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精霊使いと国境越え

 チークが示した場所を中心に、俺達は再び歩き始めた。
 国境から離れるようにまっすぐ突き進む。
 何も異常を感じられないまま昼の時間になったので、俺達は携帯食料で簡単に食事を済ませた。
 乾燥した固形の食事は、色気も素っ気もなくお世辞にもおいしいとは言えないけれど、手を加えればそれなりにうまくなる。
 水で戻して煮たりとかすれば。
 ただし水は苦い物しか無いものだからそのまま食う羽目になったけど。
 普通なら水の精霊に頼めば水場が無くてもどうとでもなるってのに、その精霊が当てに出来なかったら精霊使いの俺はどうすることもできない。
 スィエンに頼めばどうにかなったのかもしれないけど、精霊たちがおかしくなっている今、そんなことで余計な力を使わせることもない。彼女だって――本調子じゃあないようだし。
 いざってことがあったら、頼らなければならない訳だから今は力を温存しておくべきだろう。
「昨日のに比べたら、まだましってとこかしら」
 どことなく不満の見える表情でレシアは携帯食を食べている。
 信じられないことに、こいつは朝を抜いてきている。朝はいつもあまり食べないのよってのが本人の弁だが、昼もあまり食べる気はなさそうだった。
 携帯食は味けがない。そのことが不満のようだった。
 かりこりとそれをやるよりは、昨日の苦いのの方が俺にはましに思える。なんたって、作りたての暖かい飯くらいうまいものはない。……いや、苦かったけど。
 せめて手を加えられればと――煮立てて香辛料で味つければ格段にうまくなるんだよ――未練たらしく思いながらなんとか食事を腹に収める。
 長いこと歩いてのども渇いているから、町で汲んできた水を気合いを入れて飲んだ。
 ……苦い。
 それでものどが潤ったので良しとしよう。
「さー、これからどうしようか」
 俺は地図を広げた。進行方向を変えて、日の落ちる前に町に着きたいところだ。ラストーズの町ならまだましな食事にありつけるかもしれない訳だし。
 国境を越えてこっちのが状況が悪いんだから、分の悪い賭かもしれないけど。
『戻りましょう』
 俺の指が町を求めて動くのを後ろから見ていたくせに、断固として言い切ったのはカディだった。
「でも、おかしかっただけでなにもわからなかったろ?」
『もう一度じっくり探ってみましょう』
「……さっきはじっくり探ったとは言えないと思うけどな」
 えん曲な俺の非難を涼しい顔でカディは聞き流した。
『やはり先ほどの辺りが一番違和感がありました』
 もっともらしい顔で言うくらいなら最初から真面目に探っておけと言いたい。
『異論はありませんか?』
 カディは一同を見回した。
「まあ、おまえがそういうならいいんだけどな」
 俺は渋々うなずく。
「今日は野宿かな」
 町はそれなりに遠いようだし、夜中の移動も危険だ。俺はため息を一つ漏らした。
「何かわかればいいんだけどな。わからなかったら一度食料調達が必要だ」
『ソートにとっては特に死活問題ですしね』
 さらりとカディが言う。
「体が資本だぞ。行き倒れたら死ぬしかないんだ」
 修行という名目で、路銀を稼ぎながら旅しているんだ。働けなけりゃお金は稼げないし、食っていけない。
『そんなことになれば後味が悪いですから、ソートが一人立ちできるまでは一緒にいなくてはなりませんねぇ』
「俺は充分一人立ちしてるつもりだけど」
『気のせいですよ』
「……おまえ俺のことが嫌いなのかもしかして」
『精霊は嫌いな人間に力は貸しませんよ』
 カディの言葉に気が抜ける。そりゃあそうだけど、それならもうちょっと優しい言葉をかけてくれたっていいと思うんだけど。
『あいじょーの裏返しなのだわよカディの言うのは』
「気のせいか、だんっだん毒舌になってるよな」
『それだけソートに気を許したってことだわね!』
『私は元からこうですよ』
 ひょいと俺たちの間に割り込んだスィエンが何となくフォローに回るのに、カディは納得がいかないような顔をして訴える。
「まあ、おまえが実は性格悪いのはよくわかった」
『なんでですか!』
 声を張り上げるカディにひらひら手を振りながら、俺はまだ食事中のレシアを見た。
「ってことで、おまえが食べ終わったらさっきのとこに戻るけど、ついてくるか? 間違いなく今日は野宿だろうけど」
 野宿が嫌いそうだからそう聞いてみたというのにレシアはとんでもないと言うように目を見開いた。
 かりかりごくんと口の中のものを飲み込んで、不満げな顔をする。
「私をのたれ死にさせる気? 言っておくけど、こんなところで一人放り出された日にはまず間違いなくのたれ死ねるわよ」
「……あぁ、そっか」
「何納得してるのよっ」
「その方向音痴は死活問題じゃないか?」
「普段は寄り合い馬車を使ってるから平気よ」
 偉そうに胸を張る。
「金かかるもの使うよなー。おまえもしかして、金持ちなのか?」
 なんとなく高飛車なところも――お嬢様育ちだとしたら納得できる。
 レシアは眉間にしわを寄せて、俺を睨んだ。
「単刀直入に聞くわよねぇ……金持ちかどうかはともかく、結構由緒正しいわよ。聞く?」
「いや、別に聞いても面白くないし」
 探るような目線を俺に向けていたレシアは、返答を聞いてにやっと笑った。
「そーゆーのには興味なさそうよね、ソートは」
「実際興味ないしな」
 だいたい、故郷のフラストの名家ならまだわかるだろうけど、他国の事情なんてわかりようもない。聞くだけ聞いて「どういう家だよ」なんて聞いたら、怒られかねないじゃないか。
「ま、生まれなんて関係ないわよ。問題は本人の資質でしょ」
 冷たく突き放すようにレシア。
 何か事情でもあるのかもしれない。方向音痴なのによさげな家から出されたなんて、よっぽどのことがあったんだろう。
 ラストーズは魔法国家だから、名門中の名門の魔法使いの家に生まれて、その中で何か苦労でもしたのかもしれない。才能はあるようだから、そのことでの苦労じゃないだろう――突き放した言い方には、なんとなく家柄なんて関係ないでしょといった思いが見え隠れしている気がした。性に合わなかったのかもしれない。
「世の中には家柄だけを頼りに生きてるような輩もいるけどな」
 レシアが驚いたような顔で俺を見る。
「知り合いにいるの?」
「そういう輩を知り合いとは呼びたくないな。向こうもそう思いたくないようだし」
「ソート……」
 レシアは真顔になって俺の名を呼んだ。喋らずそういう顔をしていれば、やけにかわいらしい。
 言いにくそうに彼女は深呼吸をした。
「――精霊使いは……希有な才能よ。魔法使いは頑張ればなれる可能性があるけど、精霊使いには天賦の才が必要だわ」
「らしいな」
 精霊が見える俺にはいまいちわかりにくいけれど、ふつうは精霊を見ることができない。
 精霊は気に入った人間の前にしか姿を現さないから、努力して精霊が見えるようになれるとは思わない方がいいのだと言う。
 人間にも好き嫌いがある、精霊にも同じように基準はわからないけど好き嫌いがあるのだろう。特に気に入った人間に姿を現しその力を貸し、そうされる人間が精霊使いと呼ばれる。
 どうしてそんな話題になるのかわからなくて、俺は首を傾げる。
『そんなに大それたものじゃないと思いますけど』
 カディがさっくりと言い放つ。俺に対する嫌みなのか、たんに精霊が気に入る気に入らないはものすごく些細な問題なのか、あまりにあっさりとした口調だった。
 レシアは不満そうにカディがいそうな辺りを睨んで――微妙に視線がずれていたから成功していないけど――、俺に目線を戻した。
「精霊使いの希有な能力は各国で珍重されている。修行中とはいえ、精霊使いがふらふらしているのは珍しいわ――その貴重な才を、各国は求めているから」
「んー」
 どう答えていいもんだか、悩んで曖昧にうなる。
「貴方がふらふらやってきたおかげで、水の乙女にも会えたし、マーロウの町も助かった。でもこんなところでふらふらしてていいの?」
「は?」
「精霊使いは大抵がどこかの国家に所属している。そうでない者なんて皆無よ。こんなところでふらふらとして日々の食に困るより、国に戻った方がよっぽどおいしいもの食べれるんじゃない?」
『なかなか痛いところをついてきますね』
「……おまえら、俺のことをただの食マニアだと思ってないか?」
『食マニアと呼んだら世の中の美食家に失礼ですよ。食欲魔人が正しいかと』
 真面目に言い返してくるカディを俺は手で追い払った。
「いきなり何の話なんだ。俺が食べるのが好きだからってそのためにどこかの国に雇われる必要もないだろ?」
「まあ、それはそうなんだけど」
 レシアはこくりとうなずいた。
「家柄だけを頼りにしているようなのは嫌だって言ったからね、雇われた国で代々仕えているような精霊使いに何か言われたのかなと思って、だから旅してるのかなーと」
 どうやら、何か心配でもしてくれたらしい。
「いや、単に師匠に男ならどーんと旅に出て世間を見てこいって追い出されただけだよ」
「そうなんだ?」
「ついでに言うと、ああいうお堅いところは俺には合わないから、雇われるつもりもないな」
「もったいない」
 気が抜けたような顔でレシアは呟いた。
「もったいないって言われてもなー」
「もったいないわよ。あー、まあいいわ。ソートみたいにがさつっぽい人間に宮仕えは向いてないわよね」
 いつもの調子を取り戻して、レシアはあーあと漏らした。
「失礼なことを言うな、おまえ……」
「大体事実でしょ。料理見たらがっつきそうな勢いがあるんだから」
 実際がっついてるわけじゃないのにそう見えるのよねぇとフォローなんだか馬鹿にしているんだかわからないことを言うレシアに、文句を言う気もなくなって俺は口をつぐんだ。
『状況に合わせるくらいのこと、ソートでもやりますよ』
 カディがやっぱりフォローになりきれないことを言うので、ため息と共に沈黙はやめたけど。
「愛情の裏返しにしちゃあ、心にずしっとくる一言をいってくれるぞ、カディは」
『そうだわ?』
 それでもカディとレシアに声をかけるのも悔しくてスィエンに話を振ったらあっさりスルーされる。
「……俺一人で町に行こうかな……」
『何考えてるんですかソート! この精霊の一大事に精霊のもっとも親しい友、精霊使いが動かなくてどうするんですかっ』
「俺がおまえの友情を疑うのは、そんなにおかしい事じゃないと思うんだけど」
『何でですか?』
 本気で不思議そうにカディが聞く。
「わからないならいい」
『本気で町に行く気じゃないですよね?』
 俺の言い方に突き放すようなものを感じたんだろう、カディが不安そうに聞いた。
「おまえが調べるって言うのなら、戻るって事でかまわないよ」
『よかった。じゃあさくさくっと戻って調べましょう。時間は無限ではないし、食料は無尽蔵にあるわけでないですから』
「だな。レシアが食べ終わったら行こう」
「え」
「え、ってなんだよレシア」
 レシアは半分くらい残った食料を、困ったような顔で見下ろした。
「もう食べれないわよ?」
「え」
 乾燥した固形の食料は、一本で約一食分だ。人により差があるとしても、朝飯抜きなのに半分で満足するなんてあり得なくないか?
「栄養不足は美容の大敵だぞ?」
「……ソートの口から美容なんて言葉が出るなんて思わなかったわ」
「とにかく食え。何かあったときにおなかが減って力が出ないなんて言われたら足手まといだ」
「無理よ、私小食なんだから。それにこれあんまりおいしくないし」
「もったいないだろ? おいしくないって言うけど水で戻して煮立てたら意外といけるんだぞ」
「だったらそれしてみてよ」
 挑みかかるようにレシアが言うので、俺は水袋を取り出した。
「いいけど、苦い水で作ったら味は保証できないな。食べやすくなるかならないか微妙だけど、やるか?」
「さっき言ったことと違うじゃない!」
「今は苦い水しかないんだからしょうがないだろが。さあどうする?」
 ふっふっふと、笑ってみせる俺にレシアは不満そうな顔をする。
「どうするってあまり食欲もないからいいわよ」
『苦いってどういうことだわ?』
 どうでもよさそうに言うレシアの言葉尻にスィエンの声が重なった。
「そういや、言ってなかったっけ。地の精霊がおかしい影響なのか、なんか水やら野菜やらがにがーくなってるんだよ」
 スィエンが顔をしかめて、俺の持っている水袋に近付いた。
『どーしてそーゆーことを早く言わないのだわ?』
 非難するように言って、彼女は袋に手をさしのべた。実体がないから、水袋を突き抜ける感じでその手を振る。
『水のことならラブリースィエンちゃんにおまかせと言ったはずだわよ』
「――って、いうと」
 慌てて俺は中の水を飲んだ。
 それは、先ほどの苦みなど何もなく優しくのどを潤す。
「う………」
 特に大それた力を感じた訳じゃないのに、すっかり普通の水になっている。
 つまりこれは、あれか。
 気にせず最初からスィエンに頼めばよかったってそういうこと……か……?
「レシア、もう食べないなら俺にそれくれ。俺が食う。煮て食う」
「苦くなくなったの?」
「ああ、だからくれ」
「ちょっと待ってよ、そしたら私だってもうちょっとは食べたいわよ」
「小食だっていう話はどうなったんだよ」
 小さな鍋を取り出して、水を満たす。それにレシアから奪った食料を入れる。
「だって乾燥してるし食べられたものじゃなかったじゃない。ましになるなら食べたいわよっ」
「わがままだよなぁ」
 適当に小枝を拾って、石を組んで即席のかまどを作って俺はため息をついた。
「じゃあ悪いけど、ここに火をつけてくれ」
「それくらい自分でやりなさいよ」
「火の精霊は残念ながらお留守だな」
「あー、そっか、なんかおかしいのよね」
 納得したようにうなずいて、レシアは呪文を唱えて小さい火を生み出す。
「自分の魔力で思いのままに何かを成し遂げる魔法使いの方が、他から力を借りまくりの精霊使いよりよっぽど偉いと俺は思うけどな」
 俺が言うとレシアは驚いたようにこっちを見た。
「そうかしら」
「精霊に協力してもらえなくなった精霊使いは何の役にも立たないぜ?」
「精霊主が三人も力を貸していてくれてるじゃない。充分すぎるわよ」
「いや、でも火が出なかったら料理は難しいな」
「――食べることには必死よね」
『火なんかでなくても生きていけるだわよ! 水ならスィエンがいくらでも出してあげるのだわ』
「いや、それはありがたいけど何か違う……」
 スィエンが何故か必死に言ってくるのを手でひらひら追い払って、ぐつぐつ鍋を煮立てる。
 頃合いになったら味を付けて、鍋を火から下ろしてから味見をした。
「うし――」
 じっとりとこっちを見るレシアの視線を感じて俺はその鍋をそのまま彼女に差し出した。
「いいの?」
「人の割り当てまで食いきるほどがっついてねーよ」
『さっきと言うことが違いますね』
「うるさいぞカディ。熱いから気をつけろよ」
 ああ、スィエンに遠慮してなけりゃもうちょっとましなもん食べれたっつーのに。
 いい匂いの漂う鍋から離れて、のびをする。
「何かわかればいいな」
『そうですねぇ』
 気を紛らわせるためにカディに声をかけると、彼はうなずいた。
「でもこれで戻って何か気付いたら、ここまでやってきたのが無駄足って事になるから微妙だよな」
 カディが黙って視線をそらしたって事は、自分が悪いって自覚しているんだろう。
 その結果に満足しながら、俺はレシアの食事が終わるのを待った。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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