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精霊使いと水の乙女

 地図によると、町の名前はマーロウというらしい。
 街道を背に町を見ると、後ろの方に森の姿が見える。
『なんだか、嫌な感じがしますね』
 少しずつ町に近付いている途中で、カディが突然そんなことを言い始める。俺は足を緩めることはせずに視線だけ彼に向けた。
「夕方だからじゃないか?」
『……そういう問題じゃないですよ』
 カディは呆れたように俺を見る。
「分かってるけど」
 その視線があんまりにもあきれ果てているように見えて、俺は仕方なく呟く。
「何がどうって事は分からないけど、何かが変だな」
 分かっているなら最初からボケないで下さいとばかりにカディはため息。
『どうします?』
「この町に来た目的は、外から町を見てぐだぐだ言う事じゃないぞ。食料調達だ」
 俺が言うと彼は頭を左右に振った。
『本能に従順ですね、ソート』
「何を言う、栄養補給は人間の大事な仕事の一つだぞ。お前みたいに気楽にふよふよしている精霊には縁がないかもしれないけど」
『……。別に気楽な訳じゃないんですけど』
「まあ、ともかく腹が減った。もう腹の虫も鳴き尽くしたって感じだな。ってことで行くぞ」
 俺は言って、町へ向かって足を早める。
 背の高い建物はない。まあ、当たり前と言えば当たり前だ。わざわざ背の高い建物を作らなくても土地は余ってるだろう。
 旧街道沿いだってこともあってか、町の規模はそこそこに大きい。
 ――が。
『静かですね』
 いくら晩飯に近い時間とはいえ、普通この時間にこんなに静かなもんか?
「案外、この辺りはいつも静かなところなのかも」
『……明らかに露店の跡とかありますけど』
「休みなんだ」
『申し合わせたかのように?』
「……て、定休日……とか――」
『段々苦しくなってますよ』
 うるさい。
 文句をのどの奥で飲み込んで俺は辺りを見まわした。
 見れば見るほど、人の姿がないことが奇妙だ。
「……実は、疫病が流行っていたり、とか」
 冗談めかして言うと、カディは冗談でもやめて下さいと眉をひそめる。
「でもさあ、こうも人の姿が見えないなんて……」
 人の気配を捜して意識を凝らしてみる。普段はあまり見ないようにしている――普段から無数の精霊が見えていたら目が回るだろう? ―― 精霊達の姿がどっと見えるようになる。
 一応、人間の生活についてまわる精霊達の姿もあるから、この町が無人ということはないんだろう。
 ただ、その存在はどうも希薄なようには思える。
「………なあ、カディ」
 俺は傍らに浮かぶカディを見上げた。こいつの同族である風の精霊の存在が、一番少ない。
 視線で後の言葉を察して、カディは渋面になった。
『空気が淀んでますから』
 それは大方予想通りの言葉だった。
 空気が淀んでいるという事はやっぱり風の精霊があまり居ないということなんだろう。空気が淀んだから少ないのか少ないから淀んだのか、その辺の所は分からないけど。
 精霊は彼らを創造した神から「自然」の大半の現象の管理を任されている。空気が淀む原因と、精霊が居ないこととに間に関係がないわけはない。
 問題は、局地的に精霊の数が少ないということだ。普通そんなことはあり得ない。
「なんで、数が少ないんだと思う?」
『わかりかねます』
 即答しやがる。少しは考えろよ、お前。
「……考えられる原因はそう多くないよな。まず、この町の奴らが何か精霊達の気に障ることをした。で、一つめ、精霊主達が機嫌を損ねて精霊達をこの町から移動させた」
 ちなみに、「精霊主」というのは地・水・風・火の四つに大別された種族のそれぞれの主の地位にある精霊だ。それぞれを地主、水主、風主、火主という。
『そんなこと、するわけないでしょう』
「じゃあ二つめ、精霊王が以下同文」
 精霊王は精霊主の上に立ち、四大種族と、それにはあたらない細々とした精霊を統べている。
『……それもないと思いますが』
「じゃあ神が以下同文」
『結構不遜なこといいますねぇ、ソート。それだけは絶対にあり得ませんよ。わたしが断言します。これ以上の暴言を口にするというなら、容赦なく切り刻みますからね』
 笑顔なだけに本気に思えて怖いんだけどっ、カディっっ。
 これ以上無駄口を叩けば、カディに間違いなくかまいたちで切り刻まれるような気がしたもんだから、俺は逃げるように足を早めた。
 それにしても、精霊というのは最終的にやっぱり創造主―― 神に忠誠を誓ってるのかぁ。
 カディが怒るくらいだから、その度合いというのは……。まあ、その前に精霊主や精霊王の件も後を引いてるかも知れないけど。
 普段よく見かける精霊にはこれといって意志はないし、多少の意志がある精霊というのもそう多くない、カディ以外にこんなにはっきりと意思表示する精霊を少なくとも俺は見たことがない。
 だからそれが一律に言えるか分からないけど――精霊の根底にはやっぱり神への忠誠心があるんだろう。
 今度カディ以外にそういう精霊を見かけたら聞いてみよう。
 しゃべる、ってとこがまずあり得ないから実現するかどうか分からないけどな。
『ソートっ。聞こえてますかっっ』
 俺がそんなことを考えているとカディの言葉が突然耳に入ってきた。
 聞いてますか、じゃなくて聞こえていますか?
「なんだよ」
『何だよ、じゃないですよ。何度も声をかけたのに』
 どうやら、もう怒ってはいないようだ。
「どうかしたのか?」
『後ろから、一人女の人がつけてきてますけど』
「女あぁ?」
 語尾が高くなるのをなんとか押さえて俺は聞き返した。カディははい、とうなずく。
『まだ、少女ですね。貴方と同じくらいの。金の髪に緑色の瞳。明らかに旅装ですが、清潔そうな身なりです。この町に逗留しているのかも知れませんね、荷物を持っていないです』
「……、たまたま歩く方向が一緒ってだけじゃないか?」
 振り返らずに声を落として尋ねてみる。
『この町で唯一見かけた人間が、たまたま、ですか? それに、彼女は魔法使いのようですよ――あ、足を早めました。追いつく気のようです』
 俺はほんの少し、気持ちだけ足を早めた。
『逃げるなら、走った方がいいですよ』
 むう。逃げるというのもなんかなあ。敵前逃亡みたいで、俺の主義じゃない。
 とりあえず前進してみて、駄目だったら駄目なときで多分どうにかなるんじゃないか?
 まあ、とりあえずこの場合は立ち止まってみよう。
『ソート?』
 びっくりしたような声を出すカディを俺は目で制した。ゆっくりと後ろを振り返ってみる。
 カディが言ったとおりの金髪の、美少女だ。俺が今まで見た中でとりあえず上位にランクされるだろう。
 長い髪はゆるく三つ編みをしている。髪は長いのは魔法使いと精霊使いに共通する特徴だけど、女である場合そうであるかないかの見分けはつきにくい。
 だけど服装に独特の文様が刻まれているから、魔法使いか精霊使いであることは判断できた。そしてカディが魔法使いと断言するなら、多分間違いなく魔法使いなんだろう。
 言われてみて見れば、たしかにそういう気配――魔力を感じる。
 俺は魔法や魔力については詳しくないけどさ。
 そんなことはさておき。
 俺が立ち止まり振り返ったのを見る、と彼女は驚いたように足を止めた。
 まだ俺と彼女との間には建物二つ分ほどの距離がある。彼女は突然のことに驚いたのか再び動こうとしないから、俺の方が今来た道を戻ることにした。
「何か、俺に用?」
 そう声をかける。彼女は大きく目を見開いて俺のことをまじまじと上から下へと見ていく。
 不躾な女だ。まあ、俺も遠くからしっかりと観察したから人のことは言えないか。
 彼女は一通り俺を見ると、あろう事か大げさにため息をついてみせる。
「何だ、剣士か」
 何が「何だ」だ。
『――まあ、見た目は剣士ですからねー』
 えぇいっ、どいつもこいつもっ。いいじゃないか俺がどんな姿してようと。一応師匠に剣だって習ってるし、まあまあ上手だと誉めてもらったこともあるんだからな。
 大体、見た目っていうけど、明らかに剣士としては軽装過ぎるじゃないか。
 マントの下に鎧を身につけているわけでもなく、普通にシャツとズボン。剣士か、なんて言われる理由は腰に下げた剣くらいだ。
 俺は黙ってじーっと彼女を睨み付けた。何も言わなかったのは文句を言うタイミングにカディが力が抜けることを言ったせいだ。
 彼女が魔法使いである以上――カディの言葉に反応しないのだから間違いはない――カディの声も姿も彼女には聞こえないし、見えないはずだ。気配は感じ取れるかもしれないけど。
「悪かったわね。男で髪が長いもんだから、精霊使いなのかと思っちゃったわ」
 だったらもう少し悪びれて見せろ。
「――精霊使いだよ」
 そう思いながら言った声は多少ならずも棘が混じっていたかもしれない。
『ソート、もう少し優しい言い方で……』
 無視無視。
『ああっ、聞いてませんねっ?』
 無視だ無視。
 カディが俺の耳元で騒いでいるうちに少女の顔は劇的に変化した。
 まずは驚愕、そして疑い、最後に――笑み。
 ふよふよしているカディの気配でも感じ取ったのかもしれない。
「本当に?」
「嘘ついてどうする」
 それでも確認するように問いかけてくるので俺は訳もなく胸を張ってみせた。彼女はもう一度俺をまじまじと見据える。
「だったら――どうして私が精霊使いを求めているか、大体想像つくと思うんだけど?」
 おずおずといった様子で彼女は問いかけてくる。俺は視線を宙に向けた。
「この町の精霊の数が、極端に少ないことが理由か?」
「そう!」
 彼女は嬉々としていきなり俺に腕を絡めてきた。
「ちょっと来てくれる?」
 そう問いかけながら、実は有無を言わせず彼女は俺を引っ張る。
「……………」
『よく分かりませんけど、行ったらどうですか?』
 カディに救いを求めると、あっさりそんな答えが返ってくる。まあ、物理的な力を持たない精霊に助けを求めた俺が馬鹿だったんだけど。
 別にそれに反抗する理由もさしあたってないし、俺は彼女に連れられて一つの屋敷に行き着いた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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