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精霊使いと国境越え

4.思いを名付けるなら

 世界はあまたの神々が創り上げた。
 昔々はるか昔、壊れてしまった始まりの世界の残骸を礎に。
 その形を整え、名付け、慈しんで――そしてその場所を神は人へと明け渡した。
 神の世界の言葉は、つまりは始まりの世界の言葉のことだ。その言葉をこの世界の人間は知らない。
「困りますね? じゃないだろーが……」
『事実ですし』 
 神の世界に近しいのは、神に直接創られ、その言葉を直接耳にしたことのある神に親しい存在くらいだろう。
 精霊――ましてや、精霊主ならその言葉をはっきり知っているのは当然だと思う。
 でも、人間は知らない。
 知りようもない。
 だからあの男の言葉がなんなのか想像も付かない。カディが言ってくれなかったら、単に精霊が好きな歌に似ているとしか思わなかっただろう。
「精霊に害をなそうとする神って言うと――破壊神とかか……」
『それはあり得ないですけど』
「なんでだ?」
 俺の言葉に間髪入れずカディがいうもんだから、反射的に問い返す。
 だって、神の力を借りたなんて。
『――あの方が本気で世界を破壊するつもりがあるのなら、人間なんかの手を借りずに、自分一人でやると思いますよ?』
 ちょっと迷ったあとに、カディはそう言った。
「なあ、その言い方って――知っている相手について言ってるように聞こえるんだけど」
 カディの言い方に引っかかりを覚えたから、俺は迷いながら問いかける。カディは曖昧な笑みを浮かべた。
『当たり前だわよ?』
 カディが口を開こうとした瞬間に、会話に割り込んできたのはスィエンだった。
『スィエン』
 とがめるように呟いたのはチーク。だけどスィエンは同僚の声なんか耳に入らなかったらしい。
『破壊神も、世界を創りあげた神の一人なのだわから。世界を滅ぼそうなんて考えていないだわよ――たぶん』
「そんな自信なさそうに付け加えられても」
 どう突っ込んだらいいのかわからなくて、俺はとりあえず呟いた。
「気が変わったから、密かに行動を始めたとか」
『ないないだわ』
 スィエンはふるふる首を振った。
「どうして?」
 レシアが不思議そうに問いかける。俺も彼女の言葉に同感だったので、スィエンに視線を向けた。
『えーっと』
 スィエンは視線を宙にさまよわせて、どう言おうか迷ったようだった。迷った末に、カディを頼るように振り返る。
 カディはため息で彼女の無言の訴えに応じた。
『破壊神にも逆らえない相手がいるんですよ。その方がよしと言わない限り、世界に害をなす行為はされないかと』
「そんな相手がいるのっ?」
 レシアが驚いたように声を上げた。
『えぇ――』
 カディはゆっくりとうなずく。
『その方は断じてよしとはおっしゃらないでしょう。したがって、ありえません。神があんな輩に力を貸す事なんて、断じて』
 力強くカディは言い切った。
「それを疑う訳じゃないけど、事実神の力を借りて神の世界の言葉を操るヤツがいるんだろ?」
『それが本当に神だとは限らないだわよ』
『神に対抗する存在もいますから』
「それって」
 スィエンの言葉にカディがやんわりと注釈を入れた。その言葉にレシアが眉根を寄せた。
「魔族……?」
 続けた言葉は密やかで、そのくせはっきりと響く。
『あり得ない話ではありませんね』
 あっさりとカディはうなずいた。
『でも、そんなことは関係ないでしょう』
「っつーと?」
『原因を探っても、すぐわかるものじゃあない以上、何故なのかではなくどうするか考えた方が前向きでしょう?』
「それもそーだな」
 もっともなことなので俺はカディに同意して、それからあの男のことを考える。
「チークの落とし穴からどれくらいで出て、どれくらいで追いついてくるかって話だな」
『追ってくるかどうかもわかりませんが』
『追ってこなかったからといって、放っておけるわけがないだわ』
 わざわざスィエンが口を挟むくらいだ、事態がより深刻な気がしてくる。
「多勢に無勢ってソートが言ってたのは、精霊がみんな敵だっていう事よね?」
「ここにいる三人を除いて、だけどな」
「分が悪いわねぇ」
 レシアは苦い顔になって、宙を睨む。
「分が悪いって言うか――精霊同士相争うのは、好かないんだよなぁ」
「そうなの?」
「あぁ」
 俺はうなずいてみせた。
「まー、敵対する自体あんまりいいことじゃないしね」
「……それをおまえにいわれるとなんだかすごく違和感があるのは俺だけか?」
 初めてあった直後くらいに、誤解で襲いかかってきた人間のいうことじゃないんじゃないだろうか?
 俺の問いかけに「なんでよ?」とレシアは納得行かない顔になったが、それを深く掘り下げる気はないらしい。
「でも、戦わないでどうにかなるくらい甘くはないんじゃない? 精霊が敵に回るならよ――私の魔法もあるし、ソートは剣使えるでしょ? それでどうにかしなきゃね」
「そりゃそうなんだが」
 それで対抗できないことはないだろう。精霊使いは相争わないことを原則にしている。より精霊を味方に付ければ勝ち、みたいな――その原則をまっとうに適用するならば、今回は俺の負けなのだった。
 負ければ潔く去るべきだろう。本来ならここは去るべきタイミングだ。
 食い下がり勝ちを狙っても、「精霊にどちらがより好かれるか」はそう易々と変わらないのだから。精霊はそう簡単に移ろわない。
「渋るわね」
 腕を組んで、レシアは不満そうな顔だ。
 それでも俺は渋らざるを得ない。旅にでるまで、精霊達は間違いなく俺の味方であり続けた。生まれ育った家の周り、すべての精霊は俺や師匠に好意を持ち、優しく見守ってくれていた。
 師匠が年に一度か二度くらい行っていたフラストの国の王宮の精霊達も俺に敵対するものじゃなかった。やっぱり好意を持って接してくれた――ただ、彼らは王宮に仕える精霊使いたちをより気に入っていたようだけど。
 それは普段近くにいる精霊使いにより親しみを覚えるからだとわかる。
 地水風火、それぞれの性質で相性の問題はあるからそれを覆すことが全く不可能な訳じゃない。
 だから、さっきのは初めての体験だった。ほとんどの精霊がこっちに襲いかかってくるなんて。
 精霊使いの意を受けて、そういう状況に陥ることはあるけれどそんなときもある程度の精霊はこっちを守ってくれたのに。
 ――今回はカディ達がいたんだけど。
 彼らがいなければ、どうなっていたか想像ができない。
 ぞくりとする何かを感じる。この思いを名付けるのだとしたら、それは恐怖というんだろう。
 カディ達がいなければ――孤立無援の状況で、気でも違えていたかもしれない。精霊は今まで俺のすぐそばに変わらずいてくれた存在だから。
「ソート? どうしたの?」
『まさかもうおなか空いたなんていいませんよね?』
 俺は大きくため息をついた。
「腹減るとろくなこと考えないよな」
 否定せずにそう答える。
『悠長に食事している暇はありませんよ』 
 カディの言葉に反論できる根拠もない。
 このままあの男の「言葉」の影響が広がり続けて――いつかカディでさえ敵にまわられたら、それはとんでもない事態だ。
 カディもスィエンもチークも、精霊主。世界の精霊を束ねる立場にあるんだから。
「カディ、あいつの影響を受けずにいられる自信はあるのか?」
 カディは俺の問いかけに眉根を寄せた。不満げな顔でずずいっとこっちによって来る。
『誰に向かってものを言ってるんですか』
「風主と自称する変な精霊に」
『ソートっ』
 形のいい眉をカディはつり上げた。
「冗談だよ」
『いいですけどね……置いていくなんて言わないで下さいよ? ソートを一人で放り出すなんて真似、できませんから』
 私はソートのお目付役を自認してるんですからね、とカディは聞き捨てならないことを続けるけど、言葉自体はありがたかったから突っ込まずにうなずくにとどめる。
『スィエンのことも忘れちゃ嫌だわよ?』
 カディに後ろから抱きつくように、スィエンがこっちにいきなり身を乗り出してきた。チークがその後ろでこくこくうなずいているのは、スィエンに同意したわけでなく自分もだというアピールなんだろう。
『スィエン! あなたは……』
 カディが心配そうに抗議の声を上げる。スィエンはカディに鼻先を押しつけるようにずずっと顔を近づけた。
『もちろん嫌とは言わせないだわよ?』
 声に真剣なものが混じる。驚いたように動きを止めていたカディは困ったように何かを言おうとしたが、スィエンの言葉に反論を封じられる。
『私たち以外あてにできないのだわから、ついていくのが道理だわよ。味方は多ければ多いほどいいのだわから』
『仕方ありませんねえ』
 しぶしぶカディはうなずく。まだ心配そうな顔をしていたけど、しょうがないと思ったようだった。
『ふっふっふ。役にたつだわよスィエンちゃんは!』
 カディに抱きつくのをやめて、スィエンは俺の周りをくるりと舞った。
「頼りにするよ」
『まっかせるのだわ!』
「話は決まったところで、実際のところどうするの?」
「精霊達の反撃をさばいてあの男を倒すなんて、できないよーな気はするな」
 精霊主三人もいるんだ、やられっぱなしってことはないだろうけど、こっちが相手に――精霊に手を出し難い上、向こうの数が多いから不利であることには変わりない。
『そーだわねえ、一つスィエンに考えがあるだわ』
「え」
 俺とレシアは同時に声を上げて、にっひっひと楽しそうに笑うスィエンを見上げた。なんとなくカディに視線を移す――その彼にスィエンは近づいて何かを耳打ちしたようだった。
 カディもスィエンの考えとやらに不思議そうな顔をしていたけれど、その言葉を聞いてこくりとうなずいた。
『どっちに転んでも、今より悪くなるわけはないですね』

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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