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精霊使いと国境越え

「カディ!」
 何かあったときに、一番頼りになるのは彼だった。反射的に叫んだ俺にうなずいて、カディは俺たちと精霊の間に風の防御幕を張った。
 そして、振り返る。その顔はとても真剣で、かつ苦渋に満ちたものだった。
『逃げますよ――長くは持ちません』
 そう告げるのはプライドにさわるのかもしれない。
「何で……」
 俺は問い返しかけて、すぐに気付いた。カディの防御幕を押しのけてこちらにやって来ようとする精霊の姿に。
「どこに?」
 質問を切り替える。カディは軽く肩をすくめた。
『とりあえず、彼らを振りきるまで、どこかに』
「了解」
「って、いいの? あれが原因なのに」
 男を指さしてレシアが言うけど俺はかまわず回れ右をした。
「多勢に無勢だろ。体勢整えた方がいい」
「んもうっ」
 レシアは仕方なさそうに俺の後ろについた。少しずつスピードを上げて、走り出す。
「スィエン、チーク、なんか足止め頼む」
『あーい、スィエンちゃんにお任せあれだわよー』
 場違いに明るい声でスィエンは言うが、チークの声は聞こえない。力を貸してくれないなら当然返答はないだろうし、貸してくれるのならうなずいただけで声を出してないだろう。
 悠長にその辺りを確認している暇はない。
 そんな風に思っている間に、スィエンの力がカディの防御幕に重なった。
 精霊は飽きることなくこっちに向かってきてる。男の歌声に従うように。
「なんなんだあの男は」
 ちらりと振り返ると、歌いながら俺たちを追ってきている。ずいぶんご苦労なことだ。スピードが速くないのは歌っているからだろう。
「歌声で精霊を操るなんて聞いたことないぞ」
 少しずつ引き離しているけど、精霊たちの攻撃はスピードを増し、逆に防御幕は弱っている。本来精霊は相争うものじゃない。ついでに攻撃に転じることはカディはよく思っていないようだった。
 ……同感だ。同族に牙をむけるなんて本来の精霊のあり方じゃない。
 じり貧になるのは目に見えている。
 男を完全に引き離すまでにこっちも疲労でダウンしそうだし、適当なところで転進して反抗したいのは山々だけど。
 カディ達が同族と争うことを望んでない以上、俺にできることは多くない。男に剣を持って斬りかかるにしろ、その前に必ず精霊達がその前を阻むだろう。そうなると、やっぱりどうしようもない。
 俺にとっても精霊と争うことは本意ではないんだから。
 答えの出そうにない問題に頭を悩ませながら走っていると、俺を悩ませる最大の原因である男の声が不意に変わった。
 優しく諭すような歌声がふと途切れ、代わりに聞こえてきたのは悲鳴だった。
「うわああぁ?」
 ずいぶん間の抜けた声を最後に歌が止まる。気になってちらりと振り返ると、男の手らしきものが一瞬見えて、すぐ消えた。
「えーっと」
 俺は呟いてどういうことか考えようとした。
 答えは見えていたけど。
「……落とし穴?」
 チークに向けて問いかけると、彼は重々しい顔でうなずく。
「一瞬でずいぶん深い穴を……」
 それは地の精霊主だから簡単に成しえたのだろう。それにしてもずいぶん乱暴な手段だった。
『ま――まぁ、今のうちに離れましょう』
 カディも呆れたような顔をしながら、それでもそう提案した。
 精霊達は変わらずこっちに襲いかかってきている。
『あの声がなければ、こちらに向かってこないでしょう』
 真偽のほどはわからないけど、そのカディの言葉をひとまず信用するしかない。
 男が復活しないうちにと心持ち足を早める。
 ――カディが言ったように、それからしばらくして精霊達は動きを止め、なおかつ姿さえ消し。さらにもう少し距離を置いて、俺達は立ち止まった。
 朝から歩き通しの上、結構な間走っていた。
 しりもちをつくような勢いで、べたんと床に座り込む。
「はー、なんなんだよあれは」
 大きく息を吐きながら、顔を手で仰ぐ。
 同じように座り込んだレシアは「さあね」と気の乗らない返事をしてきた。
『何なんでしょうね』
 カディは不満げな表情で、もと来た方を睨みながら言う。
『ろくでもないヤツだってのは間違いなさそーだわねー』
 ふわんとカディの後ろに浮かび上がったスィエンが軽い調子で言うと、カディは彼女を振り返った。
『言わずもがなですね――さて、どうしましょう』
「どうしましょうって言われてもな……なあカディ、さっき言ってたのは何だったんだ?」
『さっき?』
「あの歌の歌詞とやらだよ」
『あぁ』
 俺の問いかけに、カディは納得したようにうなずく。
「なんだか、いいもんじゃなかったみたいだったけど」
 カディはいいとして、スィエンやチークはあの歌に影響を受けかけていた。ついでに、カディがさっき言ったその歌の内容も、あまりよろしいものではなかった気がする。
 従え、と。
 本当にそう言ったのなら、それはとんでもないことだ。
 カディは俺の言葉にうなずくと、目を細めた。
『あり得ないモノでしたね』
 冷たく吐き出す。
「俺もそう思うけど」
 なんとなくカディから距離を置きながら俺はうなずいた。
 精霊使いは一見精霊に命令しているように見えるけれど、それは正確には違う。
 精霊には「必ず精霊使いの言葉を実行する」義務はない。気に入らなかったら耳を貸さなければいいし、さらには姿を隠すことだって出来る。
 だから、精霊使いによっては偏った精霊の力しか借りることが出来ない。
 精霊にきっぱりと命令する、なんて嫌われたいと思っているとしか考えられない。
「でも、あの男の言葉に精霊たちは従っていたし……」
『だから、あり得ないと言ったんですよ』
 考えをまとめるためにぼそぼそ言ったのに、しっかり聞いていたらしい。
 風の精霊だから、自然と耳に入るものなのだろうか。
『あれは言葉を使いこなしていた』
「ん?」
 まるで独り言のようにカディは呟く。
「言葉?」
 引っかかりのある言い方だったから、思わず聞くと彼は苦い顔をしてため息を盛らした。
『詳しく説明すると長いので、簡単に』
 そう前置きをして。
『ソートが歌ったものや、あの男が歌ったもの。あの言葉は――わかりやすく言えば神の世界の言葉なんです』
「……はぁ」
 神の世界の言葉だなんていきなり言われてもぴんとこない。
 何となく呟いて、考える。
 知らない言葉だし、カディが言うのならそれが事実なのかなあと。
『ですから、その言葉はほとんど人には知られなかった。数少ない例外がソートが歌ったような歌の語りで残り、それが変遷したものが魔法の呪文の原型になったわけですが。その元の形を、そのまま知る人間は存在しようがないんです』
 そう言ってカディはこっちをじっと見る。わかりますか、と問いたげな目で。
「言葉を使いこなしていたって言ったよな?」
『えぇ』
「つまりその存在しないはずの人間がいたって事か?」
 カディはうなずいた。
『ですね――気にくわない人間の言葉であっても、神の世界の言葉には逆らいがたい』
 その言葉は重々しく響いて、俺は思わず息をのんだ。
「何でそんなものを使えるのよ」
 レシアが唇をとがらせた。
『それがわかれば苦労はしませんよ』
 不満げにカディは呟いて、目をそらした。男を残してきた方向へ。
『でも――いましたよね、馬鹿なことを言った人が』
「え、俺は何も言ってないぞ?」
『何か後ろめたいことでもあるんですか、ソート』
 カディは苦笑した。それから違いますよと前置きして続ける。
『昨日言ったでしょう? マーロウのあの男は、神の力を借りたと言っていた、と』
「おお」
 そういやそんなことを言っていた。
 さっきの奴も同じように「神の力を借りた」のなら、神の世界の言葉を操ることも納得できる。
「って、それってどうすりゃいいんだよ!」
『私に聞かれても困りますね?』

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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