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精霊使いと国境越え

 レシアが大きく腕を振りかぶる。
「行け、炎の槍よ!」
 叫び声と共に鋭い炎の槍が彼女の手の先に現れて、腕が振り下ろされると同時に男に向かう。
 男は動かない。
 口をにいっとつり上げてそれだけ。水の幕がその手前に現れて槍を飲み込んでしまった。
「ちっ」
 レシアは女らしくない舌打ち。
 その脇をすり抜けるように躍り出たカディが、拮抗する俺と男の影響範囲のぎりぎりのところで力を放った。
 鋭い風の刃が男へと迫る。笑みを浮かべたままの男の目の前で水の幕が厚みを増し、その刃を飲み込もうとした。
『あっまーい、だわっ』
 スィエンの無駄に明るい声が響いて、刃を飲み込もうとしたその瞬間に水の膜の厚さは減したけど。
『むーっ』
 でもその刃は際どいところまで男に迫りつつも、消しきれなかった水が相殺して同時に消える。
 スィエンは頬を膨らませて、もう一度腕を振るった。
 今度は氷のつぶてが男に迫る。
 カディはわずかなタイムラグのあとに氷のつぶての間に風の力を乗せた。
 鋭く勢いを増したソレは迷うことなく男に向かい――今度は男の身長ほどに盛り上がった土が飲み込んで消し去る。
 直後その土壁が粉砕され、土塊が男に向かったのはチークの力だろう。
 男はそこで初めて顔をしかめて、でもその土塊は男に接触することなく風が吹き飛ばした。
『むっっかつくだーわねー!』
 スィエンは怒りを込めて言い、カディはそれに同意してうなずく。同じようにチークもゆっくり首を縦に振った。
 男はこちらを見るだけだ。口は絶えず何かを呟いているけど、俺達への攻撃にはでない。
 それは優位に立ったものの余裕にも見えた。
 俺を中心とした狭い円形の外側には男の影響下の精霊がこれでもかってくらいにいて、容易くこちら側に割って入ってきそうな勢いだ。それをすぐにしないのは、カディ達に自らの優位を印象づけようとしているとか、そういうことだろう。
 実際それはものすごいプレッシャーだ。精霊が見えないレシアはいい。
 気分が萎えそうなのを保つのに、俺は少し苦労するくらいだ。カディ達の存在や――俺の周りに残ってくれる精霊がなだめるようにしてくれなきゃ、すぐさま逃げ出していると思うくらい。
 精霊だけは俺に純粋な悪意を向けないと思っていたのに、それが覆されたショックってのは俺にとっては大きいモノだから。
「君はたまに傲慢だな、ソート」
 突然聞こえた声に俺は慌てて周囲を見渡した。押さえ込んだような低めの声――カディのものでもなく、もちろん無口なチークのものでもない。
 当然レシアの声でもなかったし、スィエンのものでもなかった。
 普通の精霊は明確な言葉を持たない。
 他にはと言うと、俺達と敵対する男――そちらに視線を向けて俺は即座にそれを否定した。男の声でもなかったし、親しげに俺の名前を呼んでくることなんてあり得ない。
「それがまあ、君の長所ではあるんだろうけど?」
 その声は呆れが混じった吐息と共にそう続けた。
 本来は高い声を無理に低く出した相手の顔を思い出して、俺は慌ててもう一度周囲を見回す。求める声の主の姿は見えない。だいたいこんなところにいるはずもないだろう……奴が。
「君の師匠はたいそう怒っていたな。あの飄々とした人が……珍しいこともある」
 グラウティス・フラスト――愛称グラウト。俺の唯一幼なじみと呼べる彼は、こんなところにいるはずもない。実家の跡を継ぐために日夜努力しているはずなんだから。
「半分は、面白がっていたけれどね」
 声には途中から笑いが混じって、最後は本当に笑い声になった。
 もちろんその姿は何度見渡したところで見えない。その意味することは一つ――幻聴、ってことだ。
 声だけで彼の様子は容易に思い起こすことができた。肩を震わせて、面白がっている。それは何度となく見た姿だから。
「まあ、だからしょげるな?」
 笑い声が不意に止んで、心配そうに転じた声が続く。珍しい口振りだった。そうして――。
『ソート! なにぼーっとしてるんですか』
 そこでカディの声が俺を現実へと引き戻した。
『返答は不要です。歌っていてくれればいいですが……戦闘中に気を抜くなんて命取りですよ』
 俺はカディにうなずきを返した。そんなに長いこと声に気を取られたわけじゃないだろう。
 さすがに何か動きがあったらもっと前に我に返ったと思う。
 誰も動いた気配がなく、お互いにらみ合うような状況――だからといって惚けてていい状況でもないけど。
「しでかしたことは誉められたことじゃなかったけど、私はいいものを見れてうれしかったよ」
 グラウトの声は俺以外の誰にも聞こえないようだった。
 当たり前だろう。彼のことは俺しか知らないし、その言葉は現実に聞こえているわけじゃない。過去あった言葉が俺の中に蘇っただけなんだから。
「精霊達は君に間違いなく好意を抱いてくれている。だからってその好意を過信しすぎてもいけない」
 優しく、諭すように。それは何年も前に間違いなく聞いた言葉。こんな調子の彼の言葉なんて、それ以降全く聞いた記憶がいくらい珍しい。
「あの”歌”は恐ろしい力を持っている。うちの精霊使いは青ざめて言ったよ。それに私も同感だ――もう歌わないようにした方がいい」
 もったいないけどね、と彼は少し残念そうな口振りで続けて、俺は「師匠にもそういわれた」とかなんとか答えたんだった。
 何でこんな事を思い出すのか不思議に思いながら、カディに突っ込まれない程度にその声に耳を傾ける。
 状況は拮抗したまま動かずに、緊張感が徐々に膨らんでいっている。こっちか男か、どちらかが動いたらすぐに爆発しそうな、そんな張りつめた空気。
「そんな顔をするな」
 聞こえるのは幻聴だけ。この歌をかつて歌ったあとで聞いた言葉が俺の耳に届くだけ。
 歌のこととセットにして深く閉じこめていた記憶が、どうやら歌えば歌うほど思い起こされるらしい。
「歌はきれいで、力を持っていたけど。でも――あんな歌なんてなくても、精霊たちは君を好いているだろう?」
 歌え、と言うカディの言葉に反してグラウトの声は歌うなと主張する。彼の立場と、あの時の状況を考えれば、彼の主張も間違っていない。
 その時はこくりとうなずいたのを覚えている。幼かった俺にとってすべてのことを理解は出来なかったけど。国中から精霊たちを呼び集めて、その本来の仕事から離れさせてそれで起こった混乱は理解しきれないまでも大変なことをしたと後悔するには充分だった。
 それと比べたら今は大義名分がある。男は精霊を歪めようとしていて、それに対抗するにはこの歌が確かに有効だと思うから。
 この歌よりも影響が少ない歌は通じなかった。他に残されたのはこの歌だけで、精霊主でさえそう判断したんだから。
「ソート、君はこの国のどの精霊使いよりも精霊に好かれているように私には見える。彼らが君の歌に強く惹かれたのは、きっとそのせいだよ」
 グラウトの言葉は、彼にしては珍しいくらいのストレートな誉め言葉。
 動揺して口ずさむ歌が一瞬止まって、カディがこっちを振り返る。
 喉が乾いた振りをして、水袋を持ち上げてごまかして。
 グラウトの言葉の続きを思い出す。
「だから自分の言葉で語ればいい。そうして同じ騒ぎが起きたら――君の師匠だって叱るにしかれないだろう?」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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