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精霊使いと国境越え
『本当に、他に何もないんですか?』
カディは念を押すようにスィエンに尋ねた。
『出不精のチークがこんなところにいる他に、何か異常があるだわ?』
スィエンは不思議そうな顔をしている。
「水の精霊達がさ」
『あー、それはスィエンが追い払っただわから』
「いや、そうじゃなくって」
『にゅ?』
「何か違和感を感じなかったかって事を聞いてるんだけど」
『機嫌は悪くなったかもだわよ?』
「ほかには?」
『ほか、って……』
本当に何も思い至らないらしい。カディに視線で問いかけると、どうしましょうかと顔に書いてあった。
『では、地の精霊には?』
『ぬ?』
スィエンはカディの問いに首を傾げながらチークをじっと見た。
『チークがちょっとずれてるのはいつものことだわね』
……スィエンとチークどっちがずれてるかと聞かれたら、スィエンに軍配が上がりそうな気が俺はするけど。
「そーか」
微妙な顔で黙り込んでいるカディは無視して、俺は一つ頷いてみせる。
「てことは、だ。地の精霊だけおかしいって事だな?」
「その可能性が高い、ってことでしょうね」
頷いて見せたのはレシアだった。
『レシアー。久しぶりだわねー』
スィエンがぱたぱたお気楽に手を振るのに、レシアもひらっと手を振って応える。
もうちょっと本当なら騒ぎそうなものだと思うんだが、本調子じゃないからだろう。それ以上騒ぐことをせずにレシアは黙りを決め込む。
違和感を感じたのかスィエンは不思議そうにして、口を開いた。
『どゆことだわ?』
「どういうって、レシアはさっきまっずい飯を……」
『ほえ?』
「って、違うのか?」
てっきりレシアのことを聞いたと思ったんだけど。
『地の精霊が少しずつおかしいのだそうです』
『チークがおかしいのはいつものことだわよ?』
だから、いつものことって……。
会話が堂々巡りになりそうだと感じたのだろう、カディは微妙な表情になって視線を何処かに彷徨わせる。
『いえ、そうでなくて……』
説明しようとして、彼は言いよどむ。
まあ、あれだ。
説明しようにも原因が分からないから、スィエンを呼んだんじゃなかったっけ。
『そうじゃなくて?』
『ええと……』
「チークじゃなくて、他の地の精霊がどこかがちょっとずつおかしいんだそうだ」
『ぬぅ』
難しい顔でスィエンはうなって、あたりをきょろきょろした。
『別に、ふつーと思うだわけど』
『私もそう思います。ですが、チークだけはそう感じているんです』
こくん、とチークが頷くのを確認して、スィエンはカディに視線を戻した。
『ふに』
『先日の貴女の件が影響しているのかと思いまして』
『私たちは元気だわよ』
たち、っていうのは水の精霊がってことだろう。
『元気なのがスィエンの取り柄なのだわから』
「てことは、結局地の精霊だけなんかおかしいって事か」
『ですねえ』
てことはやっぱりスィエンを呼ぶ必要なかったてことだよなあ。
「じゃあ、スィエンには悪いことしたなあ無駄足で」
『無駄足? 呼んでくれたことには感謝してるだわよ。暇だっただわから』
「そういう問題か……?」
俺のつぶやきにスィエンは力の限り頷く。
「そーなのか」
とりあえず答えてはみるけど、やっぱりなんか納得行かない。暇って。
そんなに暇なもんなんだろうか精霊主。そういや、カディも暇だから俺についてきてるとか言ってたし……なんだかなあ。
「ま、とにかくありがとな。わざわざ呼んで悪かったけど、もういいや」
『にゅ? いいってどういうことだわ?』
「もう帰ってもらっていいぞ。だって、元気そうに見えるけどあれだろ」
『にゃ? せっかくここまで来たのに帰れというのだわ?』
「だから悪かったけど」
『あんな暇なところにいたくないのだわよ。スィエン、役に立つだわよ〜。いた方がお得だわー』
「……えーっと、もしかしている気か?」
『本気で帰すつもりじゃないだわね?』
一瞬じっと見つめ合って、同時にそんなことを言い合ってしまう。
『同胞の危機に背を向けることなんかできないだわよ!』
スィエンはそう言うけども、その目はどう見ても――。
「面白がってないか……?」
突っ込んだのは俺でなくて、チークだったんで俺は思わず目をむいた。
突っ込まれたスィエンも驚いたような顔をして、まじまじとチークを見つめた。
『にゅう』
大きな目をぱちくりさせた後にごまかすように意味不明のつぶやきを漏らして、それから目をそらす。
『そ、そんなことないだわよ』
「嘘臭いなそれ」
『そんなことないだわ!』
力の限り言い返してくるあたり怪しい。
そこを突っ込みたかったが、そんな場合でもない。
わざとらしく咳払いを一つして、俺はとりあえず頼りになりそうな相手を捜した。
スィエンは論外だし、チークもよくわからない。レシアはレシアで不調なように見えると、やっぱり最後に残るのはカディだった。
一番つきあいが長い分、気心も知れている。
「どーするよ?」
『どーするよ、なんて言われましても』
いつもさらっと色々言ってくるカディも、今回はそうではないようだった。
「地の精霊だけがどこか少しずつおかしい」なんて、カディにとっても初めての経験なんだろう。
というか、むしろそんな頻繁にそんなことがあったら困るわけだけど。
精霊は、世界の自然現象を司っているんだから。
だからそう簡単におかしくなったら大変なことになる。
まだちょっとずつとチークが言うし――それがカディとスィエンにわからないってくらいちょっとてことは救いだろうけど、だからといって放っておいていいってわけじゃない。
精霊が困っていたら、助けるってのも俺の役目の一つだろう。
「むしろどうすればいい?」
問いかけ直しても、カディの表情は変わらない。
『どうにかしなければならないのは事実ですが……困りましたね』
「だな」
俺達は顔を見合わせた。
何考えてるのかわからないチークや、いまいち不安な言動のスィエン、精霊には疎いレシアよりもカディの方がずっと頼りになる。
カディは俺の視線を受けて、うっすらと笑った。
『本当に困りました。どうにかしたいのは山々ですけど――』
カディの表情に苦い物が混じって、声にため息がまぎれる。
『ただ働きですか……』
「っておい!」
俺が思わず叫ぶと、カディは平然と顔を上げた。
『財布の中身を覚えているんですか?』
「うっ」
『否定できないでしょう?』
「いや、いやまあそれはそうだけど……そんな場合じゃないだろ?」
『ええ、そうですけどね』
俺の言葉にこれまたあっさりと頷いてから、
『それは後でどうにかしましょう』
と続ける。
「この際忘れて置いた方が幸せじゃないか?」
『後で痛い目に見るのはソートですよ。刹那的に生きるのはどうかと思いますが』
「ぐっ、いやそれはそうだけど、金儲けに走って放置することはできないだろ?」
それにカディは苦笑いをして、俺のことをまじまじと見た。
『だから放っておけないんですよね……』
「どういう意味だろうな、それって」
俺が睨み付けると、カディはわずかに視線を逸らして、そのかわりにスィエンが近づいてきた。
『ほめ言葉だと思うだわよ?』
こっそりと俺にささやいてくるけど、どう考えてもほめ言葉じゃないだろそれ。
『時間をかけるわけにもいきませんから、さっくり解決しますよ――、チークっ』
カディは同僚に向いて、鋭く呼びかける。
「……?」
いぶかしげに首を傾げるチークに『ええ貴方ですよ』と言って、カディは続けた。
『貴方しか異変を感じないのに、貴方以外に誰がやるというんですか』
大きく目を見開いたのは、得心がいったからだろう。チークは一つ頷くと、ぼそっと呟いた。
「どうやって……?」
『それをどうにかするのが貴方の仕事でしょう?』
肝心のチークがこれじゃあ、すぐ解決するも何もない気がする。
カディは大きくため息をついて、頭を振った。
『ええと――ではとりあえず、どこが一番おかしいかくらいわかりますよね?』
「……………たぶん」
チークの返答はカディが聞いてから数分は経っていたように感じる。
『……多分?』
カディはチークと同じくらいに時間をおいてつぶやいた。機嫌の悪さがどことなくにじみ出る声で。
「ああ、いや……わかる、と……思う」
だからか、さっきよりは少し早いタイミングでチークは答える。
信頼できるかどうかは別にして多少は希望の持てる言い方だったけど、カディはそれを吟味するかのようにじっとチークを見つめた。
「たぶん」が「わかると思う」に変わったところで、大した違いはない。ましてやカディが半分脅すようにして言い換えたんだから言い方が変わったって自信がないことには変わりないわけだ。
『期待していますからね?』
カディがじっとチークに視線を合わせて念押しする。チークはちょっと間をおいてからこくんとうなずいた。
『そうと決まれば、休みましょう。明日は早いですよ』
カディはチークの反応に一応満足したのかそう言ってさあ早く寝ましょうと俺たちを促した。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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