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精霊使いと魔法国家

1章 ソートと妙なお兄さん

1.レシアの依頼

「遅かったわね」
 『お金がないのに』と、カディに渋い顔をされながら騒いで寝たのはもう日付を越えたあとだっただろう。
 借りた部屋から降りて食事に向かった先にはもう既にレシアがいた。
「おぅ、おはよー」
 声をかけると彼女は呆れた顔をしてため息を漏らした。
「もう昼よ、寝過ぎじゃない?」
「あんな時間に寝てもう起きてるお前の方がおかしいよ」
「あんたがはしゃぎすぎてたのよ。私はおとなしくしてましたから?」
 あくびをかみ殺しつつ彼女の前に腰掛けと、にやりと口の端を歪めてレシアはからかうように言った。
「てか、あんたの食欲についていくのは私には無理」
『それが賢明と思います』
 カディは俺達の横までやってきてしれっと呟いた。
「失礼だよな……」
 二人に付き合うのは諦めて、メニューに視線を落とす。
 男の脅威が去ったあとの変化は劇的で、この間のことが嘘のようにすべての料理がうまいんだ。
「シチューとサラダ、あとは……」
『それくらいになさい。もうお金ありませんよ』
 豪快な書きっぷりのメニューに視線を落として注文する俺に鋭くカディが水を差す。
「うえー」
『ちゃんとわかっていますか?』
「……うー」
 うなって、財布の中身に思いを寄せる。
 あまり良くないその中身を思い出して、肺からすべての空気を押し出す勢いで嘆息が漏れた。
 ちくしょう。
 諦めてメニューを放り出す。
「切迫してるわね〜」
 人事だから気楽にレシアは言う。頬杖をついて楽しそうに笑いながら。
 ――くそう。
 食べたくても、確かにお金を使い果たすわけにはいかない。
「うるさいなぁ」
「朝ご飯くらいなら、おごるわよ?」
「え?」
 聞こえた言葉を信じ切れずに、俺はレシアを見返した。
「朝ご飯くらいならおごってもいいわよっていったの」
「マジで?」
「ええ」
『うまい話には裏があるって言いますよ』
「……聞こえてるわよ?」
 さらっと失礼なことを言うカディがいると思ったんであろう方向をレシアはちらりと睨んだ。
「なんでまたそんな」
「いい経験をさせてもらったしね。その体験料って事でいいわよ」
「いいのか?」
「いいわよ。どれくらい食べる?」
「え、食えるだけ食うけど」
「アバウトすぎ……」
 ぶつぶつ言いながらレシアは手を上げて本当に適当に注文を追加する。
 本気でおごってくれる心づもりらしい。
「……マジでいいのか?」
「しつっこいわねぇ。私は意外とお金持ってるのよ」
 レシアは胸を張って俺を見た。そしてふっと表情を緩める。
「あとはまぁ、餞別代わりかな」
「餞別?」
 問い直して、すぐに気付いた。
「あー。ハーディスの方に向かうんだったっけ」
「そうよ。ハーディス抜けてバディオ通って、フラストの方にね」
「おー。フラスト!」
「どうしたのよ」
「俺の故郷だ」
「へぇ……いいところ?」
「もちろん」
 少し身を乗り出して、レシアは興味津々といった様子で聞いてくる。俺は迷いなくうなずいてみせた。
「そう、じゃあ楽しみね――」
 レシアは笑って、視線をやってきた宿の親父に向けた。
「今度は素直に乗合馬車で移動するわ」
「……あの道で迷えるくらいなら、その方が賢明だな」
 皮肉な口調のレシアに、あっさりと親父は応じる。皮肉をさらっと受け流されてレシアはむっと顔をしかめた。
 でも、さらに皮肉を続ける気はないらしく親父がでんでんと置いた皿のほとんどを俺の前に押し出してきた。
「失礼な話よね」
 肯定するわけにもいかず、俺は曖昧に笑ってみせる。
 その笑みは幸いにも引きつったりはしなかったらしく、レシアは特に突っ込みもせずに「まあ食べてよ」と笑った。
「ほんとーにいいのか?」
「私はそんなに食べられないわよ」
「じゃあありがたく」
 手を合わせて、短く祈る。
 そうして食べ始めた俺を、レシアはじいっと見ている。あまりにもその視線が動かないので、俺は手を止めた。
「なんだよ?」
「いい食べっぷりだと思ってね」
「そうか?」
「意外とマナーに忠実よね」
「そーか?」
 まあ、たくさん食べるのはいいけどマナーくらいはちゃんとしろって師匠に仕込まれたからなぁ。
「よっぽど教育が良かったのね」
「それはどうだろな」
 教育が良かったのかって聞かれたら、どうなんだろう?
 師匠の顔を思い出して、そのまま頭を振る。そこまで厳しい人でもないし、尊敬している人だけど、教育がよかったかと言われたら首をひねる、そんな感じの微妙さ。
「食べ汚くないのは救いね」
「うるさいなー」
「まあ、それはそれとして、実は一つお願いがあるんだけど」
「ぶ」
 いきなり、何の気なしにレシアが言うので、俺は思わず口にしたものを吐き出しそうになった。
 もったいないので何とか飲み込む。
『……やっぱりうまい話には裏がありますね』
 カディがしみじみと俺の内心を代弁してくれる。大いにうなずきたい気分だ。
「失礼ねー。大したお願いじゃないわよ」
 心外とばかりにレシアは言うけど、なんか納得行かないのは俺だけだろうか。
「どうせ、ラストーズに行くんでしょ? 特に目的地がないなら、王都にくらい寄り道しても問題ないわよね?」
「……内容によるぞ?」
 予防線は張るけど、一飯の恩義には報いなければなあとは思う。
 だから内容が本当に大したものじゃなけりゃいいんだけど。
「そんなに難しい事じゃないわよ。手紙を届けて欲しいの」
「手紙?」
「そう。ラストーズ王都マギリス、住所書いておくから。古い町だけあって入り組んでるけど、そこまで迷わないと思うわ」
「……その言葉はどれだけ信用できるんだろう」
 方向音痴のレシアが迷わないから、という意味なら何かが間違ってる気がする。ラストーズ出身で、王都に住んでいたならさすがに地元の地理くらい覚えているだろうし。
「大丈夫よ、きっと。で、お願いできる?」
「手紙を渡す程度なら別にいいけど」
「おー。助かるわー」
「手紙なら配達屋にでも言付ければいいのに。ラストーズの王都なら確実に配達してもらえるんじゃないか?」
「それだとうまく届かないかもしれないじゃない?」
『商売なのだから、それくらいきちんと届けると思いますが』
 カディの突っ込みにレシアはちっちっち、と指を振る。
「まあ、それはそうなんだけど、違うわけよ」
「なにがだよ」
 突っ込むとレシアは空いた椅子に置いていた自分のバックをごそごそして、中から二つの封筒を取り出す。
 一つはあまり上質でもなさそうな、やけにでかいもの。
 もう一つはとても白く、高級そうな小さなもの。
「ちょっと届け方がややこしいのよ」
「……」
 そのややこしいのを俺に押しつけようって事なのか。
 空いた皿を押しのけて、軽くテーブルを拭いたレシアは二つの封筒をその上に置いた。
『なにがややこしいんですか?』
「届ける相手は、私の……まあ、兄代わりみたいなものかしら。セルク・アートレス、私より8つ年上。髪は金色。っても、かなり茶色に近い色合いだけど。髪は長くのばして、首の後ろでまとめてるわ。瞳の色は青」
 届け主の特徴をレシアは述べる。
「大体笑ってるわね。なんというか……よく分からない人。あれっくらい変な人も珍しいと思うわよ」
「……その変な人にややこしい届け方で届け物って……」
「あー。セルクにーさんは変な人だけど、害はないわよ。心配そうな顔しないでよ。ただ、ちょっと事情がややっこしくて」
『事情?』
 カディの呟きにレシアはそう、とうなずいた。
「貴族なのよね。ラストーズでは下位に位置する武家の、だけど。ついこの間、跡目を継いだばかり」
「貴族かよ……」
 お嬢様っぽいとは思ってたけど、つまりレシアも貴族出身って訳なんだろう。そのお嬢様が何でこんな所をうろついているかは不明だけど。
「そんなわけで手紙一つ届けるのも難しいわけ。それでこれの出番」
 レシアは小さい方の封筒を掲げた。
「セルクにーさん直筆の書面よ。封は開けないでね? アートレスの屋敷の執事か誰かに渡して、セルクにーさんに会わせてもらって、それでこっちを渡すのが貴方のお仕事」
 いつのまに仕事になったんだそれは。
「そんな貴族の忙しそうな人に直接会えってのは無茶じゃないか?」
「人づてだと駄目なのよ」
「俺だって他人だろ?」
「ソートは人の手紙をこっそり開けてみたりはしないでしょ」
「当たり前だろ?」
 何を馬鹿なことを言ってるのかと思ったら、レシアは苦笑する。
「貴族の世界ってのは、そうもいかないもんだから。セルクにーさん本人に、直接、手紙を届けて欲しい訳よ。別に期限は問わないから。ただ私が無事って事を知らせたいだけだし」
「それだけなら、そう一筆言付ければいいと思うんだけど……」
 そのでかい封筒の中身は何なんだ。
 どれだけの量の紙が中に入っているんだろう。
「いいじゃない、ついでに詳細を詳しくしたためたって。ともかく任せたわ」
 レシアは有無を言わさず二つの封筒を俺に手渡す。
「お願いね?」
「へいへい」
 貴族と関わるのなんてご遠慮したいけど、一飯の恩義だ――手紙を届けるくらいならいいだろう。
 受け取った封筒をハンカチに包んで鞄の奥に突っ込む。
「商談成立。じゃああとはこれ、路銀の足しにして」
 その間にレシアはどこかから小さな袋を取り出して、俺の前に置いた。
「は?」
 ちゃらり、と金属音。
「なんで?」
「なんで、じゃないわよ。労働に報酬は付き物よ。あとはマギリスに着くまでに行き倒れられたりしちゃ、せっかく書いた手紙が無駄になるからね」
「や、だって、この飯で充分報酬として……」
 言いかける俺をレシアは呆れたように睨んでくる。
「あんたさあ……」
「なんだよ」
「マーロウの時もそうだけどさ、今までもしかして……報酬を食事で受け取ったりとかばっかりだったわけ?」
『おおむねそんな感じです』
「悪いかよ」
 ため息をついて、レシアは頭を振った。
「カディ、貴方も苦労するわね……ソート、あんたもーちょっと未来を考えて生きた方がいいわよ。刹那的に生き過ぎじゃない?」
『ええ、それは私もいつも言っているのですが……』
 二人だけで分かり合うな二人だけで。
「言ったでしょ、ご飯は体験料とお餞別。そう大した額じゃないから、これは路銀の足しにして――そうね、それじゃあ心苦しいってのなら、その手紙をできるだけ早く届けてくれたらいいから」
「いや、でも」
「いいから受けとんなさい。そんじゃ、そろそろ馬車の時間だから行くわ――また機会があったら会いましょ」
 レシアは袋を押しつけて、ひらっと手を振った。
「じゃあねー。手紙はよろしくね」
「ああ」
 荷造りも済んでいたらしく、レシアは親父に料金だけ支払ってさっさと外に出ていった。
 からりらとベルが鳴り、わずかな余韻が残る。
「よかった――のかなあ……」
『良かったんじゃないですか?』
 そりゃ、確かに、財布の中身は心許ないけど。
 手にした袋を居心地悪く玩ぶ。
「……短いとはいえ、一緒に旅した仲間内で金銭のやりとりはなんかこう……」
『彼女がいいと思っているんですからいいでしょう?』
 そうかなあ。それでいいのかなあ。
 もやもやした気持ちを抱えながら、とりあえず食事を再開して――終わったあとに袋を覗いてみたら金貨が5枚入っていた。
 ……どこが大した額じゃないんだ。大金じゃないか!
 どんなお嬢様だお前!

2005.01.10 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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