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精霊使いと国境越え

「どうするの?」
 レシアは興味津々でカディとスィエンを見つめた。
 スィエンの考えとやらにカディがあっさりとうなずくなんて俺も思わなかったから、同じような顔で俺も二人を見る。
 スィエンの顔は実年齢を想像させない本当に楽しそうなもので、それだけを見たら絶望的だと俺には思えるこの状況を忘れそうだった。
『同じものをぶつけたらいいだわよ』
「はい?」
 レシアが不思議そうに語尾を上げる。半分裏返った声に、一つ咳払い。
「同じものって、どういうこと?」
『向こうが神の世界の言葉で精霊を縛るのなら、こっちも同じものを使えばいいのだわね。簡単な話だわよ』
「精霊に悪意を持って命じるのは精霊使いじゃないって、おまえがさっき言ったことだろ?」
 男に命じられて、精霊達が俺達に襲いかかってきたとき確かにカディはそういった。その彼がスィエンの今の考えにうなずいたとは思えなくて、俺は咎めるように声を上げた。
『ソートが悪意を持って命じるなんてあり得ないですよね?』
「もちろんだ」
『ならば問題ないでしょう?』
 カディは当たり前のように言ったので、一瞬反応が遅れた。一度目を瞬きして、じっと彼を見つめる。
「ちょ、ちょっと待て」
『そんなに悠長にしている場合じゃないですよ』
「ちょっとまて、待てよカディ。いいか? いいよな?」
『はあ?』
 カディの方に手を突き出して、どうどうと押さえる仕草をしながら俺は必死になって考えた。
 上から横から斜めから、いろんな角度から考えを巡らせて、それから出した声はさっきのレシアじゃないけど半分裏返った変に高い声になる。
「それって、俺に何か期待してるのかっ?」
『慌てるとみっともないですよソート』
 普段通り落ち着いた動作で、カディはいつも通りのしれった声で言う。
『風主と水主と地主を味方に付けた、将来有望な精霊使いなら、もうちょっと落ち着いて欲しいですね』
「いや、そういう問題じゃなく!」
 言いたいことはたくさんあったけど、どれから言っていいのかわからない。
「とりあえず有望っていうのは違うと思う」
『なにいってるんですか』
 カディは心底呆れた顔をした。
『謙遜は過ぎると嫌みですよ』
 それを嫌みが得意なカディにだけはいわれたくないけど、反論しても話は進まない。
「だいたい、同じものをっつっても、俺は神の世界の言葉なんてわからないし」
『基本は知っているでしょう――歌を』
「それが効果無かったことは記憶に新しいよな?」
 カディは思いの外あっさりとうなずいた。
「だったら、もっと他に」
『ならばもっと効果のあるものを歌えばいい』
 俺の反論を封じる力強さでカディは言い切った。
「効果のあるもの?」
 俺の歌は、師匠が教えてくれたものだった。その理由は何だったろうか――。
 小さいときはよく歌ったものだ。精霊達は歌声にあわせて舞い踊って、それが楽しかったのを覚えている。
 それを見た年上の幼なじみがその落ち着いた容貌を驚き変えたこともある。
 精霊使いではないけれど、精霊が見える彼は珍しくうれしそうに目を細めながら精霊たちを見たものだった。
 水は緩やかに舞い、火は激しく踊る。風が優しく吹き抜けて、その底辺を地が支える。
 彼らが楽しそうにしていれば、それ以上に望むことは本来ならば無い。それ以上に効果があるなんて言われてもぴんとこなかった。
 何も考えなかったから、歌を歌えたのは遠い昔の話。
 フラストの王都を住処とする精霊達を一カ所に集めてしまって、師匠にこっぴどくしかられてからは歌うこと自体あまりしなくなった。
 精霊はどこでもいる、わざわざ呼び集める必要なんてどこにもない。それは自然のバランスを崩してしまう行為だから。
『そうです。一属性に呼びかけるモノではない、私たちすべての心に響くものを』
 昔の情景に思いをはせたのは一瞬にも満たない間だったらしい。カディの声がすぐ耳に響いて、俺は現実に意識を戻した。
『基本が出来ているから、すぐ覚えられるでしょう』
 カディは優しくそう言ったが、その割に視線には力がこもっていた。
 『というかとっとと覚えなさい』視線の意味はそんな風にとれる。
「あー」
 俺はその視線を避けるように周りを順繰りに見た。カディから目をそらしレシア、チーク、スィエンを見て、最終的にぺたんと座り込んだ地面を見据える。
『これで彼らが正気に返ってくれるなら、あなたとしても望むところでしょう?』
 嫌がっていると思ったのか、カディはそう続けた。
「それで、うまくいくならやるんだけどさ。精霊の存在が偏って、問題にならないかな」
『あんな男にいいようにあしらわれるよりは、存在が偏った方が遙かにましです』
「――そうか」
『ちゃんと覚えて下さいね?』
 俺がうなずくと、すぐさまカディは言った。
「ああ」
『多少間違っても、問題ないでしょう。大事なのはそれに込める想いですから』
 そう前置きはしたけれど、瞳はそれを裏切っている気がする。口にしたのは俺の緊張をほぐすためだったのかもしれない。
 カディは吸う必要もないだろうに、大きく息を吸う動作をして、歌い始める。
 柔らかい声が耳朶を打つ。優しい調べ。
 スィエンとチークも目を細めた。しばらくして、スィエンもそれに加わった。
 カディの声ときれいにハモる。
 俺は瞳を閉じた。知っている響きだった。



 思い出した。
 師匠が最初に俺に歌って見せたのは、もうずっと昔の話だった。
 いつ頃のことか正確にはよく覚えていない。
 俺はあまり泣かない子供だった。それでもたまには泣くことがあった。
 木登りして、枝から落っこちて、大泣きしたときだったと思う。
 風の精霊がふわりと受け止めてくれたから怪我はなかったけど、怖くてびっくりして泣いた時に、慌てて駆けつけてくれた師匠は珍しく困った顔をして見せたんだった。
 宥めても俺が泣きやまないものだから、歌でも歌おうと思ったのか。
 師匠は困ったまま歌い出したんだ。
 その歌はあまりにもきれいで、そして不思議だった。
 風が、水が、火が、土が。
 師匠の歌声に精霊がたくさん集まってきた。
 住んでいた家の周りには精霊たちがたくさんいたけれど、普段よりもなお多い精霊たち。
 そしてその精霊たちは師匠の歌声にあわせて楽しそうにあわせて踊り出したんだ。
 それにはびっくりした。
 思わず泣きやむと、師匠は顔だけをにっと笑わせて歌を続けた。
 そしてぴたりと歌を終えるたあと、精霊たちを見回して「持ち場に帰りなさい」と呼びかけてから俺の頭をくしゃりとなでた。
「んーまあ、深くは言わないけどあれだ。あんまり泣くな?」
 精霊たちは名残惜しそうに去っていく。
 俺が今のはなんだと尋ねると、「精霊の好きな秘密の歌だよ」と師匠は笑った。
 それから時折耳で覚えたその歌を歌って、精霊たちが踊るのを眺めたりしていて――まあ、それでその後調子に乗ってフラストの王都の精霊を一カ所に集めたりなんかしてしかられたわけだけど。
 「秘密の歌だって言ったろうが」とこっぴどく師匠は俺をしかったけど、数年経ったら今度は別の歌を教えてくれた。
 精霊全体が好きな歌ではない、それぞれの精霊が好きな歌を。
「あまり精霊を呼び出す必要性はないけど、どうしてもって時はあるから。まあこっちの方が影響は少なかろ。それでもあんまり歌っていいもんじゃないけどな」
 そう師匠は言ったし、こっぴどくしかられた記憶もある。さすがにその歌を軽々しく歌う真似なんて――昨日スィエンを呼ぶまでしなかった。
 埋もれかけた記憶が、カディとスィエンの歌声で蘇る。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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