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精霊使いと水の乙女
要するに、「精霊主の力の封じこめ」とやらは結構いい加減らしい。
なんで、「勝手に好きなようにしてくれ」で、力が取り戻せるんだ?
言いたかないけど、もしや適当に封じられてたんじゃないだろうか。
俺はカディと水の乙女――スィエンを交互に見た。
なんで、俺なんかの言葉で封じ込められた力が使えるんだか、謎だ。まあ、助かってるんだろうけど。
男の力は生半可なものじゃなかったし、ついでに精霊が周りにほぼいないから俺なんか問題外。レシアの力が通じない状況よか、ましなんだよ。うん。
だからって、なんだかものすごーく、納得いかない。大体……っと、いかんいかん。
文句言ってる場合じゃね―ってば。
俺は頭を振って、緊迫した状況を思い出した。
カディと似たようなことを言ったスィエンが乱入すると、男は慌てたようだった。
「な、水の乙女――? 弱っていたはずではッ!」
『日頃の行いがいいからだわ』
『どこがですか?』
『何で突っ込むのだわ? カディ!』
『何となくです』
いや、何となくで突っ込むなよ。
呆然とした男にスィエンは水の矢を放った。タイミングを合わせて、後ろに回り込んだレシアが光球を放つ。
爆音。
「いよっしゃぁ!」
上品とは言いがたい声を出して、レシアはガッツポーズだ。
レシアの存在を忘れ去っていた男は防ぐことなくまともに光球を食らっていた。
砂塵が舞う。
「正義はかーつ」
後ろから不意打ちはちょっと正義じゃないと思う。
「レシア」
「なーに、ソート?」
「まだ勝ってないし」
砂塵の中立ち上がった影を俺は指差した。レシアはそれを見て舌打ち。
「ち、やりそびれたか」
「ほんとに正義か? お前……」
「いーでしょっ!」
『しぶといのだわねー』
砂塵が晴れると、男はちゃんとそこに立っていた。思ったほど効果はなかったらしい。
水の殺傷力は大してなさそうだし、レシアの光球の方は反射的に防いだってところかな?
「この程度か」
男は呟く。
『むっ。バカにすんじゃないのだわ!』
『そもそもあなた、攻撃苦手でしょうが』
『キーっ。でもでも、やられたらやりかえす、乙女のポリシーは曲げられないのだわ』
「どういう乙女だよ」
『乙女って年齢じゃないでしょう、スィエン』
『カディに少年、あとで覚えてるのだわ!』
ほとんど同時に突っ込んだ俺とカディに言うと、彼女はふわりと舞ってレシアに近づいた。
『君』
「え、あ、あの――水の乙女?!」
今気付いたのか、裏返った声を出すレシアにうなずきを返して、スィエンはにっこりした。
『魔法使いだわね? 水を氷にすることは、できるのだわ?』
「で……できますけど。あの、比較的初歩の術ですし」
『じゃ、それ頼むのだわ。さすがに多量の水を氷にするまでは力が回復してないだわから』
「はあ」
面白いしゃべり方に目を見開きながら、レシアはこくんと首と縦に振る。
『カディ、足止めお願いするのだわ』
『……はいはい』
カディは苦笑したままうなずいた。
手を振って風を巻き起こす。
「黙って食らうとでも思うか?」
少なくとも黙り込んでいた男がその言葉と同時に大地に手を突く。
ごぼりと土くれがめくれあがり、それが俺とレシアにそれぞれ襲い掛かってくる。
「きゃ」
レシアは小さく叫んで両手を前に突き出した。
「壁!」
言うのと同時に魔力の壁が彼女の目の前に現れる。
って、冷静に見てる場合じゃないんだってば。俺の方はカディが近くにいない。大地の精霊だっていやしない。
ちっくしょ。
こっちに来た土くれは大人の頭ほどはあった。土とはいっても、侮れない。
移動しても追ってきやがる……。
『ソート!』
カディが叫んで風をぶつけたけど、土くれはひるむ――ワケないって土だし――ことなくこっちに向かってくるのに変わりない。
あああ、大地の精霊さえいればあぁ!
そうだったらどうとでもなるんだってこんなんはっ!
ソレもコレも出来ないのはあの男のせいだ。死んだら化けて出てやるからな。
何とか土くれから距離をとって、俺は振り返った。剣を構える。
「カディ、頼む」
それだけでわかってくれるからありがたい。
カディは俺にうなずき返して、剣に風の膜を張った。
「でりゃぁ!」
土くれに剣を振り下ろす。
剣の達人ともなると――信じられないことに剣一本で岩だろうがなんだろうが斬ってのけるって言うけれど。
風の力をまとった俺の剣が土くれを真っ二つにすると、さすがに勢いを失ってただの土に戻る。
「さんきゅな、カディ」
『どういたしまして』
男は腹いせとばかりにまたあのヤな空気を巻き起こすが、俺に届くか届かないって時にカディがソレを元に戻した。
カディはにっこりと、笑みを浮かべる。
『精霊主を敵に回したことを、お忘れですか?』
優しく声が響く。
『ええ――まともに力さえ使えれば、造作ないのですよこんなことは』
「な、神がそんな強大な力を精霊主が扱うことを許すと思うのかっ?」
男の声は恐怖に震えて聞こえる。
実際声が優しかろうとなんか気配が怒ってんですけど、カディ? なんか怖いんですけど―?
カディは優しい声のまま応じた。
『神が罪に対して与える慈悲は二回まで――森を病ませ、精霊たちの多くを消滅させたあなたに慈悲を持ち合わせたところで、意味はありませんよ』
「そんな、至高神ならばそんなことはっ」
『あなたに称号であれかの方の名を呼ぶ資格があるとお思いですか?』
声に怒りの響きが混ざる。いやマジ怖いよ、お前。
カディは頭を振った。
『――人間と精霊と、存在に対する価値は変わりませんよ』
怒りを押さえた声。
『比べるべきではないかもしれませんが――あなた一人と多数の精霊と、我が主は優しい方ですが、精霊を取られるでしょう』
『そうだわそうだわ。マスターはそーゆーとこちゃーんと見てるのだわからね!』
スィエンが言った。
カディと視線を合わせてうなずきあう。
『改心する気はおありですか?』
「改心、だと?」
カディの問いは歪んだ笑みで否定される。
『そう思いましたよ。ソート、頼みます』
カディは男を指差した。つまり、スィエンとレシアの準備が出来るまでの足止めってことか。
俺は剣を構えた。再びそれにカディが風をまとわりつかせてくれる。
「ただでやられると思うか?」
『思いませんよ』
男の言葉に即答するカディ。俺は同意してうなずいた。
「そんな甘いこと、残念ながら思ってね―よ」
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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