「……そうなんだ」
 北西の反応は若干鈍かったけど、思考の海に潜っていた俺にはちょうど良かった。
 言った後であり得そうだと思ったものの、嘘をついた後ろめたさを抱えつつおそるおそる北西を見下ろすと、彼女は何か考えるように目線を落としていた。
「私の友達で、彼氏がいない子そう多くないよ?」
「そうなの?」
 北西はこくりとうなずいた。
「いる子は大体、デートするんじゃないかな?」
 逆説的に予定がない北西はフリーだ。
「予定のない子と遊びに行ってもいいかなとは思ってたけど、うん。菅谷君がいたら楽しいと思うし、一緒に行こう」
 しかも俺に割と好意的なフリー。
「ほんとに?」
「うん――あ、だれか友達を誘えたらだけど」
 ぐんと盛り上がった気持ちは誘った経緯が経緯なだけに仕方ない理由ですぐに下降する。
「そうだな。じゃあ、わかったら連絡してくれ。北西、アドレス変わってないよな?」
「うん。菅谷君も?」
「おう」
 去年同じクラスで仲が良かったよしみでお互いのケータイ情報をずいぶん前に交換してある。気軽に電話やメールができなかったから、ほとんどしたことないけど。
「じゃ、期待して待ってるからよろしくー」
 俺は自分の持っている情報が古びていないことに安堵して――知らない間に番号やらアドレスやら変わって連絡なしなら脈がないのと同義だろ――北西にへらりと手を振った。
 北西から了解のメールが来たのは、翌日の夕方だった。

2008.10.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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