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精霊使いと国境越え

 長い時間かかって、ようやくレシアが夕食を終えたあと、俺達は部屋に集まった。
 とった部屋の広い方、つまり俺とチークの為にとった二人部屋の方に。
「あぁ〜っ、まだ気持ち悪〜」
 ベッドに腰かけて、青い顔をしてレシアがうめいている。
 まあ、気持ちはわからなくもない。
 飯が苦くて、つらくて水で誤魔化そうと思ってもその水が苦くちゃな。
 俺も腹の上辺りをなんとなく押える。なんか妙な感じがする。

「ま、それはともかく」
 俺はその妙な感じを振り払おうと明るい声を出して、チークとカディを向いた。
 
「スィエンを呼ぶって」
「そーよっ、それは聞き捨てならないわよ?」
 呻いていたはずのレシアが大きな声を出して反応した。
『えぇ』
 その勢いに押された様にちょっと後退りながらカディはうなずく。
「どういうこと?」
 さっき大きな声を出した分元気をなくしたのかレシアの声は勢いを減じて、カディはちょっと顔をしかめた。
『この地になにか異変が起きていることは間違いがないようです。地の精霊はチークが言うにはどこかおかしいと。風に異変は見受けられませんし、私にその異変は感じとれませんけれど』
 カディは言って、サイドテーブルに乗った水差しをちらりと見た。
『精霊たちはすべて密接に関わりあっています。特に地と水は近しいですから、この異変がもしかしたら先日のスィエンの件が原因ではないかと思いまして。それならば彼女に直接聞いた方が早いですから』
「なるほど」
『と、言うよりも彼女でなくては水の異変には気付けそうにないからなのですが』
 カディは苦笑気味に顔を歪めた。
 気が進みませんけどね、まるで言い訳でもするかのように再びそう付け加えさえする。
「呼ぶって、そりゃあ精霊は召喚できるって聞いたことあるけど」
 レシアは言って、気怠げに俺を見た。
「できるの?」
「なんでそこで俺を見るんだろう」
「あたりまえでしょ」
 なにがどう当たり前のか、レシアはきっぱりと言った。
「私は精霊使いじゃないもの」
「そりゃそうだな」
 言わずもがなのことを言われても困る。
「だったら、ソートがするしかないんじゃないの?」
「カディがどうにかするんじゃないか?」
 俺はカディを見た。レシア俺の視線を追ってカディのいる辺りを見つめる。
 カディはといえばその視線に一つまばたきをした。
 思案深そうにちょっと難しい顔を作って、腕を組む。
『そうですねぇ』
 ぽそりと呟いて、俺をじっと見る。居心地が悪くなって思わず俺が身動ぎするのにも構わずに。
『まあ、私がやってもソートがやってもチークがやっても結果は変わりませんが』
「だからそんなピンポイントで精霊を呼ぶなんて俺には無理だって」
 俺の主張にカディは呆れたように肩を揺らした。
『見くびってますね?』
「う」
 そ、そりゃあ確かに俺はスィエンのことを過小評価してるかもしれないけどさ。
 仮にも水主なら俺の声を聞き分けるくらいできるかもしれないけどさ。
『まあ、ここはソートにおまかせしましょう』
「ちょっと待て!」
 俺が声をあげるのにカディは全く構わなかった。同僚を見下ろして、
『かまいませんね?』
 と確認さえする。
 問われたチークは俺にちらりと視線を向けて、こくりとうなずいた。
『そういうことですので、お願いしますね』
 カディは満足げにうなずいて、無駄ににこやかに微笑みながら俺を見た。
「いや、そういうことって言われてもさ」
『てきとーでいいんですよてきとーで』
「それはなんか、俺的にものすごく納得いかないんだけど」
『気のせいですよ』
 にべもなくカディは俺の反論を切り捨てた。
「らしいわよ?」
 大分調子を取り戻したんだろうか、面白そうにレシアが言う。
 精霊主同士なら自分達でどうにかしろってんだよ。
 俺はちっと舌打ちして、大げさにため息を吐き出す。
『ガラ悪いですよ、ソート』
 知るかっつんだ。
 前髪をかきあげて俺は軽くカディを睨みつけてやった。
「結果はしらないぞ?」
『えぇ、信頼してますよ』
 さりげなくプレッシャーをかけてくるカディを俺はもう一度睨みつけた。
 一度はぁ、と息を吐いて大きく息を吸う。
 精霊は正確には召喚する、というもんじゃない。
 精霊はだいたいどこにでもまんべんなく存在している。ただ、土地的な偏りはあるから、それを呼び寄せる方法があるにはあるのだった。
 周囲の精霊に呼びかけて来てもらうという手段が。もっとも、普通はそんなことをする必要性は全くない。
 偏りはあるとはいえ精霊はどこにでも存在しているんだから。
 深く俺は息を吐いた。特大のため息にも聞こえたかもしれない。
 精霊を呼び出すってことは、それこそ精霊達の微妙なバランスを崩しかねないことだと思うんだけどな。
 大きく息を吐いたかわりに、大きく息を吸う。
 まあ、仮にも精霊主のご要望だ。大丈夫だろう。
 そして俺は大きく吸った息を利用して、精霊を呼び出す歌を歌うことにした。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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