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精霊使いと国境越え
3.国境を境目に
そして翌朝。
まだ日も昇りきらないうちから俺たちは町を出た。
カディにたたき起こされて、変わらぬ苦みを感じる朝食を飲み下したあとのことだ。
まだ薄闇があたりを支配しているものだから、視界はあまりよくない。それでも昇りはじめている太陽のおかげで明かりをとらなければならないほどでもなかったから、薄闇の中を歩く。
一番先頭がチークで、その斜め後ろにカディ。その次が俺で、俺の後ろにはレシアという隊列だ。
スィエンはというとふらふら俺たちの周りをうろちょろしている。
先頭のチークは当然のように黙りで、カディは手を抜いたら許しませんよとばかりにチークをじっと見据えている。
レシアは昨日の晩飯で堪えたのか朝食はいらないと主張して、なんだか元気がない。
腹が減っちゃ戦はできないって言うのに、何考えているんだか。
スィエンはあっちこっちをきょろきょろしている――「異常はないだわかー」なんて言っているから、やる気はあるみたいだけどただ単に見回しているだけという気がする。
延々と、目的もなくうろつくのは苦痛だ。いや――目的はあるんだけど、その目的地がどこにあるかわからないと、いつまで歩けばいいんだかわからない。
チークが積極的にそのあたりを解説してくれるだなんて期待するだけ無駄であることは疑いようがないし、そもそも自信がなさそうなんだから解説できるほどの事実を彼がわかっているとも思えない。
黙々と歩くのも、何となく居心地が悪い。
唯一の元気になにやらぶつぶつ言っている――本人は独り言じゃなく誰かと会話しているつもりかも知れないけど――スィエンと建設的な話はできそうもないし、レシアは顔色が悪いし、一番つきあいの長いカディときたら全身から不機嫌なオーラが見えそうな様子だ。
会話を振れる相手がいない。
『だいぶ明るくなってきだだわねー』
スィエンが言うとおりに、少しずつ太陽は移動して、あたりは明るくなっていく。
町からはどんどん離れていくけれど、移動したから問題の中心に向かっているかどうかがわからない。
じっと目を凝らして精霊たちを見ても何の異常も感じなかったし、俺なんかよりも先に何かあったらカディたちが何か言うだろうし。
全員で馬鹿みたいに歩いてこなくてもとりあえずチークに「どこがおかしいか」調べてもらってから全員できてもよかったんじゃないだろうか。
朝早く飯食った分、昼前にでも腹が減ってきそうだ。
ああ、そうだよどうせただ働きなんだし……っと。
俺はほとんど機械的に動かしていた足を慌てて止めた。
チークが立ち止まって、動きを止めたカディにぶつかりそうになったからだ。
実体がないとはいえ、目に見える以上ぶつかるのは――てゆかぶつかるような形でカディの体をすり抜けるのはどうかなあと思うから。
「ぅきゃ……なによっ!」
レシアは俺が動きを止めたのに気付かずどっしりぶつかってきて、文句を言ってきた。
「いきなり止まらないでよ」
「俺に言うなよ。てか前見て歩けよ」
とりあえず言い返してから、俺はチークとカディを観察した。
いきなり立ち止まられたものの、二人が歩みを止める原因が分からない。
「どうしたんだ?」
声をかける。
目を凝らしてみても精霊に変化は感じられない。よその土地と同じように精霊たちはそこに存在している。地の精霊に注目してみてもチークの言う「少しずつおかしい」ことは感じられなかった。
そもそもチークしかその異常を感じ取れていなかったわけだから、俺がそれをわかるかどうかと言われればわからないような気がするとしかいえないんだけど。
カディもチークとほとんど同時に立ち止まったってことはとうとう地以外の精霊主にもその異常が感じとれたのかもしれない。
『国境、ですね』
「はぁ?」
カディが俺の予想外の言葉を吐き出したものだから、思わず間抜けな声を出してしまう。
『変な声出さないでくださいよ』
振り返ってカディがあきれたように言ってくるのを俺は軽く睨み付けてやった。
「国境だからって立ち止まることないだろ? なにかがあったのかって期待するじゃないか」
精霊に注目するのをやめて軽く見回してみると、確かに国境の目印である杭が一定間隔で穿たれているのが見えた。つまり、もう数歩歩けばハーディスを出てラストーズに入るって訳だ。
大きい目的としては国境を越えることを目指していたわけだけど、手近な目的地がどこともわからず彷徨っている今、それを知らされてもあまりうれしくない。むしろ国の端までやってきたと聞かされるとずいぶん遠くまで移動したみたいな気がして、どっと疲れがやってくる。
実際は普段と比べてもそんなに長いこと歩いていたわけじゃないし、町と国境がそんなに離れているわけじゃあないけど。
『国境だから立ち止まった、とは言ってませんよ』
「だったら重要なことだけ言えよ」
『重要なことかもしれないから言ったんですよ』
俺の文句にぴしゃりと言い切って、カディは国境線を越えて辺りを見回しているチークに近づいた。
『何かわかりますか?』
「てゆかなにか変わったのか?」
肝心のことを説明しないカディを俺は追った。
『そう――ですね』
カディのよこした返答と俺がそれを感じたのは同時だった。
杭と杭の間、国境線をちょうど越えたあたりで、背中がざわりとした。
慣れ親しんだ気配が……つまり精霊の気配が、少し変わった。少し考えてそう結論づける。目を凝らして辺りを見回して、特に重点的に大地を見てみると、一番気配が変わっているのは確かに地の精霊だった。
でも風も水も火も、何かが違う。
その「何か」がなんなのかはわからない。わかるのは彼らがいつもとは違うこと。俺でさえわかったんだからカディもスィエンも当然それはわかったんだろう。
スィエンでさえまじめな顔をして辺りを見回している。
「あり得るか?」
呟くと、俺に対する返答に困っていたらしいカディが顔を上げた。
『わかりましたか』
うなずいて、俺は何度か国境を行き来する。
回数を重ねるごとに違和感が募る。
「精霊たちがどこか違う」ことにじゃない。「国境を境にその気配が変わること」にだ。
国境を定めたのは人間だ。だから自然の事象がそれを境に明らかに姿を変えるなんてあり得ない。
「異常だな……精霊たちがおかしいってのもあれだが、何よりここではっきり気配が変わる」
『――何者かの悪意を感じますね』
「って、何がよ」
ぶつけたらしい鼻をさすっていたレシアがそこでようやく不満げに割り込む。
「俺にもわかるくらい国境を越えると何かがおかしい」
「何か、ねぇ」
きょろきょろと見回して、何も感じ取れなかったんだろう。レシアは「じゃあ続けて」とひらひらと手を振った。
気を取り直してカディを向いて、杭に軽く腰掛ける。
「んー、ここを境におかしいっつ事は、確かに悪意を感じるな――自然現象ならこんな事まずあり得ない」
『断じてあり得ない、ですよ』
力強くカディが言い換える。もっともなことだからうなずいてから、チークに視線を移した。
国境を越える前に異常に感づいていたのはチークだけだから、その異常が俺にさえわかるようになった今よりはっきりとそれを感じ取ることが出来ているはずだ。
『チーク』
カディの呼びかけに、きょろきょろしていたチークがこっちを見る。
『どこに行けばいいですか?』
カディが静かに呼びかけると、チークはすっと手を挙げた。
人差し指がまっすぐ伸びている。
「あっちって事か」
チークはこくんとうなずく。レシアはその指の示す先を目を細めて眺めた。
「やっぱりわかんないわねー」
ぽつりと呟いてから、俺たち全員を順繰りに見る。
「ま、ぐだぐだ言ってても始まらないし、行きましょ?」
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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