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精霊使いと水の乙女

1.脅かされる町

 青い空、白い雲。空はどこまでも広がっているように思える。
 歩く道はどこまでもまっすぐに続いているように見える――実際そうじゃないとしても。
 だけど道の先は見えなくて、広がるのは青い空と、緑の草原と、土色の道。
「あー、腹減った」
 その景色はきれいとは言えるけど、何の腹の足しにもなりゃしねえ。
 俺が肩を落として呟くと、呆れたような吐息が上から降ってきた。
『だから言ったでしょう』
 見上げると空よりも深い青い髪と瞳。整った優しげな容貌に今は呆れた色。
「悪かったなー」
 俺はとりあえず言った。
 どーせ俺が思うままに食い散らかしたのが原因だよ。
 ハーディス王国の王都から北に延びる大街道の途中。街道って言うからには当然道筋に宿場町があるんだけど、まあ途中で飢える可能性が全くないなんて言えないじゃないか。
 現に今の俺がそうなんだから。
『私は言いましたよ? 予備に食料を買っておけばどうですかって』
「なあ、お前のしゃべり方ってどーも嫌みくさくないか?」
『失礼なことを言わないで下さいよ』
 心外だとばかりに言う、彼の名はカディ。
 むっと顔をしかめるその様子は人間くさいけど、カディに実体はない。
 その正体は精神的な存在のその筆頭である精霊。それも普通の精霊でなく、はっきりとした意志を持っていて、ついでにかなりの知識も持っている。
 人間じゃないことを差し引いても、俺にはもったいないくらいの相棒だ。
 ましてや精霊使いである俺、ソート・ユーコックにとってはあまり文句の付けようがない相手でもある。
 ただ全く文句の付けようがないというわけでもない。特に「精霊使いくらいにしか精霊が見えない」ってことは問題だった。
 精霊使いでないのに精霊が見える人もいるからそれに例外がないとは言わないけど、精霊が見える人間というのはそう多くないらしい。
 実際旅に出て数ヶ月、普通に歩いていて精霊使いだっていう人には会ったことがないし、カディと会ってからも一ヶ月程度、彼の姿をしっかり目にしたように思える人も皆無と言っていい。
 つまり、精霊の中でも特別におかしくてしっかり意志があってしゃべるこのカディと、うっかり町中でしゃべったりした日には胡散臭そうな目で見られることが確実なのだった。
 実際出会ってそんなに時間は経ってないっていうのに、そんな目にあったことは両手の指で足りないくらいあるんだから。
『まったく……育ち盛りだからって、食べる量が半端じゃないですよ』
「あれくらいの量でそんなに言うことないだろー?」
『あれくらい、って……』
 カディが目をぱちくりとさせた。
 いちいち大仰なんだよ。師匠なんか、あれの倍はぺろんと平らげるんだからな。
『まあ、あれくらいと言えばあれくらいかも知れませんけど……』
 ぶちぶちとカディはしばらく呟いて、しばらくして気が済んだのか再び俺のことを見下ろす。
『問題はこれからですよ。ここから丸一日、宿場町はないんですから』
 そうだ――それが問題だった。
 普通は街道筋には町や村が点在してるってのに、ここからしばらくそれがない。昔この辺りに強い魔物が出ていたことにそれは端を発するらしかった。
 その魔物が何故かいなくなり、迂回して延びていた街道をまっすぐに作り直したのはいいものの、魔物の恐怖を忘れられない元街道側の住人はあえて新しい道に移り住もうとしなかったし、街道を造り替えた人間は徒歩で旅する人間のことを考えて計画を立てなかったんだろう。
 町や村でなくても、何かちょっとあればいいのにそれが全くない。
 街道をまっすぐ延ばしたかった人間は世の中の移動手段は馬しかないと思っていたに違いない。
 世間で旅する人間は多くないし、その中の半数が行商人だ。彼らは隊商を組み、数台の馬車に乗りあって町から町へと移動している。
 残りの半数の大半が冒険者とか呼ばれる人種で、一応俺もその中に含まれている。これは徒歩での移動が主になるわけなんだけど――。
 残りのほんのわずか、たまに旅する連中っていうのがつまりこの街道を造った人種。それはつまり貴族達のことだから、貴族は徒歩でふらふら旅するなんて考えられないわけで――だからつまり、ここが宿場の一つもなく放置されているのは必然に近いのかも知れない。
 普段は徒歩の連中だって、野宿を嫌って乗合馬車でこの道を通り過ぎていくって話だ。
 ……俺が歩いているのは、つまりあれだ。
 乗合馬車に乗るのに金はかかるから。
 懐は暖かいとはほど遠いし、街道はちゃんと整備されているから悪路というわけでもないから問題なく歩ける。だとしたら別に金がかかる馬車なんぞ使わなくっていいってことになるじゃないか?
 師匠も「節約というのは偉大だ」と常々言っていたくらいだ。
 俺は肩にさげた荷物の中から地図を取り出した。
「近くに町か村はあるはずだよな……」
 太い線で描かれた街道を指で辿る。
 師匠に旅に出されて数ヶ月。最初は戸惑いが勝っていたものの、今では大分旅慣れた。地図の見方も覚えてきたから、つつつ、と指を動かして大体の現在位置を割り出す。
 大きな町なら大まかに覚えているけど、小さな町や村までは覚えられるわけがない。地理に不案内なのは仕方ないから、割り出した現在地を頼りに半日くらいで行けそうな場所を探した。
「ほら、ここっ」
 街道からははずれた辺りに、町が一つある。地図からすると旧街道の宿場だったんじゃないだろうか。
 当然道からはずれることになるけど、空腹に耐えて次の町を目指す事に比べればそんなことは些細なことでしかない。
『そんな風に勝ち誇って言わなくても良いでしょうに』
 呆れたように言うカディを横目で睨んで地図をしまう。進路は北東、道を外れて草原を突っ切った向こう。
 地図によると近くに森があるようだけど、進路上は草原のみのようだ。そう苦労しないでたどり着けるだろう。
「よし、じゃあ行くぞ!」
 俺は進路を指差して、勢いよく大地を蹴った。
『走らなくても町は逃げませんよ』
 いちいち突っ込むなよ、カディ……。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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