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精霊使いと水の乙女

幕間。

 男は、ギロリと俺たちをにらみつけたのだった。
 小さな町の、小さな詰め所の牢の中。
 空気はひんやりとしている。男の纏う気配が原因かもしれないが、それよりも壁――石の冷たさの方が大きいかもしれない。
 俺はちょっと肩をすくめた。
「よ。ちょーしはどうだ? じーさん」
 軽い調子で問い掛けると、視線に力がこもった。
「どうだ、だと?」
「すこぶる機嫌は悪いよーだな」
『まあ、当然でしょうけれども』
 さらりと呟くカディへ視線を向けて、男は顔を歪める。
「風主…か」
『はい』
 呼びかけたわけでもないのに、カディはにっこりと返事をする。
「水主と風主の力を侮ったのが敗因か…」
 男の言葉にますますカディは笑みを深めて、
『たかが、人間ごときにいいように扱われるほど落ちぶれてはいませんので――残念ながら』
 皮肉っぽく言ってのけた。
『スィエンに手を出した報復もちゃんとしてますから安心してくださいね』
 そこは安心する様なところじゃないんじゃ?
 男はカディを鋭く睨みつけた。
「魔力を封じたことか?」
『そうです。堪えたでしょう? ちなみに、』
 カディは男の視線をさらりと受け流す。
『する気はないでしょうけれども、次に何かしたら――命はないものと思ってくださいね。私、そう寛容ではありませんので』
「なあ、そんなこと言いに来たんじゃないだろ?」
 笑顔でけっこう怖いこと言うのが怖くて俺が話題をそらすと、あっさりカディは乗ってきた。
『そうでした――』
 ポンと手を打つとカディは男を睨みすえる。
『精霊の力を借りるのではなく奪い取るなど普通できるはずがありません。なおかつスィエンは仮にも精霊主なのですから、その力を奪い取るなんて……なぜそんなことが出来たんですか? 答えなさい』
 きっぱり命令口調で言うカディを男は馬鹿にしたように睨み上げた。
「答えると思うか?」
 男のその口ぶりにカディは表情を変えなかった。
『そうですか。仕方ありませんね』
 ふわりと手を振る。何かの命令をしたのか、風の精霊たちの気配が濃くなり、男の周りを取り囲む。
「拷問でもはじめるか、風主よ」
『やむを得ませんよね?』
 んなことを俺に聞くな。
 カディは答えはどうでもいいのか、さらに手を振った。男の周りの精霊はその意に従って確実に動く。
 そうやって、命じるところをみると本当に風主なのかぁ、って思うな。
 で、命じてかまいたちでも放つのかと思えば、違う。
 男の周りをがっちりと固めると、狭苦しい室内に冷たい風が吹いた。
 ……ええと?
 男の様子に変化はない。
「カディ、何してんだ?」
 問うと、カディは笑顔で答えてくれた。
『しばらくすればわかります』
 正確には答えじゃないな。 
 冷たい風は止まず、ちょっと身震いする。ここちょっと寒いな。
 手が空いている精霊に頼んで俺は冷たい空気がこないようにした。
 その間に、男には変化が現れている。顔が苦しげになって、だんだん赤くなってきた。
「カディ、もしかして……空気」
 俺は何となくカディが何をしたのか悟った。
『ちょっと周りから空気を除いてみました』
「窒息死するんじゃないか?」
『ぎりぎり大丈夫でしょう』
 男が苦しげにのどをかきむしる――どう見たって大丈夫そうじゃないけどな。
『その人が私の同胞にしたことに比べれば、まだまだ足りませんこの程度では』
 相当怒ってるよ。まだ怒り持続中だよコイツ。
「いやしかし、死ぬぞ、年寄りだし」
『生命の危機くらい感じてほしいですね、私としては』
 実際今感じていると思うが。
 男は苦しげに喉をかきむしっている。何かを訴えかけるようにこちらに手を伸ばし、そして力なくその手が下ろされる。
『もう一つよい案があったのですが、スィエンに協力してもらわなくてはならないので諦めました』
「ほー。どういうんだ?」
『体中の水分を奪い去ってもつらいでしょう』
「それは確実に死ぬって」
 人体の何割が水分だと思ってんだ?
 カディはそれもあったので諦めたんですがと言うけど、人間は息が出来なくても死ぬんだけどな。
『そろそろでしょうか』
「まだ生きてはいるけど」
『殺しませんよ』
 カディは精霊たちに囲いを解かせた。男が慌てて息を吸う。
 ぜえ、はあ。
『精霊の力を奪い取る、なぜそんなことが出来たんです?』
 男が息を整えるより先に、やったことのひどさに比べて晴れやか過ぎる笑みでカディは問う。
 笑顔な分かなり怖い……少なくとも俺は。
「こ…答える……、と……」
『強情ですねぇ』
 カディは苦笑して、精霊たちにまた命じた。
「んなっ、また……ッ」
 男の声が途中で消える。
「マジで死ぬんじゃないか?」
『殺しませんよ』
 間違いはないとは言い切れないと思うんだけど、なぁ。 
 しばらくして、カディはまた聞いた。
『で、精霊の力――』
「だ…誰が…答える……ものか…」 
 延々と問答は繰り返される。どっちも折れることを知らないかのように。
 じいさんなんだから、ぽっくりいかなきゃいいんだけどな……。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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