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精霊使いと国境越え

「二週間くらい前だな」
 そう言ったのは、店の親父だった。
 チークにすべて語らせるよりは、とレシアが強引に親父をテーブルまで連れてきて、さらに強引に座らせた後の話だ。
「そのしばらく前から、何かおかしいたぁ思ってたんだが、劇的に変化したのは二週間前の話だ。いきなり食べ物って食べ物がまずくなった。苦くなったって方が正解だが」
「で?」
「で、って。それだけだが」
「それだけ、って! もっとこー血沸き肉踊るような展開はないわけ?」
「なにを期待してるんだおまえ?」
 俺が突っ込むとレシアはうっ、と小さく詰まった。
「なに、って。えーと」
「考えんなよ――で、親父さん、それってなにもかも苦いってことか?」
 俺は陰鬱な気分で料理を見渡した。これ、全部食わなきゃならない訳か。つらいな、こりゃ。
 ざっくりと肉をフォークに突き刺して、口に放り込む。
「あー、苦い」
「とか言いつつよく食べられるわね」
「残すともったいねーだろ」
「そういう問題?」
「ああ」
 力強くうなずくと、レシアは呆れたような顔をする。
「食べ物を残すと罰が当たるんだぞ」
「けどねぇ」
 ため息をもらして、レシアは気のない手つきでシチューの皿をかき回した。
「あまり食欲がでないわよ、これ食べてると」
「言っておくが、だいたいそんな味だからな。保存のきくものはまだましだが」
「って、保存がきくものなら大丈夫ってこと?」
「ましなだけ、だな」
 レシアはいきなり親父に詰め寄った。
「ましって! じゃあそれを出してくれればっ」
「稀少品だ。出せんよ」
「客商売でしょー?」
「これからいつまでこの状態が続くのかわからんのに、か?」
 親父はレシアを睨み付けるようにする。
「俺だって、まともなものは出したいが」
 怒りをこらえるような声を出して、親父は続ける。
「そんなことをしたら、先ゆかなくなる――町の奴らがな」
「で、原因は分からないのか?」
「わかっていたらとっくの昔にどうにかしている。わからないから困っているんじゃないか――おまえ、よくそんなにがつがつ食えるな」
「がつがつしてねーっつの」
 俺は親父に向けて顔をしかめて見せた。がっつくなんて真似は断じてしていない。あんまりうまくないと言うか、苦くて食えたもんじゃない代物だし、それ以前にそんなみっともない真似しないぞ。飢えた獣じゃあるまいし。
「じゃあ、原因は全く分からない、と」
 呟いて、俺はちらりとチークに視線を移した。
 相変わらずなにを考えているのかよくわからない顔つきで、彼はグラスをもてあそんでいる。
 親父が――ってことは町の人間がわからないって以上は、「何かが少しずつおかしい」としか言わないこの無口な地主(仮)を頼るしかないって訳だ。
「わかるのなら教えて欲しいもんだよ……もういいか?」
「ええ」
 まだ不満そうな顔でレシアがうなずくのに肩をすくめながら親父は定位置に戻っていく。
 レシアはそれを見送った後、大きくため息をついた。
「もー」
 呟きながら、嫌そうにシチュー皿を見据える。
「結局これ食べるしかないわけね」
 問題はそんなところじゃないと思う。
「もうちょーっと詳しく話してもらえないか」
 俺は再びチークを見て、視線を彼にぴったりと合わせる。
「……」
「いや、黙り込むんじゃなくて」
『チーク、何があるんですか』
 カディがらちがあかないとみたか、ずずいっとチークに詰め寄る。
「いや」
『いや、じゃないでしょう。何かあると思ったからこそここにいるんでしょう』
 チークはこくんとうなずいてカディを見上げた。
『私にあなたの心は読めませんよ』
 カディがすっぱりと言い放つ。チークは困ったようなそぶりでカディを見つめたがカディは態度を崩さない。
「……しばらく前から……」
 じっくり間をおいて、ようやくあきらめたようにチークは語りだした。満足そうにカディは一つうなずいてチークから離れる。
「何かおかしかった」
 ぼつぼつとチークは言う。
「どこかが、少しずつおかしい……だから来た」
『それはもう聞きましたけど』
 突っ込みを受けて、チークは目をしばたたいた。
『つまり、どこがおかしいんですか』
「大地。精霊が少しずつおかしい」
『そうは見えませんでしたけど』
「違和感は……少ししかない。だから気付かない……」
 玩んでいたグラスをテーブルに置いて、チークは一瞬目を伏せる。
「気づけない」
 言いかえて、じっとカディを見る。そのカディはというと真顔になった。
『あなたにしか気付けない、と』
「違う」
 カディの言葉に、それだけはきっぱりとチークは答える。その語調の鋭さに驚いて親父がこっちを見たのに、レシアはなんでもないと手を振った。
『例外はいますけれど――地の精霊がおかしいことで、食べ物に影響だなんて』
「まあ、植物は地面に生えるもんだし、影響を受けるってことだろう。水は……」
『スィエンがああでしたし――水も多少大地の影響を受けますからね。逆かもしれませんが』
「スィエン?」
 驚いたようにチークは顔を上げた。
「何か、あったか?」
 カディはチークの問いかけにうなずいて、それから話をはじめた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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