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精霊使いと国境越え

 時間的には一般的な夕飯の時間よりはちょっと早いくらいってくらいだろうか。
 これまでひたすら歩いてきたんだから腹は減ってるし、少々早くたってかまうもんか。
「腹減ったよなー」
 すきっ腹を抱えて待つ時間はやたらと長く感じる。
『そればっかりですよね、ソートは』
「ばっかりって失礼だな、お前」
『実際そうでしょう?』
 さも当然のようにカディは言った。
「そうそう」
 レシアもあたりまえのような顔でカディに同意する――あーも―失礼な。
 腹減った状態でまともにもの考えられないだろ? まずは腹ごしらえが基本じゃないか。
 食生活が充実してれば、とりあえず世の中に不満を感じなくて済むんだから。
 言ってもあしらわれそうだったから諦めて、俺は手持ち無沙汰にぼへーっとしているチークに視線を移した。
 食事がいらないのは、その正体が精霊だからってことだろうか。
 今話し掛けたところでイライラするだけだろうからしないけど、後で聞いてみるかな。
 ……ろくに答えが返ってくるとも思えないし、もっとほかに聞くことあるけどさ。
 手持ち無沙汰といえば、俺だって変わらない。水だって出てきやしないんだから。
 水さえあれば飲んで空腹を紛らわせそうなもんなんだが。
 そういや、さっきレシアはわざわざ水を注文してたようだけど――もしかして水は有料なんだろうか?
 不安になって、メニューを覗き込む。
 水ってヤツは、場所によってとんでもなく高価だったりするらしい、てのを師匠に聞いたことがあるんだ。
 豪快な字の並ぶメニューには、水なんて一言も書いてない。さっき頼むときに見た記憶がないから、まあやっぱりそうだろう。
 水を方言かなんかで妙な名前で書き込んでいる可能性がないとはいえないが、それらしき文字もない。普通そうだろう。
 大体。豪快な文字は料理の内容をシンプルに表現していて、けったいな表現が混じる余地なんてない。
 一応裏返してみる。が、当然のようにそこには何も書かれていなかった。
「まだ何か頼むの?」
「いや」
『路銀が心もとないこと、わかってますよね?』
「違うっつに。暇だから見てみただけだよ」
 俺はメニューを机に放り出した。なんとなくカディとレシアの視線が笑ってるような気がするのって、俺の被害妄想か?
「路銀っていや、なんか稼がないとやばいよなー」
『なんか、でなく稼がなくてはならないでしょう。だから言ったんですよ』
「あーはいはいはい。わかってるわかってる」
 長くなりそうなカディの言葉を適当に手を振ってあしらう。腹減ってるだけで憂鬱なのに、それ以上話なんか聞けるかっての。
『何ですかソートその態度。大体ですねー』
「あー、はいわかった。わかってるから後にしろよそれ」
 カディは俺の言葉にめげず何か続けようとしたが、俺は完全に無視してやった。
 というのも、店の親父がこっちにやってきたからだ。
 両手に山のように皿を抱えている。一人で切り盛りしているらしい。
 ひとつたりとも落とさずに、彼はテーブルに皿を並べた。八皿もある。無骨なでかい手で、まるで魔法のようだ。
 少なくとも俺ならその三分の一を一度に持つのがせいぜいだろう。
「ほらよ」
 親父は厨房に一度取って返し、水がなみなみと注いであるグラスを持ってきた。
 人数分あるってことは、やっぱり水は有料じゃなかったらしい。
 そんなことはともかく、俺は並べられた皿を見渡した。
 あー、腹減った。
 食欲をそそる香りに幸せを感じながら、肉を手元に引き寄せる。
 ナイフとフォークを手に俺は皿に向かった。豪快な文字と同じように豪快な焼きっぷりだ。ちょっと赤い。まあ、焼き加減がそうなのかもな。
 ざっくり切って、いそいそと口に運ぶ。
 至福の瞬間だ。
 口にした瞬間にやわらかい肉の感触。それと同時に肉汁が口中に広がる。のは、いいんだが。
 俺は慌ててコップに手を伸ばした。
 なんともいえない苦味が肉汁からあふれ出てたからだ。水を慌てて飲み干して、それから俺は思わずテーブルに突っ伏した。
「どしたのよ?」
 レシアが妙なものを見る目で俺を見る。
「いや、どしたって……」
 軽く咳き込みながら俺は何とか顔を上げた。
 肉は苦かった。肉汁も苦かった。この腕なら、料理を出すのを嫌がるのもわかる。
 と思った瞬間に水も苦かったらどうすればいいんだろう。
 レシアは怪訝そうな顔をしながら自分もシチューを口に運び、顔をしかめる。
「何よ、コレッ」
 スプーンを叩きつけるように置いて、厨房に向かって彼女は叫ぶ。
「おじさん、なにこれ!」
 厨房の親父はそれこそ苦い顔をした。
「だから言ったろう。あんまりおすすめできないって」
「何があったのよ。なんか苦いんだけど! 前こんなんじゃなかったんじゃない」
 親父は顔をますますしかめた。
「もしかして、肉やら水が苦いのも、意図したものじゃないのか?」
「だから、言った」
 ぽそりと小さな声で漏らしたのはずっと沈黙を守っていたチークだった。
 水を一口含んで、なぜか満足げにうなずいて、そうしてぽそりと続ける。
「ちょっとずつ、おかしい」
 だからそれだけじゃわからないと思う。そう思ったのは俺だけじゃないらしい。
 レシアはくるりとチークを振り返って、剣呑な声でささやいた。
「どういうこと?」
 グラスを適当にもてあそびながらチークはこくんとうなずく。
 当然、うなずかれてもさっぱりわからないんだけど。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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