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精霊使いと水の乙女

 俺は問い掛けることも、レシアに説明することもできずにカディの次の言葉を待った。
 沈黙が続く。俺は生唾を飲み込んだ。
「――――――正気か? カディ」
 なかなか続きを言わないカディに恐る恐る問い掛ける。カディの声が聞こえないレシアは「どうしたの」なんて聞いてくるが、答えている場合じゃない。
 『世界の崩壊の前触れ』だってぇ? ほんとに、何の冗談だそれは。
 笑い飛ばしたいところだが――カディが冗談を言ったことはこれまでない。生真面目で融通が利かないのがカディだ。そのカディが真剣な顔して言うんだ、冗談だとは思えない。
 冗談と思いたいのが正直な話だけどな。
『正気です』
 きっぱりとカディは答えた。まるで仇であるかのように壁を睨んで、俺に視線を戻してくる。
 深い、嘆息。
 頭を振って、続ける言葉を探す気配。
「その乙女ってのは……世界を滅ぼしかねないのか?」
「なんでよっ? 何で水の乙女がっ」
 俺の言葉にぎゃんぎゃんわめくレシアを一睨み。真剣な気配を悟ったのだろう、彼女は黙り込んだ。
 そのやり取りにカディは久々に淡い笑みを浮かべる。
『いえ? 何で彼女が世界を滅ぼさなきゃならないんですか?』
 俺の言葉に笑ったのか? お前。
「は? でもお前さっき…」
『はい?』
「世界の崩壊の先触れかも、って」
 そう問うと、カディは真顔で首肯した。重々しい口調で、言ったのはこんな言葉。
『ええ、実際そんな嫌な予感がしてなりません。彼女がまともな行動に出るなんて……そんなことがあるとは』
「――ええと、なんてんだろ」
 どういったもんだか、悩む俺をカディは不思議そうに見ている。
「どうも、話が食い違ってるような気がするんだけどな」
『そうですか?』
「水の乙女とお前が思うのは一体どんな精霊なんだ? 人に姿を見せることが出来るような特殊な精霊なんだろ?」
 俺の問いに一瞬沈黙。
『ええと、ですね』
 珍しくカディは言いよどむと視線を俺からそらした。そのついでに、不満げにぶつぶつぼやいているレシアを見て苦笑。
『その前に、ちょっといいですか?』
「なんだよ」
『ええ、まあ水の乙女という前例もあるようですし、説明に手間取っている場合じゃありませんから』
 カディはにっこりと笑って、その気配を増した。精霊の気配ってのは、存在そのものだ。ぐんとその存在感が増す。
「ほえ?」
 ぶつぶつ言っているだけだったレシアがいきなり間抜けな声を出したのが聞こえる。
「えっえ――――――? なに、これっ?」
 はい?
 レシアははっきりとカディを指差して、驚きで目を見張っている。……どういうことだ?
 俺が視線で問い掛けるのに気付いて、カディは笑みを深くする。まるでいたずらに成功した子供のようなうれしそうな顔で。
『これで見えるでしょう? レシアさん』
「え、え――――ええ。うん、見えるけど……あなたがソートの言っていた変な精霊さん?」
『誰もそんなこと言ってないです』
 律儀に突っ込んで、カディは自分を見下ろした。
『まあ、一般と比べると少々特殊ですけど。人に姿を現せる精霊はそう多くないです。その上、これには彼女のメッセージが込められている。水の乙女の正体は疑いようがありません』
「……て、おまえ今誰にでも見ることが出来るのかっ?」
『はい』
 あっさりとうなずくカディを俺はじっと睨みつける。わからん。
 普段より少し存在感が増して……透明度が少なくなった、かな?
「そんなみょーな術まで……」
『妙って……』
 不満そうにカディは呟いたあと、『ソートと漫才してる場合じゃないんですから』なんて言った。
 誰も漫才してねぇよ。
 俺の心の中の突っ込みは当然ながら聞こえず、ついでにレシアが嬉々として叫ぶので実際口にすることもなく終わる。まあ、いいけどさ。
「で、水の乙女――彼女はなんでこれを作ったの? なんで精霊が少なくなってしまったの?」
 慌しい口調で問い掛ける。彼女の言葉にカディはまた壁を見据えた。
『詳しいことまでは』
 頭を振る。物憂げに髪がゆれて、カディはそれを掻き揚げた。
『ただ、間違いなく言えるのは、彼女がこんな真面目っぽいことをするのは、相当珍しいと言うことですね。明日、槍でも降ってこなければいいんですけど』
「槍って――おいこら、カディ。まさか世界の崩壊云々は槍と同じノリか? おまえ」
『まあ、どっちも実際ありえませんけど』
「わけわからん冗談言うなよ」
『ははは……まあたまには』
「全然笑えねぇ冗談だったぞ」
『まあ、そんな日もありますよ』
 何がそんな日だっての。俺は密かに舌打ちした。
「心配して損した」
「じゃれるのはいいから! そんなことするような人じゃないのにする、ってのは十分異常事態でしょっ! 実際、精霊の数が少ないってのは間違いない話なんだから。精霊なら、なんかわからないの、あなた!」
 言い合っていると、顔を赤くしてレシアが怒鳴った。
『全く』
 晴れやかに断言するカディにレシアの顔は引きつる。気持ちはわかる。俺だって同じだし。
「まったく、ってー!」
 地団太踏んでレシアはカディを睨んだ。
『系統が違いますし』
 しれっとカディが言うのにレシアが再び怒鳴ろうと息を吸う。それを押しとどめるように、いきなり真顔に戻ってカディはささやいた。
『彼女が消滅寸前になっているのは、わかりますけど』
「……冗談言ってる場合か?」
 俺は思わず突っ込むとカディは首を横に振る。
「おまえなー」
『さて、どうしましょうか? 彼女は助けなければいけません。消滅は精霊の死ですから、指をくわえて見ているわけにはいきません』
「どうって、言われてもな」
『正直、中に入るのはぞっとしませんが……仕方ないですよねぇ』
「乙女のメッセージってのに、なんかヒントはなかったのか?」
『ないです』
 俺の問いかけにカディは迷いなく答える。一瞬も躊躇がない。
『彼女にはそこまで余力がなかったんでしょう』
「つまり精霊にとって害なんでしょ?この壁の先」
『そのようですね。中は――ちょっと壁に阻まれてわかりませんけど』
「あなた、大丈夫なの? 中にいって……知り合いを助けるためとはいえ危険じゃない?」
 もっともな話だ。
「そうだな、お前に消滅されたら俺も困るな」
 カディは俺とレシアを交互に見た。
『大丈夫です。私はそう簡単に消えませんよ』
 力強く断言して、手を壁に伸ばす――。まるで歌うような旋律がその口から漏れる。
 精霊の言葉が壁を揺らすのがわかった。
「おいっ? カディ! そんなお前いきなり――」
 俺が文句を言い切る前に、壁にはぽっかりと穴が開いた。中から寒気を誘う空気が漏れてくる。病んだ気配。
 当然のように精霊の気配は少なく、澱んだ空気に吐き気を覚えた。
 風の精霊が一番少ないから、空気の巡りが悪いんだろう。風の精霊にとって、ここは想像以上に過酷なのかもしれない。
 カディはそんな中、動じた様子もなしに歌いながら腕を振った。
 その意思に従って澱んだ空気にわずかに動きが生じる。が、それだけだ。
『みんな、消滅しましたか?』
 同族に思いをはせたのか一瞬目を細める。かすかな吐息。
「逃げたのかも――とかね」
 レシアの言葉にカディは『そうですね』と気のない素振りで応じる。
『そうならいいんですが』
「大丈夫か?」
『はい。ですが、あまり長居したくはないですね』
「――じゃあ、とりあえずとっとと進もうか」
「どっちに?」
 歩き始めようとした俺は足をとめた。少し考える。
「とりあえず水の乙女のところにだろ」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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