IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと国境越え

『そういうわけなんですよ』
 カディはそう結んだ。
 マーロウの町の異変からスィエンとの出会い、男との戦いまで語ってのけたその後だった。
 チークがなぜかほう、と息を吐く。
「そ、そうか……」
 なぜか震える声で呟くと、さっきテーブルに置いたはずのグラスを手にとって中身を飲み干す。
「……男は?」
『牢屋の中でしょうね。別の』
 さらりとカディ。
『その前に聞きたいことは聞いたのでもう興味はありませんが』
「あ、聞けたのか?」
『聞きましたよ』
 俺の言葉にカディはあっさりとうなずく。
「なぜ……精霊主から力を奪えたのか?」
 親父の目を気にして俺は小声でささやく。もう夕食にちょうどいい時間だが、現状があれだからか客の姿がないのが幸いだった。
 まあ別に取った部屋で話したらいいだけの話なんだけどな。残念ながら、食事に手間取っている。――特にレシアが。
 ゆっくりとしたペースでよろよろとスプーンを口に運んでいる。会話に口を出す気力すらないようだった。
『ええ』
 興味を覚えたかのようにチークが顔を上げる。
「なんでなんだ?」
 問いかけるとカディは難しい顔をする。
『神から力を借りた、と言ってましたね』
 気のない口調だった。そうは言うものの信じてはいないような、そんな口振りで。
「神、って」
 俺は一度瞬きをして、呟いた。
 世界にはたくさんの神がいる。その中で精霊の力を奪おうとする神なんて――。
「破壊神か鬼神か――」
 言うだけ言って即座に否定する。破壊神の力は破壊のためだけに使われるだろうし、鬼神は暴れるだけで力を奪うなんてことができるとは思えない。
『それが真実であろうと、嘘であろうと――あの男がそう思いこんでいるだけにしろ、やったことの罪深さは変わりませんよ』
 カディは冷たく言い切ると、鋭い目つきで料理を見据える。
『森の異変の影響が今頃ここに出た、ということでしょうか』
「離れすぎてるぞ? それに、マーロウじゃこんなじゃなかったし。先にあっちに影響出るだろ」
『今頃あの町でも、かもですよ?』
「そりゃそうだけどさ」
 否定しきれなくて俺はうなる。
「水も苦いってことは――水の精霊が影響を受けているのかもだけどさ」
 カディは何も言わないってことは風は大丈夫だろう。そしてカディが地の精霊のわずかな異変に気付かないってことは同時に水の精霊がおかしくても気付かないだろうってことで。
『チーク、水の異変は感じますか?』
「……いや」
 チークはわずかに沈黙を挟んで、否定する。
『スィエンにしかわからない、ですか』
「多分」
 うなずいてじっと自分を見つめるチークに、カディは苦笑した。
『原因が彼女の力の衰退ならば、確かに喚ばなければ、ですね』
 一つ吐息。
『正直気は進みませんが』
「なんでだ?」
 反射的に問い返して、俺はその理由に何となく思い至った。
 あれだ。
 チークの無口にスィエンのあの口調が加われば、何となく収拾のつかない事態になりそうな気がする。
 カディは『わかりませんか?』と前置きして続ける。
『彼女は弱ってるんですよ? ……あれでも』
 ちょっと自信なさげに付け足した意味はよくわかる。
 実際弱っていたにしろ、あれは元気なようにしか見えなかった。
「てゆか、喚ぶって」
 精霊は世界のどこにでもいる。それでも場所によって存在の偏りがあるから、精霊を喚ぶ方法がない訳じゃあない。
 方法がある、ってだけであまり使わないものだけど。
 使わないだけでなく、喚ぶ精霊の属性は指定できるけど、力の強弱は指定できない。かわいらしい精霊が何体も現れることもあれば、ちょっと力のある精霊が1体だけの時もある。
 ピンポイントで、しかも精霊主を喚びだすなんて、無理じゃないか?
 俺の疑問を感じ取ったのか、カディはふっと微笑んだ。
『難しいことじゃないですよ?』
 そういうもんなのかね。
『ソートを気に入ってたようですから、呼べば出てきそうですし』
 ……そういう簡単なことでいいのか、精霊主。
 俺が心底疑わしそうな顔でもしたんだろう、カディは続けた。
『気に入った人間に形式は求めませんよ。見知らぬ人には求めますけれど』
「呼べば出てくるって、形式以前の問題じゃないか?」
『そうですか?』
 カディは不思議そうに首を傾げる。
 そのまま数秒顔を見合わせて、まあいいですけどと彼はあっさり結論づけた。
『スィエンを呼びますか――水の精霊がおかしいかどうかわかるだけでも、前進するでしょうから』

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel精霊使いと…
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.