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精霊使いと水の乙女

 俺が案内されたのは、屋敷の応接間だった。
 二人掛けのソファが二つと、ソファの間にテーブルがあるだけで手一杯の部屋だから、実は応接室としてランクは低いのかもしれない。
「はい、どうぞ」
 例の美少女はお茶を持ってくると、俺と向かい合う位置に自分は座り込んだ。
「突然引っ張ってきて悪かったわね」
 相変わらずの悪びれない口調でとりあえず言ってくる。
「悪いと思うならもう少し方法を考えたらどうだ」
 腹を満たすには足りないお茶菓子を口に放って、とりあえず俺はそう応戦した。彼女はちょっと眉をひそめた。
「悪かったわよ」
「で、なんでそんなことをしたんだ?」
「さっき貴方は言ったでしょう、精霊が極端に少ないって」
 彼女は俺から見て右側にある窓に目を向けて目を細めた。彼女に精霊を見る力はないはずだが、魔法が使える以上必然的に感じ取る力はあるはずだ。
「何かおかしいなって、思ってたところだ。人の姿も見えないし」
「それは当たり前よ。だって……あ、その前に自己紹介をしておくわね。私はレシア。レシア・エレフ。レシアって呼んで。…貴方は?」
「ソート・ユーコック。ソートでいい」
 俺の名を一度口の中で反復すると彼女――レシアは顔を上げた。
「私は、魔法使いなの。まだ、修行中なんだけどね。一応一通りを習い終えて訓練がてら旅している途中」
「――俺も似たようなもんだ」
「精霊使いの割に剣も持ってるけど?」
「これは……うちの師匠が餞別だってくれたものだ。剣の扱いも習ったし」
「面白いわね」
 何が面白いんだか。
 ともかくレシアは呟いてから表情を改めた。
「精霊使いの力を求めたのは、精霊をこの町に呼び戻してほしいからよ」
「無理だな」
 あっさりとした口ぶりで要求する彼女に、俺は断言した。
 精霊を呼び出す方法はあるけど普段は使う必要のない方法だし、呼び出したところで事態が解決するかどうかがわからない。
 精霊が少なくなっていること、その原因がわからないことには根本的な解決にはならないはずだ。
「即答しないでよ」
「即答も何も、なあ」
『そうですね』
 レシアに気付かれないようにこっそりとカディの表情を窺うと、彼は顔をしかめつつ同意してきた。
「分かってるわよ。失礼な言い方だけど、若くて未熟な精霊使いには難しいんじゃないかって」
「おまえなあ……」
「続きがあるんだから。私の言い方が悪かったわね。この町に精霊を呼び戻す手伝いをしてほしいの。精霊がいなくなった原因は――何となく、分かってるのよ」
「原因がなくなったら、精霊が戻って来るって事なのか?」
 俺が呟くと彼女は私は専門家じゃないから分からないけどと心許ないことを言ってくる。
『何か原因があるのなら、それを解決すれば弱った精霊が回復するということはあり得ますが。ただし――消滅してしまった精霊があるのなら、彼らを復活させる手だてはありません』
 カディが俺にしか聞こえない声でこっそりという。
 まあ、そういうもんだろうな。「衰弱」と「消滅」というのは大きな差があるものだ。
「でも原因が分かっている以上、それを放っておけば悪くなるばっかりだわ」
「で、その原因ってのは?」
 俺が尋ねると、彼女は口をつぐんだ。
「わからないの」
「はあ?」
 俺は大きく問い返した。わからない? さっき分かるって言わなかったか?
「つまり……その、ね。この町に隣接して、森があるのは見えるでしょう」
「ああ」
 うなずく。そこの窓からも、はっきりと見える。ここが二階だから、よけいはっきり……あれ?
「なにか、あるな。町と森の間。魔力か何か――」
『あれは……、』
 カディが呟くのにかぶせて、レシアはうなずいた。
「魔力ではないけど。現に探ってみたら明らかに精霊の力よ」
 「魔法使い」と「精霊使い」の差というのは、実はあるようでない。端的に判別するなら精霊が見えるか見えないか。「魔法」でも精霊の力を借りるものもあるし、ひどく曖昧なところがある。もっとも大きな差はいわゆる「結果」を起こすための「呪文」だ。
 ともかく、魔法使いであれば姿は見えなくても精霊の気配を感じ取れる者も多いし、精霊使いであればなんとなく魔力を感じ取れる。精霊の気配と魔力というのはよく似たものなのだ。精霊使いと違って精霊が見えない魔法使いはその判別をうまくつけることができないっていう。が、魔法で探ってみればそれがどんな力によるものか判断もつくのだろう。
「……で、それがどうしたってわけだ」
「それこそが原因と見るべきだわ。あの壁の向こう側とこちら側とでは明らかに差があるの。精霊の存在感が」
「明らかにこっちの方が弱いってか」
「逆よ。あの壁の向こう側が、明らかに悪いの」
 俺は数度目をぱちぱちとさせた。この町よりなお悪いだって?
「それってどういうことだ?」
「それが分からないのよ」
 問いに対するレシアの答えはあっさりしたもの。
「この町の人たちは、おぼろげに異常さに気付いて、家の中に引っ込んでいるわ。だから人気がないのよ」
「いや、人のことは今はいいんだけど。誰か精霊使いがあの壁を作ったのか?」
「この町には精霊使いは居ないわよ」
 窓の外を見ながら問いかけると、打てば響くような答え。
「あの壁が出来た理由は、二十年前の出来事に由来するらしいの。水の乙女の伝説って言ったかしら」
「――水の乙女?」
 俺は呟いた。レシアはこくんとうなずく。
「水の乙女っていうのは――」
 レシアの説明を、扉のノック音が中断させた。彼女はあら、と呟くとどうぞと扉に声をかける。
 扉を押し開いて入ってきたのは、二十歳半ばあたりの男だった。
「失礼」
 そう呟くとレシアがぽんと叩いたソファの横にゆっくりと座り込む。
 油断のない瞳が俺を見て、すぐさまレシアに何事か囁きかける。
『精霊使いがやってきたと言わなかったか、って言ってますよ』
 地獄耳の――正確には風の精霊ならではの芸当だ――カディが言う。
「言いましたけど。ソート、こちらはこの町の町長のマチスさん。マチスさん、この人は間違いなく精霊使いのソートさんです」
 レシアはあっさりとお互い紹介してくれた。町長にしてはやけに若いように見えるマチスとやらはよろしくと呟いてきた。
「こちらこそ」
「マチスさん、一応私も説明しようと頑張ってみたんだけど、どうも苦手なんですよ。説明するのが。最初からわかりやすく彼に説明してあげてくれませんか?」
 レシアの要請にマチスは分かったとうなずく。
「精霊使いなら分かっていると思うが、この町は現在精霊の数が極端に少ないらしい。そのことが分かり始めたのは二か月ほど前。森の異変が表面化した頃だ」
 淡々と用件のみ話すと言った感情の交じらない口調。
「森の空気は淀み、水は汚染され、木々は枯れつつある。特に空気の問題は深刻だ。おかげで病人が増えた。原因は森の中にあるらしい。目に見えた異変のそのことごとくが森から波及しているから明白だ。三週間ほど前にぴたりと悪化は止んだ。そこから平行線だが。悪化しなくなったわけは、レシアさんの話では、森と町との間に不可視の壁があるらしいが?」
「……あるけど」
「彼女の話ではそれは精霊の力らしい」
「そこで、水の乙女の話なのよ」
 なぜかうれしそうにレシアは言った。
「それが精霊の力であるなら、私たちはその結論しか出せない」
「……水の乙女ってのは?」
「昔話だ。二十年ほど前にこの町の井戸が枯れたことがあるらしい。それで、枯れた井戸を復活させるために当時町に住んでいた精霊使いが水の精霊を召喚した」
 精霊を喚べるって事は、よっぽど力のある精霊使いだったんだろう。
「その精霊を、水の乙女と呼んでいる。彼女は不思議な精霊だった。私も、一度見たことがある」
「――見たことが、ある?」
 俺は思わず口を挟んでいた。カディの存在にすら気付いていない様子のこの人が、水の精霊を見ただって?
『名前は?』
「……名前を知ってるか?」
「いや。精霊に名前も何もないだろう」
 カディの問いかけを思わず通訳すると、何を言っているんだとばかりにマチスは答えてくる。
「彼女は私たち、精霊使いでないものにも見ることが出来たのだ。彼女を喚んだ精霊使いは、そういう精霊もごく稀にいると笑って言っていたが――」
 俺は後でカディにその辺りは尋ねることにして、先を促した。
「乙女は精霊使いの望み通りに井戸を復活して見せた。先代の町長は礼をすることを精霊使いに求めたが、精霊使いはその権利を乙女に与えた。乙女は自分にも別に希望はないと断ろうとしたが町の人々が礼をしたいと口々に言うのを見て、森にある泉に住まうことを望んだ」
「……泉の主になったって事か?」
「よくはわからん。ともかく、私にはかの乙女がこの町を守ってくれているように思える。森が変わっていく様を見れば、彼女の力の源である泉が今どのようになっているかも想像がつく。恐らく力を振り絞ってかつて救ったこの町を再び守ってくれているのだろう」
「で、たまたまこの町に迷い込んできた私が雇われたの。何かをどうにかしたくても、精霊のことになると管轄外。どうにもできないわ。とりあえずその精霊に呼びかけようとしてみたけど、無理だったし。泉に行こうにしても――問題があってね」
 レシアは自嘲気味に唇を歪めた。
「方向音痴なのよ、私。森にどんな危険があるかわからない以上誰かに案内も頼めないし、困り果ててたわけ」
 そのくだらない理由は何なんだ。俺はそれを口にすることだけはやめて、腕を組んだ。
「正確な理由は伺い知れないけど、何か森がおかしくて、その変なことから町を守るために精霊があの壁を作った。とにもかくにも町に被害が出てしょーがないから、その原因を探ってどうにかしてほしい、ってことか? つまりは。平たく言い直すと」
 理解というのは、結局それくらいのものでいいと思う。要するに森が大変で、それで町の人が困ってる。だからどうにかしてほしい。さらに要約するとたったそれだけのことだ。
『よくもまあ、そんなに適当に言ってのけますよね』
 うるさい。
 俺はカディを気にせずにマチスの方を見た。彼は渋面になったが、うなずきをよこす。
「報酬は、出来る限りはする。とはいえ、街道もはずれ、これといった産業はない町。出来ると言ってもたかが知れてるが」
 お金に困っていないわけはないが、困窮しているわけでもない。精霊が困っているんなら、助けるのが精霊使いの務めという奴だろう。
 困っている人がいたら助けろ、師匠のありがたい教えもある。
「たかが知れた量でもかまわない。ついでに食料を恵んでもらえたら、いうことない――」
 言った後、俺はふと思い出した。
 この町に来た目的って、腹が減ったからだったんだよ。そーいえば。
 さっき流し込んだお茶菓子が、ふと気が付くと実にいい具合に空腹な腹を刺激しているような気がする。
 そう思った瞬間、タイミング良く腹の音が室内に響き――カディを含めた室内全員の視線が俺を静かに射た。
 いいじゃないか、育ち盛りなんだからっ。ちょっとばかり腹くらい鳴らしたってっっ。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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