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夏の約束 3・北西利香

 人に嘘をつくというのは、とても心苦しい。
 浴衣姿で佇むさっちゃんは人待ち顔。一緒に買いに行った浴衣はもちろん試着の時と同じように似合っていて、可愛い。
 見た目を飾ることに無頓着なさっちゃんだけど、今日はあらかじめアドバイスしたとおりに色々気を遣っているようだった。きっと、きれいに結い上げた髪は浴衣を買ったときに一緒に買ったかんざしで飾られているに違いない。
「ごめんねー、遅くなっちゃった」
「そんなでもないよ」
 ドキドキのダブルデートの当日。駆け寄って両手を合わせると、さっちゃんは気にしていないような顔で首を振った。
 いつもよりおめかししてるけど、さすがさっちゃんと言うべきなのか相変わらず化粧っけは全くない。もったいないなあと思うけど、無理強いはできない。ただでさえ、無理に誘ったんだしね。
 一緒に浴衣を着てくれて、こうしてきてくれただけで充分。これ以上を望むなんてできない。
 私はちくりと痛む胸をそっと押さえた。



 いつから菅谷君が好きになったのかと聞かれると、いつの間にかとしか答えようがない。去年一緒のクラスで、そこそこ話していた。
 だからずっと前かもしれないけど、自覚したのは年度末だった。学年の最後、おまけのように短い三学期に一緒の委員になったのがその自覚のきっかけ。
 人に言えばなんてことのないことなんだろうけど、委員の相方の私に菅谷君は優しかった。
 美化委員なんて柄じゃないと思ってたけど、菅谷君が気を遣ってあれやこれやしてくれたり――といっても敷地の周りの掃除の時に重いゴミ袋を引き受けてくれたりとかそーゆーことだけど――するのを見て、悪くないかなって思って。
 だけどホント、三学期って短いでしょ?
 菅谷君が好きなんだーって自覚してまもなくあっという間に終わっちゃって、当然のこと告白にまでは至らなかった。
 似たような状況にあった他の友達には「クラスが離れるかもしれないんだから、今のうちに告るべきだーっ」なんてけしかけながら、自分は菅谷君が好きだとか友達にさえ言えなくて当然彼本人にも告白できないとか、最悪。
 けしかけた友達がうまいこといっちゃったのが、余計に自己嫌悪を煽った。
 せめて一緒のクラスになれれば良かったけど、なれなかったし。隣のクラスだったからまだ顔を合わせればお話しできる仲だけど、離れていたらとっくに縁が切れていたに違いない。
 黙っていられなくなって親友達に告白すると、あんた達は見るからに両思いだなんてあっさり言われてしまったんだけど……それを素直に受け取れないくらいに私は彼女たちにからかわれているから、本当かどうか自信はない。
 そんな状態だから、当然進展なんて全然ない。
 菅谷君が夏祭りの話を出してきた時は本当だったのかって喜びかけたんだけどさ、続く言葉が友達と行くだったし。しかもその友達が恋人募集中だからダブルデートって、デートって名前がついてても何かのついでみたいだし。
 私がかつてそうだったように、人は他人のことには無責任なことが言える。途中でうまく二人っきりになればチャンスかも――って、どうやってそんな状態に持ち込めばいいかもわからないし……それに、そういうのはお断りなさっちゃんを巻き込んじゃった時点でそんなことを企むのは無理だし。
 菅谷君の友達が彼女募集中だって事実を秘めている時点で胸が痛む。
 相手に合わせて彼氏募集中の子を誘うのも手だったんだけど、その子が菅谷君を気に入る可能性はゼロじゃない。だから元々菅谷君と知り合いで、私が彼のことを好きだって知ってて、その上全く菅谷君に興味がないさっちゃんがちょうど良かったというのは私のエゴだもん。わがまま言って巻き込んだあげく、自分のためにさっちゃんを知らない男に押しつけて菅谷君と二人きりになるわけにはいかないよ。
 私だって全然面識のない人だもん。菅谷君は今のクラスで仲良くなった人とか言ってたかな。一緒に遊びに出るくらいだから悪い人じゃないと思うけど、その人とさっちゃんがすぐにうち解けるとは思えないしさー。
 ああ菅谷君と二人きりになりたいなあ。
 でも、さっちゃんを置いていくわけにはいかないしなあ。
 菅谷君達との待ち合わせ場所に移動をはじめながら、頭の中ではぐるぐるとそんな言葉が巡ってる。きっと今天使と悪魔が戦いを繰り広げているに違いない。天使の言葉に従わないとと思うけど、どうしても悪魔のささやきを振り払うことができない。
 周りの様子を興味深そうに見ているさっちゃんは私の葛藤にたぶん気付いていない。うすうすは勘付いているのかもしれないけど、確信もなくそれを口にするような子じゃないし。
 自分のことも、さっちゃんはあんまり話さない。はっきりと口にしないけど、恋なんてお断りな姿勢にはきっと訳があるだろう。
 菅谷君と二人きりの誘惑は、どうしたって振り払えない。でもだからって何かを怖がってる大事な友達を、知らない人に押しつけるわけにはいかない。
 うん、いかないよね。
 待ち合わせの神社の鳥居が見えてきて、少し離れたところに菅谷君の姿を発見する。
 合流するまであともう少し。そんなギリギリのタイミングで、私はようやく頭の中の天使と悪魔の戦いを終えた。悪魔の誘惑に心惹かれつつも、天使の勝利で。
 だって嘘をつくのは心苦しい。なんとか菅谷君と二人きりになれても、恋お断りのさっちゃんが彼女募集中の人と一緒に過ごしていると考えたら、その苦しさはきっと倍増する。
「お待たせー」
 罪悪感を持っていても、楽しめないもんね。だから今日はダブルデートで楽しもう。
 心苦しさを振り払って、私は菅谷君に向けて手をあげた。
「お、来たか北西」
「うん。ごめん、待った?」
「少しだけな」
 応じるように手をあげた彼の返答は素早い。それから私の後ろのさっちゃんにもよう、と声をかける。
「久しぶりだな、明塚」
「お久しぶり」
 私と同じく去年同じクラスだった菅谷君と、さっちゃんはそんな挨拶を交わす。私とほとんど同じ条件で、「お久しぶり」なんだから、それだけで私と菅谷君はなかなか仲がいいのだと思えた。
 夏休み前にさっちゃんと一緒に行くとは伝えてあったのに、一度も話さなかったってことなんだから。隣のクラスだから良く行き会うし、いくらでも機会はあったのに。
 それってつまり。私をからかう親友達の言葉も、あながち的外れじゃなかったってこと――じゃない?
「今日はよろしくねー」
 菅谷君と二人きりは無理でも、そう思えたことは大きい。私はうれしくなって笑顔で菅谷君にそう言った。

2009.04.15 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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