IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと水の乙女

『さあ! 頼むのだわッ!』
 スィエンは勢いづいて言った。
 同時に……彼女の意思を受けたんだろう、泉の水が浮かぶ。
 透明度を失っていたのが、徐々に回復する――相当な量というか、張り切って泉全部を浮かび上げたらしい。
 水も量が多いと、透明度が高くてもなんだかくすんで見えるのに変わりない。周りの木々が写りこんでいるからかもしれないけど。
「マジで?」
 つぶやいたレシアの顔色は少し悪くなっていた……当然かもしれない。
 あれだけの水を全部氷にしようなんて、相当難しいんじゃないか? それだけのたくさんの量だ。
『当然だわ』
 迷いなくスィエンは言い切る。
『彼女、そうとう怒ってますね』
 おまえほどじゃないと思うけどな、カディ。
 内心突っ込んでから俺は視線を男に戻した。その顔色ははじめて見た時よりも大分色を失っている。
 それも当然だろう。
 精霊主を二人も怒らせた――というか、精霊主を怒らせた人間自体、聞いたことがない。その怒りのすさまじさなら想像がつくが。
 神より自然の力を任されたのが精霊。その力を精霊たちは分割して管理している。最終的にそれを取りまとめているのは精霊王だけど、精霊主の力も精霊王に匹敵するってんだから。
 全ての力をそこそこ扱えるオールマイティな精霊王と、一つの力のみに特化した形で扱える精霊主と――実のところ実力差はそうないと聞くし。
 師匠いわく、「仮に精霊王と精霊主の誰かが戦ったとしたら、いい勝負すると思うね。精霊王は精霊主の苦手とする攻撃ができるだろうけど、パワーに欠けるだろ? 精霊主はパワー溢れてるけど、性質上攻撃が単調にならざるを得ない。防ぐのは簡単だ」ってことだ。
 そんな突拍子のない例えをなんで師匠がしたかは覚えてないけど、それを信じるとしたら、精霊主が二人以上協力すれば精霊王にも匹敵するってことだ。
 精霊主の力を多少取り込んだところで……「封じられた力の一部」ごときとか言ってたしな、カディ。
 ……未だカディとスィエンが精霊主だとは到底信じられないんだけど。大体――精霊主は神話にさえ出てくる存在だぞ?
 二人を見ているとどーも、人間……いや精霊ができてないような気がする。
 って、今はそんなことはどうでもいい。
 俺は及び腰になった男に向けた剣を握る手に力を込めた。
「で、なにしてくれるわけだ?」
 聞いてみる――男は俺を睨んできた。
「何をする――だと?」
「ただでやられないんだよな?」
 意地悪く問い掛けてみる。
 まあ、これくらいの意趣返しはしないとな。気持ち悪い思いをした原因なんだ、こいつは。
 今はカディが風を綺麗にしてのけたとはいえ、アレは思い出すだけで吐き気がする。あーもー、だから何でカディは最初っからしなかったんだよ。なんかやっぱり納得いかないって絶対。
 思いながら男の返答を待つ。
「そう――簡単にやられはせん」
 男はぎり、と奥歯をかみ締めた。
 追い詰めすぎた、かな。開き直ったのかもしれない。
『……腹くくられちゃいました? ソートが余計なこと言うからですよ』
「お前の方が言いまくってたと思うんだけど?」
 男は大地をしっかりと踏みしめた。はじめてその口から呪文が漏れる……本気だ。
「カディ、防御は任せた」
『はいはい』
 男の実力は本物だろう――この森の精霊に甚大なる被害を与え、仮にも精霊主の力を奪う……そんな話聞いたことがない。精霊の力を奪うなんてことがどうすれば可能かなんて、想像も出来ない。
 そんな途方もないことを可能にしたのだ、この男は。
 その男を追い詰めたのは失敗か――いやいや、弱気になってどーすんだ。ソート・ユーコック。
 自らを鼓舞する。スィエンが水を槍状にして、それをレシアが順繰りに凍りつかせている。全部を凍らせて一気にどうにかするつもりだろう。
 ……串刺しか?
 けっこうえげつなーい攻撃な気がする。いやいいんだけど。
 男は朗々と呪文を唱え、魔力が高まってくるのがわかる。
 先手必勝だ。
 大地を踏みしめ、蹴りつける。自分でいうのも何だが、鋭い一撃だったと思う。
 だが、上段に振り下ろした剣は案外身軽に男に避けられた。一瞬ためて横に振ると、今度は男の目の前で弾かれる。
 ――防御結界か。戦い慣れしてやがる。
 男は余裕の笑みを取り戻した。
「時間稼ぎにしてもお粗末だな、小僧?」
 悪意を持った口の端が吊り上る。
「電撃は風の力では防げまい」
 その通りだった。
 風で電撃は防げない。
 ちらりとカディに視線を移す――お手上げのジェスチャー。
 この場にカディとスィエン以外の姿は特に見えない。精霊がいつ戻ってくるのかわからないが――それが今すぐでないことだけは確実だ。
 男は確実に力を貯えている。
 あー、逃げるしかないってことかー?
 俺が地面を踏み締めて駆け出した後ろを、カディと電撃が追ってくる。
 逃げ出さないといけないのは間違いない……ただし、この場から逃げ出すのはタブーだ。ついでにレシアとスィエンの辺りにも行けるわけがない。
 精霊が近くにいない精霊使いなんて役立たずだな。カディなんて――力あっても今回は防御の役に立たない。
 逃げ回りながら自嘲する――こういう役まわり、おとりってんだよなきっと。
「ええい、ちょこまかとっ」
 男の苛立ちの声。ふふん。身軽さには自信があるんだ。
 逃げるのには役に立つ長所だ――生憎、持久力には自信がないけど。
 視線を一瞬レシア達に移す。準備が整うのはまだかかりそうだ。巨大な水の固まりを分断して少しずつ氷にしている。その速度は早いのかもしれない。
 ただ、数が多すぎる。
 多少こっちをフォローしてもバチはあたんないと思うんだけどな。
 だけどなんとなくそれは無理っぽい気がする。
 だって、レシアとスィエンだし。こっちの窮地には気付かない気がする。
 なにでって言われても困るけど、なんか無理そうなんだって。
「カディっ!」
 なんでか俺と一緒に逃げ回っていたカディに呼びかける。
『はい?』
「俺と一緒に逃げまわることないだろおまえっ!」
『私だって当たれば痛いですよっ』
「嘘つけ!」
 俺は即座に言った。
「たとえ本当でも信じられるか!」
 大体そんなこと言ってる場合じゃねーんだってば。
「どっちでもいいけど、じぃさんの狙いは俺一人と思うぜ」
『それはそーですね』
 気合の抜けた声でカディ。
『でもだからって巻き添いにならないってことじゃないですけど』
 まあそりゃそーだが。
 息が切れそうになるのを整える。
 逃げ回ってるもんだから、体力が……。
 大体、あの淀んでた空気――あれでなんか余計に体力消耗してたに違いない。
 普段はもちっとどうにかなりそうなんだけど――――――、
 ――――――今日は駄目だ。
「とりあえずヤツの注意は俺にしか向いてないし、」
 息つぎ。
「奴をどーにかしてくれ」
『どーにか、ですか?』
 カディは呟いた。
「なんか注意をそらしてくれ ――でないと俺が死ぬ」
『それは困ります』
 カディは言った。
『殺っちゃいますか?』
「なんでもいいから!」
『了解です』
 カディの気配が後ろから消える。
 変わらず後ろから電撃。男としては俺を狙ってるんだろうが、今のところ捕らえられてない。捕らえられたら終わりだし……。
『さて。我が同胞たち』
 電撃が地面を叩く音の後ろでカディが言うのが聞こえた。
 静かなその声が聞こえるのはカディが声も運ぶ風の精霊だからかもしれない。
 現にレシアの呪文の声は聞こえない。
『我等を阻む壁はすでに無く、我等を縛る枷は今精霊使いにより取り払われた』
 男がちらりとカディを見る。
 だが問題ないと判断したのか……精霊使いを排除すればいいと考えたのか――て、そーだよ俺がどうにかなったらまずいんじゃ?
 俺と同じ結論に残念ながら達したらしい。男の攻撃は格段に威力を増す。
 あーカディの馬鹿っ! おまえが精霊使い〜なんて言わなかったら気付かなかったのにっ。多分ヤツも!
 広がった電撃の効果範囲に逃げるスピードを早くせざるを得ない――逃げるだけってのがー。ちくしょ。他に精霊がいさえすれば!
 思っても仕方ないことを思うだけ時間の無駄だ。
 時間を経るにしたがって段々状況は悪くなってる。少なくとも俺はそうだ。
 攻撃される一方で反撃さえできない。逃げるのに精一杯で体力は目減りする一方。
『風主の名の下に命じよう。来たれ』
 カディの声が厳粛に響く。それから数秒もないうちに、辺りには普通以上の精霊が現れた。
 って。おいこら。
 男は虚を突かれたらしく一瞬動きを止める。
「風の精霊が戻っただと?」
 その通りなのだった。驚いている暇はない――俺は転進した。
 実際のトコ、どこから突っ込んでいいんだかわからない。
 やれるなら最初からやれっていうべきなのか、お手上げってのはどういう意味だったんだとか、言いたいことは色々あるけれども。そんなこと言ってる場合じゃない。
『あなたが敵に回したのは』
 優しげにカディの声がする。
『精霊主だけではありませんよ――この世界の精霊すべてです』
 静かに断じる。
 男は歯噛みした。
「ふん、精霊など精霊使いがいなければ――」
 負け惜しみをしながら俺を振り返ろうとして、ようやっと男はこちらに気付いたらしい。
 カディに気を取られているうちに俺がすぐそばまでやってきたことに。
「目くらましにはなったな」
 言いながら俺は剣を振り下ろす。
 少し浅い――肩に鮮血を引くのだけ確認して反転。
「小僧っ」
 いっとくけど、あんたが俺から視線をそらしたのが悪いんだぞ。
 俺は内心突っ込んでやった。戦い慣れしてるっつっても、詰めは甘いらしいな。
「小僧……ッ」
 男が叫ぶと同時に男の周りに再び雷が舞う。
 びちびちばりばり。
 激しい音を立てるそれはためらうことなく俺に襲いかかってくる。
『ソートっ!』
 ぎりぎりでよける。
 次が襲ってくる前に俺はちらりと視線を彷徨わせた。
「たゆとう風の精霊!」
 力を込めて呼びかける。
「我が前の敵に鋭い刃を!」
 確かな手応え。はっきりと精霊達が動いたのがわかる。
 それも結構すごい数の――主に似てキレてるのかもしれない。
 風の精霊は性質として温厚なはずなんだが……。
 ともあれ風の精霊達は男に殺到する――雷を出すのをやめて男は懸命に力を振るい襲いかかるかまいたちを防御し始めた。
『行きましょうか?』
 カディが聞いてくる。なんで誘うような口振りなんだよ。
 俺はちらりとレシア達に視線を向けた。
 まだ七割ってトコ――かな。しばらくかかりそうな具合だ。
「行くか?」
 そう言い返す。
 ひらひら手を振って一体の精霊を手招き。腕にまとわりつかせる。
 そっと願いをささやいて手を前に突き出す。精霊は飛び出すと、未だ多数の精霊に苦戦している男に向かう。砂を巻き上げながら。
『煙幕効果、ですか』
 めくらまし、だな。
 内心答えて、駆け出し――今度はカディに呼びかける。
「あとは任せた」
『アバウトですねぇ』
 それでわかってくれんだから、余計な手間かけるもんじゃないだろ。
「カディ」
『はいはい、わかってます』
 砂埃が消えないうちに男に向かって走る。
 男の気配を探る。俺と男の間を阻む、男が精霊たちを振り払うためにふるう魔力を逆に精霊たちが消してくれる。
「精霊使いめ!」
 忌々しさを隠せないそんな男の叫び。効かない視界のなか――まあ俺が悪いんだけど――前方から熱気が襲ってくる。
 嫌な予感。
 右足で地面を蹴りつけて左へ避けた直後に、砂埃を掻き分けて火の玉が向かってくる。
 火の玉ってのは控え目な表現だ。実際は炎くらいの勢いがある。
 一瞬でも反応が遅けりゃ、半身が焼けてたかもしれないな。あぶねー。
「甘かったな、精霊使い!」
 勝ち誇った男の叫び。
 額ににじんだ汗をぬぐう……うわ、髪縮れてやがるーッ。
 紙一重だな。
 俺はぎりと唇をかんだ。やばいやばい。
「そんな手にかかると思ったか?」
「単純すぎるかもな」
 俺は肩をすくめる。
「ま、時間稼ぎだし」
 男の第ニ撃にそなえる。砂が散らされ視界が晴れてくる。
 俺は軽い口ぶりで言ってやった。
「そんな手が何度も通用すると思うか?」
「思わないな」
 それだけははっきりと思う。長生きしてる分、先読みは男が上だろうし。
 だけど、勝てる要素は十分だ。
 男はレシア達をちらりと見た。いい加減攻撃に転じてもよさそうな気がする。全力出し尽くして、攻撃ミスったらどうするつもりなんだか。というか、カディが風の精霊を呼び戻してくれたから、こっちでもどうにか……したらなんか、後怖いよな。
「まだ時間は十分ある」
 再びバリバリ雷を生む男。
 俺はため息を一つ。
「そーだな」
 カディはその言葉に深くうなずきをよこしながら男を後ろから殴りつけた。
『私の気の済むまで、じっくりお付き合いできそうですね』
 見ると、どうも圧縮した空気で殴りつけたらしい。
 男は素早く飛び離れながら、慌ててカディを振り返った。
『あなたの相手はソートと彼女達だけじゃありませんよ』
 カディはにーっこりと笑った。
「風主っ」
『はい。私も覚えておいてくださいね――どうも、視野が狭いようですけど、あなたは』
 嫌味な口調で言ってのけて、カディは圧縮空気をまとわりつかせた腕を持ち上げた。
『私からもほんと、注意そらさないでくださいね』
 カディはやけにうれしげに主張した。
 男は俺とカディとを交互に見ている。どちらかに注目するわけにはいかないだろうな。
 そうしたら、必ずどっちかが不意つくんだから。
「もちろん、俺も忘れんなよ?」
 俺もそう忠告して剣を構え直す。
 その間に目配せして合図すると、俺の意図を察して風の精霊たちが男に殺到する。
 ただの突風。攻撃力はない。
 だが――男にたたらを踏ませるには十分だ。それ以上のおまけは残念ながらないが――まあ、隙ができただけで満足すべきだろう。もともとそれが目的だったんだし。
 カディが精霊ならではの滑るような速度で男に迫り―― ぶん殴る。
 こだわんなよ、殴るのに!
 突っ込む暇はない。俺もまた体勢の崩れた男に走り込んでるからだ。
 体勢を崩して倒れ込んだ男が俺の姿を認める。
 立ち上がるより先にこっちに雷撃。ステップしてかわす。
 男は俺をにらみ続けながら素早く立ち上がった。
 ぼかり。
 ものすごい勢いでカディは三度男を殴りつけた。
『ですから』
 苦笑の気配。
 圧縮空気の拳をもてあそびながらカディは言った。
『私の存在も覚えていて下さい』
 カディは言うだけ言って、ひらひら男の周りを移動する。
 殴られてふらふらしている男に俺は向かおうとして、止めた。
『できたのだわ』
 風の精霊がスィエンの伝言を運んできたからだ。
 なんだ。意外と早かったじゃないか。
 カディも同様に声を聞いたのだろう。まるでからかうように男の脇をすり抜ける。
 ちらりとだけレシア達を見る――その上空にはででーん、と氷の固まり。頑張ったらしい。
 もう少し丁寧に説明すると、その氷塊は森の木々の間をすり抜けた光を受けてきらきら輝いているのだった。
 一見すると無数のひびのはいった大きな氷柱のようだった。しかしよく見るとそれは無数の氷の矢が集合しているのがわかる。
 そしてその氷の矢は一つ残らず男を狙っている。
 ともかく一目見たら、どんなに想像力がなくてもあれだけの矢に狙われたら逃れ得る術が存在しないと悟るだろう。
 例外は精霊使いや魔法使い。
 男は魔法を使えるが、今この時、頭は俺とカディをどうにかすることしか考えてないはずだ。
 気付いてない。気付く素振りもない。それはまだ時間があるとたかをくくってるのもあるだろう。でも俺の目にはなんか、男の視野は怒りによって狭くなっているように見える。
「カディ!」
 俺はさらに撹乱するためにカディに呼びかけた。
 俺の意図がわかったんだろう。カディはにっこりとうなずいた。
 攻撃の構え。
 今度は殴るつもりはないようだ――今更、必要ないし。
 共闘の予感に男は油断なく俺たちに目を向ける。
 氷塊には全く気付くそぶりもない。完璧だった。
 不意をつけば間違いなく男を―― 。
『覚悟するのだわ!』
 スィエンの声が響いたのはその時だった。
 自らバラしてどーするよオイ?
 俺達の苦労はなんだったんだよ?
 その思いに気付かずにスィエンは続ける。
『私たちの共同製作ザ・乙女アタックを食らうがいいのだわ!』
 解説すんな! しかもなんだその名前ッ?
 とにかくその言葉で男は自分に迫る危機を知る。
 すでに氷塊のように見える無数の氷の矢は男に鋭く迫っていたが――防御の術は総じてかかりが早いのだ。
 それが人間本来の持つ防衛本能に由来するのか、それとも誰かが必死に身を守るために研究したのか ――百年以上前に一大論争が巻き起こり、それは未だ決着をみないって聞いたことがある。
 はっきり言えるのは、どうあれ早いもんは早いってことだ。
 氷の矢が到達するまでの数瞬間。
 実戦慣れしている――そのわりにはどっかヌけてるけど――男が体勢を整えるには十分だった。
 第一弾が到達するかしないか。男は身の回りに壁を張り巡らせた。その壁は炎を帯びている。
 びしゅびしゅびしゅ。
 氷の矢が勢いよく壁に突っ込んでいく―――――。壁が出来る寸前、いくつかは当たったかもしれないけど……もう確認できない。
 炎の壁は男の姿を覆い隠したし、さらには壁に当たった氷が水蒸気と化して、辺りを白く覆ったからだ。
 びしゅびしゅ……―――――――――。
 延々と続くその音がやんだのは数分後。氷の矢は尽きたらしい。作るのに時間がかかっても、なくなるのは早い。
 完全になくなったらしいと悟って、俺は精霊に呼びかけた。
 願いどおりに風が起こり視界を晴らしていく。
「ヤツは…」
 言いながら男の姿を探す。――――いた。さっきまでと寸分変わらない位置。
 変わらずそこに立っている。
「だうー。あれだけ頑張ってっ!」
 毒づきながら、剣を構える。
 なんだったんだよ俺が頑張っておとりしてたのはっ!
「援護は任せた!」
『はい……』
 疲れたようなカディの返事。
 俺は反撃を予想して身構えながら男へ走りこみ――、立ち止まった。
 男は静かにそこに立っていた。
 ただし、気絶している……ようだ。試しに静かに突いてみたら、あっさりバランスを失って倒れる。
『し、死んでます?』
 カディがやってきて、おずおずと男を覗き込んだ。
 氷の矢、ちょろっとは効いてたらしい。俺が斬ってやった肩じゃないところに負傷の後が見えた。凍傷?
 いやまあいいが。
『いちおー生きてるみたいですね』
 あれこれ探って、カディはそう結論付けた。
「生きてんの?」
 レシアがやってきて、嫌そうな顔をした。
「ザ・乙女スペシャル効かなかったの?」
 ……びみょーに技名違うんじゃないか? いやいいけどそんなん。
『ぬぅ、何故だわ?』
 ぬうじゃねぇし。誰のせいだと思ってんだ。
 レシアはつんつん男をつつき――起きたらどうするよ――スィエンはスィエンで男の目の前でひらひら手を振った。
「殺っとく?」
「……だから悪人くさいよお前」
 俺は答える。
「殺すこたなかろ――うん。町に戻って役人につきだしゃいいんだし」
『そうですね。私も彼に少し聞きたいことがありますし』
 カディが同意してくる。
『聞きたいこと、だわ?』
『はい。いくらスィエンがてきとーに生活しているにしても、仮にも水主の――いえ、そうでなくとも精霊の力を人間が奪い取るなんて、聞いたことがありませんから』
『なんだかすっごく馬鹿にされた気がするのだわ』
 スィエンが渋い顔をする。なんだかも何も、馬鹿にしてんじゃないか?
「うし、そんなワケで町へゴー。腹も減ったし」
『だからなんでそう、食欲に忠実なんでしょう?』
「じゃなきゃ死ぬだろ」
 俺は答えて、町へ戻るべく足を上げ、そこで呼び止められた。
「ソート、言い出しっぺのあなたがこの人運ばなきゃ」
「え?」
 レシアはいつの間にか男を縛り上げ――いやそれはどうでもいいとして。
「俺がッ? なんで! あのくそ気持ち悪い空気で消耗している上さっきの戦いで疲弊さえしてるっていうのに」
「私だって魔力極限まで使ってるわよ」
 彼女は胸を張り、続けた。
「大体、あなたしかいないでしょ? 私に運ばせるつもり?」
 俺は周囲を見回して悟る。実体のないカディにそんなことは無理だ。スィエンも同様。
 レシアは……あー。女の子にゃ無理だよな。はいはい、わーったよ。
 俺はため息を一つ。頭を掻く。この男を担いで戻れと? うわー………
「やっぱ、殺っとくか?」
 俺の呟きには3つも答えが返ってきた。
「今更何言ってんの?」
 冷たくレシアが言うし、
『頑張れ男の子v』
 軽いノリでスィエン。
『男は一度言ったことに責任をとらなくては――ねぇ? ソート』
 お前が一番怖いよ、カディ。
 俺はもう一度ため息を漏らして、男を担ぎ上げた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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