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精霊使いと国境越え

 埋もれかけていた過去の思い出だったのに、蘇ると鮮やかに曲が思い起こされる。
 歌詞なんて今も昔もわからない。まるで呪文のようだと思いながら、それでもよく歌っていたから口に一節を乗せたら次から次へ、意図しなくても歌うことが出来た。
『ほぅ?』
 珍しくチークが驚いたような感心したような声を出す。
 歌うと同時に思い出しそうな師匠の怒りをなんとか思い出さないようにただ精霊たちが楽しんでくれることを考える。
 たくさんの精霊を、その持ち場を放棄させて呼び集めてしまってもかまうもんか。それであの男の支配から彼らを救うことが出来るなら。
 師匠にばれたら、しかられそうだけどな。
 それだけは二度と口にするんじゃないとこっぴどく言われてたけど。言われてたけど。
 言われて……い、いや忘れよう忘れよう。
 歌は一巡りして最初に戻る。それでもカディとスィエンの声は続いて、俺も一緒に歌った。
『……これは』
「どうしたのよチーク」
 静かなチークの声に、声を潜めてレシアが尋ねる声が聞こえた。
『……続けろ』
 チークの言葉は端的で、命令じみて聞こえた。無口な彼にとってはそうじゃなかったのかもしれないけど。
 俺は閉じていた瞳を開いて、彼の方を見る。チークがわざわざ何か言うくらいだ。きっと何かがあると思って。
 ほら、やっぱりだ。――チークの見据える方向に揺らぐ精霊の姿が見える。
 だから、続けろと言ったんだろう。
 ここはあの男が歌った中心地じゃあない。精霊たちに対するあの男の影響も少ないのかもしれない。
 ここよりもあの中心地で歌うのが本来やろうとしたことだろうけど、ここで多少なりと効果があるなら続ける意味もある。
 今までどうしても姿を現してくれなかった精霊たちは、揺らいで揺らいで、少しずつその姿を顕わしはじめている。
 レシアもチークがしゃべったことに違和感を感じたんだろう。
 彼女は魔法使いだ。精霊の姿は見えないまでも、彼らの気配を魔力で感じることは出来る。
 深く問い返すことはせずに、黙り込む。様子は分からないけれど何かあると悟ったんだろう。
 歌い出す前に水くらい飲んでおけば良かった。
 手探りで水を探して、合間合間で少しずつ飲んでみる。もう少し冷たければ爽快感があっただろうに、残念ながら生ぬるい。それでものどの渇きは徐々に癒される。
 スィエンが俺の様子に気付いて、ふわりと近付いてきた。彼女の歌声が一瞬途切れる。
 その一瞬で彼女は俺の持った水袋に手をさしのべた。
 質量が重くなる――水を集めてくれたらしい。
 飲んでみるとついでに冷たくなっていた。
 彼女はえへんとばかりに胸を張って、またふらりと動いた。
 揺らぐ精霊の周りを舞い始める。
 それは宿の部屋で水の精霊の歌を歌ったときに彼女が現れたときのような、どこか幻想的な光景だった。
 彼女の後にカディも続いた。
 チークもそれからややして動き始める。
 何かを感じたのか、レシアがほぅと息を吐いた。
 カディとスィエンとチークと、精霊主三人の舞だけでも充分にきれいだ。
 それ以上に、彼らに引っ張られて完全に姿を現した精霊たちがくるくる踊るのが目に楽しく映る。
 昔よく見た光景そのものだ。
 舞い踊る精霊たちに敵意も拒否もない。純粋に楽しそうに踊っている――それがうれしい。
 声が響く範囲で精霊たちはやってくる。
 でもそれ以上の距離からもやがて彼らは集まってきた。
 ――そういえばどうしてスィエンは歌声が届きようもない遠くから俺の声を聞き分けてやってきたんだろう。
 神の世界の言葉は、気配か何かで伝わるんだろうか?
 何巡りか歌うとさすがに疲れたんで、俺は歌うのをやめた。
 水を思い切りがぶがぶ飲む。
 一息ついて見回すとまだ精霊たちは踊っている。
 消えるかと思ったけど、消えることもなかった。
 すぅっと静かに近付いてきたチークが俺の目の前で動きを止める。
「ん?」
 何かと思ってみると、彼は俺と同じように一帯を見回した。
『……おかしくない』
「は?」
 俺は間の抜けた声を出して、チークを見上げる。
 チークはじいっとこちらを見返すだけで、それ以上の何かを言う気はないようだった。説明しなくても分かれ、と言いたいんだろう。それくらいのことはわかるけど、それ以上の何かはわからない。
 他人の考えを読むことなんてできないから、人は言葉を使うと思うんだけど。
 精霊のある程度の意志なら、精霊使いは読めるけど――それは彼らが言葉を喋らないからだし、それ以前にはっきりとした意志がないから喜怒哀楽がわかることにちょっと毛が生えたくらいの程度なんだ。
 明確な意志を持ち、しかも何を考えているかよくわからないチークが無表情にこっちを見てくれたって、それを理解しようって方が無理だろう。
 俺はその意図を読めそうなカディを目で捜した。
 カディはスィエンと一緒にまだ緩やかに舞い踊っていた。彼らの姿は楽しげで、さっきまでは何を言っても反応してくれなかったなんて――……。
「つまりあれか? もうおかしくないってことか」
 どこかがちょっとずつおかしいとか言うのを、最初に言ったのはチークだった。
 どっしりとして動かない地の精霊より、世界を巡り声を運ぶ風の精霊の方が広範囲で影響されてもおかしくないんじゃないかと思うけど、風の精霊があの男の影響で姿を隠し動かなくなったのならば、地続きな地の精霊の方が影響を受けやすかったのかもしれない。それがさらに水にも影響していたみたいだけど。
 チークが少し首を傾げる。表情はあまり変わらないけど、ちょっと困ったようだった。
「まあたぶん、この辺だけの話だろうけどな。あっちこっちで歌って回れば、直るんじゃないか?」
 今度はこくりと彼はうなずいた。
「よかったな――それはいいんだけどさ、チーク」
『……?』
 視線だけで疑問をよこすチークに俺は大げさにため息をついて見せた。
「もうちょっと喋っていんじゃないか?」
 チークは、不思議そうな顔をした。元が無表情なのに、その顔は嘘のようにきょとんとしてそのことを不思議に思う。
 チークと目線をあわせる。言葉で返事はない。
 でもなんとだくだけど、ようやく彼の言いたいことはわかったような気がした。
「……俺にその意図を理解しろ、と?」
 問いかけにチークはためらいなくうなずく。
 彼が無口でなかったら「もちろん」とでもあっさりいいながらうなずいていただろうと思うくらいに簡単に。
 俺が呆れて息を吐き出すと、彼はどうして俺がそうしたか分からない様子で首を傾げる。
「こー、あれだ、地主だなんて大層な肩書き持ってるんだからもう少し自己主張が強くてもいいと思うぞ?」
 彼はその言葉にスィエンをちらりと見た後、首を横に振った。
 その意は「ああはなりたくない」だろうか?
 彼女ほどチークが自己主張しはじめても怖いので俺は曖昧に笑みを浮かべて、どうすればこの無口な地の精霊から言葉を引き出せるのか考えようとした。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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