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精霊使いと水の乙女

4.黒幕は

 俺が叫ぼうとした、その瞬間だった。後ろから俺たちに突風が襲いかかったのは。
 吹き抜けた風は今までと比べものにならないくらい病んでいる。気持ち悪さを堪えつつ振り返ったのは、後ろで何か――気配がしたからだ。
 気配を何故感じ取れるか明確に語れるヤツなんていないだろう。
 師匠は「なんとなく?」なんて、参考にもならないことを言って首をかしげたくらいだ。
 息遣い、動作音……それが剣士としての感じ取り方で、他の要素は精霊の存在を感じ取るのと似たようなもんじゃないか、そう俺は思っている。
 そこにいたのは、初老に差しかかろうかという男だ。
 見た目は、あてにならない。男は一般的な魔法使い……あるいは精霊使いの装い。そのニ者の共通点は見た目と年齢が必ずしも一致するわけじゃないってことだ。
 もちろん見たままだという可能性もないとは言い切れないけどな。
 その理由を明確にしたとされる論文は数冊の書物になるというけど、簡単に説明できないこともない。
 素質と、魔力。この二つがあれば老化が遅くなるって話だ。
 男の気配は病んだ空気と同じだった。
「水主に風主!」
 歓喜の声が男の口をついてでた。
 浮かぶ、歪んだ笑み……この男がこの事態を引き起こした、そのことを否応なく悟る。
 みんな一様に息を飲んだ。
『何者だわ?』
 水の乙女が堅い声を出す。その問いに答えは返らない。
「ただの精霊とはおもわなんだが……水主に風主とはな」
 一人うなずき醜悪な笑みをますます濃くすると、男はさらに続けた。
「創世と共に生まれ神と精霊王にのみ従う精霊主……」
 静かな口ぶり。だがその口調にはどこか危険な響きがある。
『そういうわけでも、ないんですけど』
 困ったようにカディが言う。なにがどう「そういうわけでも」ないのかはわからない。
「偉大なる精霊の主の半数が集うとは。私の運も捨てたものではないな」
『そう珍しいことでもないですし』
 そういう問題じゃない気もするが、カディはさらに男に突っ込む。当然のように男に気付く気配はなかったが。
 男は細い腕を振り上げた。
「我が糧となれ、精霊主よ!」
 叫び声とともにあの、病んだ空気が俺たちに襲いかかってくる。
「ぐっ」
 気持ち悪さをこらえる。この空気は男が作り出したものだったんだ。
「なにするのよっ!」
 叫んで、俺に襲い掛かってきた時と同様にレシアが力を練り上げた。
 光球は俺に対して放たれたものとほとんど大きさが変わらない。彼女はそれを躊躇なく男に放った。
『豪快だわねー』
 軽い口調で乙女が言うがそんな簡単な問題じゃない気がする。絶対。
 大体、もともと今にも消え去りそうだった姿が、さらに薄くなっている。……大丈夫なのか?
 ともかくレシアの放った光球はまっすぐに男に襲いかかる。
 男はそれを冷たく見据えた。
「ふん」
 手を一振り。男の前に魔力の壁が出来上がり、光球はそれに激突してはじける。
「カディーっ」
『はいはい』
 カディは苦笑しながら、弾けた光球の衝撃から俺たちを守ってくれた。
「なんで……」
 レシアがうめく。
「呪文もなしに魔法だなんて――」
 そのことは不可能なことではない。魔法使いにも精霊使いにも共通する話だ。
 魔法を使うのも精霊を使役するにも定まった「形式」が存在する。その形式はそこまで厳密って訳じゃない。そんなもの、魔力と経験、あるいは才能さえあればどうにでもなる。
 要は慣れってヤツだ。俺の場合、普段近くに漂ってるカディが尋常じゃないから、大抵のことはカディにお願いするんだけどな。
 まあとにかく、いい年したじーさんがそれを出来たところで何の不思議もない。
「なんか納得いかない」
「そーゆー問題じゃなかろ」
 俺はさらっと突っ込んだ。
 男が光球を防ぐために力を使ったからなのか、あのいやーな気配がましになったことだけが救いだ。
 男は苛立ちを隠そうともせずレシアに矢の様な視線を向けてきた。
「うるさい小娘だ」
「なによ、くそジジイ」
 ひるみもせず反射的に言い返すレシア。
 男は唇の端をわずかに吊り上げる。
「先に片付けてくれよう」
「そう簡単にいくと思うわけ?」
 レシアは胸をそらすと呪文を唱え始める。今度は空中から炎が現れて、男を巻き取るように燃えさかる。
「小娘の魔法ごとき、効かぬわ」
 男は平然としていて、呟くと同時に腕を振ると炎はあっさりと消えうせた。
『その力――』
 水の乙女の声が揺れながら響いた。
 男は彼女の声が聞こえ、なおかつ姿すら見えるらしい。ちらりと彼女に目をやった。
「そう――……お前から奪った力だ」
『つまり、やはり全てはあなたが原因だということですか?』
『ゆっるせないのだわ!』 
 怒りを押さえきれない精霊たちの言葉。その言葉になんら感銘を受けた様子もなく男は暗い笑みを深める。
「許せない――か。言ったところでなにができる? 精霊は自らの意思で人を傷つけることなどできんし、精霊王と精霊主はその強大な力ゆえにより厳重にそのことを禁じられている」
『むう』
 水の乙女はうなった。
「その状況で何をどうすると言うのだ? 精霊主?」
 カディは水の乙女と視線を交わした。
『まさに、言うとーりなのだわね。私に余力はそうないのだわ』
『……バラしてどーすんですか』
 言葉さえ交わしたが。
 水の乙女が弱ってるのは見ればわかるけど――それでも言うことはないだろ。
 男はにやりとした。
 口を開こうとしたところに、いきなり男に土くれが襲い掛かった。突然のことだったのでさすがにまともにそれを食らっている。
 視線を移すとさも当然のような顔でレシアがいた。
「……すっげぇ悪人くさいぞ、お前」
「うるさいわね。ごちゃごちゃ言ってる暇があったら先手必勝よ」
「小娘っ!」
「ソート、その剣は飾りな訳?」
「いや」
「だったら抜いて。私一人じゃどうにもならないわ」
 まあ、正論だった。剣を抜いて構える。
 怒り狂う、水主(仮)の力を奪った男に斬りかかるのは正直ちょっと嫌だが。仕方ないんだろうな。
「未熟な魔法使いと剣士……力をロクに扱えない精霊主――それが私に勝てると思うか?」
『思うのだわ』
 あっさり断言したのは水の乙女だ。
「ほう?」
『確かに我々はその力をむやみに使うことは禁じられています、でもだからといって無抵抗であなたに力を奪われるわけにはいきません』
「ならばどうする?」
 挑みかかるような、馬鹿にしたような声にカディはにっこりとした。
『お気づきではないかもしれませんが――こちらには精霊使いがいるんですよ』
 俺を指し示して、カディは続けた。
『精霊使いの意思があれば、まずあなたに手を出すことが出来ます』
『そーなのだわ?』
 水の乙女は目を丸くして、
「あー。一応そゆことになるのか」
 レシアはぽんと手を打った。なんかみんなして失礼な。
『カディは、この子と一緒にいるのだわ?』
『ええ、暇ですし』
 暇つぶしのネタかよ、俺は。
「精霊使い――か。だが私には水の乙女……いや、水主から奪った力がある!」 
 カディは冷たく男を見た。
『だから、どうしたっていうんですか?』
 呟く声すら冷たい。
『あなたも言われたでしょう? 強大すぎる故に封じられた私たちの力――その封じられた一部を掠め取ったくらいで勝ち誇らないで頂きたいですね』
 相当、頭にきているらしい。
「でも、封じられてる力を誇っても仕方ないだろ」
 俺がつい小声で突っ込んだことに気付いたのか、カディは冷たいままの視線で俺を振り返った。
『ソート、力を借りますよ?』
「あ、あー。それはもちろんだけど」
 この男をどうにかしないといけないのは間違いない。俺はカディの迫力に押されながらこくこくうなずいた。
『さて、じゃあどうしましょう?』
 カディは呟いた。いつもどおりの口調に冷たい瞳はアンバランスでみょーに怖い。
「どう、って」
 俺は思わず問い返した。
 カディは普通の精霊とは違うから、呼びかけただけで俺の要望に応えてくれる。いちいちどうしようかなんて聞かれたことはない。
 もちろん普通の精霊ならそもそも聞きもしないけどな。
 カディのことを普通の精霊と同じように扱う……それはちょっと無理なように思う。
 カディが本気で精霊主なんだったら、なおさら。
『例えば、思い切りぶちのめすとかそういうのでも構わないですよ?』
 それはちょっと適当すぎるんじゃなかろーか?
「そんなんで、どうにかなるのか?」
 俺の視線に気付いてカディは苦笑した。瞳が普段どおりやわらかく緩む。
『なります』
 断言。
「じゃ、完膚なきまでぶちのめしてくれ」
 言うと、カディはにっこりうなずいた。
『了解』
 ふわりと手を広げてカディは風を呼び起こした。
 病んだ空気がゆれる。
「ふん、いかに風の精霊主であろうと――この空気では旗色が悪かろう」
『そうですね――だからこそ私は怒っているわけですが』
 固い声でカディは言った。
『あなたのおかげでどれだけの同胞が消滅したか……考えるのが嫌になります』
『とってもたくさん、だわよ』
 水の乙女が火に油を注ぐ。彼女をちらりと見て、カディは囁いた。
『そうですか』
 静かに消える声には、明らかな怒りの響き。
『仮にも精霊主を敵に回したこと、後悔していただきましょう』
 水の乙女はカディの怒りを煽るだけあおって、肩をすくめて俺のほうにやってきた。
『カディは、怒ると怖いのだわよ』
 彼女の後方で、カディは新鮮な風を呼び込もうとしている。レシアは、男に防がれないようにと念入りに光球を作っている。
 男はというと、もはやカディしか目に入ってない様子だった。
 それはそうかもしれない。
 「完膚なきまでぶちのめせ」と言っただけで取り立てて何もしそうにない精霊使いである俺は、他の精霊がいないせいで剣以外で戦う手段がない。レシアの術は簡単に防げるだろうし、水の乙女は弱っている。
『しかも根強いのだわ』
 軽い口調は能天気なんだけどな。
 水の乙女はカディから俺へ視線を移した。にっこりと笑う。
『はじめまして、だわね』
「あ、はぁ。そーっすね」 
 精霊主……精霊主?
 あまりにもらしくない。まあ、確かに――カディがさっき言ったとおり意志があるのが精霊主と精霊王のみなら、そうってことになるんだろうけど。
 水の乙女は笑顔のまま俺に手を差し出した。握手しようとしたらしいけど、当然のようにあっさりと俺の手をすり抜ける。
『ぬぁっ。なんかくやしーのだわ! それもこれも、あの男のせいで!』
「そーゆー問題か?」
『そういう問題だわよ』
「あ、そう」
 俺の呆れた声に水の乙女は目を見開いた。まじまじと俺を見つめる。
『何でカディが君と一緒にいるか、わかるよーな気がするのだわ』
 そんなことを言って、にっ、と笑みを深める。
『気に入ったのだわ、少年』
「どこが?」
 つい聞いてしまう。どう考えても気に入るような言動じゃないと思う……我ながら。
 水の乙女はそれには応えようとしなかった。いたずらっ子のような微笑を浮かべる。
『私の名前はスィエンと言うのだわ』
 カディがそんな風に呼んでいた。水の乙女はものすごくうれしそうな顔で続ける。
『水主を務めているのだわ』
「それは、聞いた」
 聞いたからって信じられることじゃないけどな。
 俺の内心には気付かないらしい。水の乙女は『それがどういうことなのかわかるのだわ?』とひどくうれしげに聞いてきた。
「精霊主は、四種の精霊の長をそれぞれ務めていて、神と王の命にのみ従う存在、のはずだよな」
『カディを見たらわかるだわよね? 別にそうとも限らないのだわ』
「……カディが風主だとは到底信じられないんだけどな、俺は」
 いつの間にか、周りの空気が綺麗になっている。最初から、できるならしとけよ、そういうことは!
 俺は内心カディに文句を言いながら、水の乙女を見た。
「まあ、ソレを信じるとして、俺に従ってるって言うよりもむしろ俺を利用したろ、アイツ、さっき」
『まあ、それはおいといて』
「そういう問題じゃないと思うが」
 俺の突っ込みを彼女は無視した。カディをちらりと見てから、俺に向き直る。
『私も君のことを気に入ったのだわ、少年。私にも、何かあの男をぎゃふんとさせてやるようなこと言って欲しいのだわね』
「は?」
 俺はまじまじと彼女を見た。
「そんな弱ってるのに?」
『精霊主は力を封じられている。その枷を取り去れるのは神と王と、自らが認めた者のみ――私、スィエンは君のことを認めるのだわ』
「突然そんなこと言われてもっ!」
 認めるってなんだそれは。
『枷ははずせる――だとすれば、あんな男に奪われた力なんてもはや関係なし! だわ!』
「ちょっと待て、話についてけてないんだけど俺!」
『のーぷろぶれむ。気にしなければ気にならない。尊敬する人の言葉だわ』
「気にしろよ!」
『ってなわけで、あの男をどうするのだわ? スィエン的にはこーひどいめにあわしてやりたいのだわけど』
 期待に満ち満ちた視線が俺に突き刺さる。だから、どうしろっつんだよ俺に。
『さ、あの男をどうするのだわ?』
「……勝手に好きなようにしてくれ」
 水の乙女はにっこりした。
『承知したのだわ! けっちょんけちょんにしてやるのだわ。乙女の怒りは恐ろしいのだわ』
 叫ぶと同時に彼女の存在感が増した。色味が増し、生き生きと拳を握る。
 澱んだ水面に手をやると、水の塊が浮いた。わずかに顔をしかめる。
『私もそーとー怒ってるのだわよ』
 呟きとともに水の塊の澱みが徐々に消えていく。
 彼女が力を取り戻したのは間違いないようだった。水の塊が分裂して矢のようにとがった。
『精霊主を敵に回したこと、後悔するといいのだわ!』
 カディと似たようなことを言って、彼女は水の矢を男へ向けた。それが、戦闘開始の合図になった。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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