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夏の約束 番外編・夏の後に・田端修介

 この夏、俺の周りはあれやこれや慌ただしく過ぎていった。自分の身の回りが一番慌ただしかったが、友人連中の周りでもあれこれあったらしい。
 その慌ただしさが後を引いているのか、夏休み明け初っ端の今日は周囲がやけに騒がしかった。
 菅谷がその筆頭で、見ていて暑さが倍増するほど暑苦しい浮かれっぷりを俺達は見せつけられた。
 長年の――ってほど長くないようだが――片想いに終止符を打ち、傍から見て両想いにしか思えなかった彼女とついに思いが通じ合ったらしい。
 彼女の名を名字でなく名前で呼ぶので一瞬誰のことかと思った。
 例の夏祭りからとんとん拍子に話は進み、なんとデートで海にまで行ったらしい。可愛らしいおニューのビキニを満喫したと胸を張って報告してくれた。さりげなく写真を撮ることにも成功したらしい。
 正直、俺もかなりうらやましかった。前面にそのうらやましさを出した神崎がかなりうるさかったので、すぐにその思いは消し飛んだが。
「ちくしょーむかつく! なんでお前らそんなにうまく行ってるわけ?」
「んー、愛ゆえに?」
「死ねばいいのに」
 やにさがる菅谷にぼそりと呟く神崎の言葉はかなり本気モードだ。
 神崎の方はこの夏何ら進展もないどころか、思い人に会えもしなかったらしい。菅谷がうまいことやった同じ夏祭りに部活仲間の後輩と出かけたという塩原や秋月にまで攻撃の手を伸ばしたところまではまあいいが、近所のお子様と出かける羽目になったかわいそうな俺にまで不満たらたらなのはどうなんだ。
 どれだけ俺が嘆かわしい夏を過ごしたのか濃厚に語ってやりたいが、もれなく虚しくなるのでやめることにした大人な俺はいつも通り静かに動向を見守っているゆっきーに目を向ける。
 菅谷と一緒に問題の夏祭りに行ったゆっきーの方こそ、俺よりも神崎に責められてもおかしくない存在のはずだ。
 なにせ、夏祭りに一緒に行った菅谷の彼女の友達は、ゆっきーの初恋の相手、さっちゃんだったんだから。
 昔はもっとわかりやすい奴だったのに、高校に入って再会してからはわけのわからない奴になっていた。俺の記憶が確かなら、昔のゆっきーは今の菅谷みたいだった。だけど今はさっぱり本音を押し隠して、気持ちが見えない。
 菅谷と神崎を中心に騒がしいグループの端っこで、それにしてもゆっきーはやけに静かだった。絡まれるのも納得いかない俺は、ゆっきーに近づく。
「菅谷は自分のことしか言わないけど、どーだったんだ?」
 いつも以上に何も言わないことや、菅谷が特にコメントしないことから、ゆっきーがさっちゃんとうまくいったようには思えないけど、そこんとこは最初から見えていた話だ。
 数か月のブランクで再会した俺のこともよく覚えてなかったさっちゃんが、いくら仲が良かったとはいえン年ぶりに会うゆっきーのことを覚えているわけがないと俺は半ば信じていた。
「しゅーの言った通りだった」
 ため息まじりに戻ってきた返答に、少し驚いた。皮肉に歪む表情は今のゆっきーだが、口ぶりは昔のものだった。
「さっちゃんだからな」
「うん」
 もう一度大きなため息を吐きだして、ゆっきーは周りの奴らに聞こえないぼそぼそ声で語り始める。
 さっちゃんはやっぱりゆっきーを覚えていなかったこと、菅谷に協力すると見せかけて二人きりになる画策をしたこと(そんな策を弄するところが昔のゆっきーとは全然違うと思う)、だけど菅谷に夢中のように見える菅谷の彼女が何故かさっちゃんを離さなかったためにそれが叶わなかったこと。
 視点だけを変えた同じ事を、菅谷も若干苦々しい顔で先ほど語っていた。曰く。
「利香が明塚を離そうとしないから、二人きりにはなれなかったしやきもきしたんだ。だけどさー、別れた後に利香だけこっちに戻ってきて」
 で、企業秘密なのでさすがに語れない告白とやらの後に付き合うことに決まったんだと。
 つまり、さっちゃんの方は普通に帰ったわけで、祭中もろくに話せなかったゆっきーは不満たらたらといったところか。
「――見事な撃沈っぷりだな」
「うるさいな、しゅー」
 文句を言うゆっきーには、いつもの勢いがまったくと言っていいほどない。といっても、近頃のゆっきーに勢いがあるかと聞かれれば、昔に比べてないんだけど。
「思い出したんだけど俺達幼馴染だよなって、強引に仲良くなる作戦はどうだ? 事実だし」
 意気消沈したゆっきーを見ているのも気の毒で、俺はフォローの言葉をかける。ゆっきーはそうできたら苦労しねえよと毒づいた。
「ほんと、そうできるなら苦労しねーんだよ」
 大げさに頭を振って繰り返し、ゆっきーは周りを見回す。神崎に絡む菅谷を面白そうに眺めている塩原と秋月がこっちを見ていないことを確認するようにじーっと見て、俺に視線を戻す。
「しゅーにだから話すんだからな」
「口の堅さは保証する」
 神妙にうなずいて見せると安心したらしく、ゆっきーは潜めた声で俺に打ち明け話をしてくれた。
 俺にとっては初耳となる、ゆっきーのかつての恋の顛末。
「それは……なんというか」
 さっちゃんが自ら持ちかけた祭りの約束をすっぽかした、て。
「それこそ、さっちゃんらしいんじゃないか?」
 引越しすることを忘れて約束して、ゆっきーにそれを伝えそびれるさっちゃん。その上引越しのごたごたで約束したこと自体忘れるさっちゃん。
 あり得る話だと思うのに、ゆっきーといえば「いや、さっちゃんは俺が調子に乗ったのがうざかったに違いない」とネガティブにぼやいてる。
「気にしすぎだと思うけどなぁ」
 そう口に乗せたが、人の気持ちを読むような能力はあいにく持ち合わせていない。時折顔を見ているとはいえ、もう何年も親しく話しているわけじゃないさっちゃんがゆっきーと同じように変わっている可能性も、充分あり得た。
 あれ、でもそうするとゆっきーが初恋のさっちゃんに執着しても、後で落胆するだけじゃないのかな。
「一応顔見知りにはなれたんだから、少しずつ親しくなっていくことだな」
「そーだな」
 応じたゆっきーははあとため息を漏らした。
「そうできたらいいな」
 その見つめる先は、さっちゃんのクラスのある方向だ。諦めに似た響きに首をかしげると、それを察したらしいゆっきーはもう一度ため息を落とした。
「――あのさっちゃんが、夏祭りって短い時間にろくに話もできなかった俺を覚えてくれてたら、な」
 なんという悲観的な言葉だ。どうやら思い通りにいかなかったので相当堪えているらしい。
 フォローの言葉を失った俺はそれでも何とか一言だけ幼馴染に告げた。
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」
 って。

2009.04.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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