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精霊使いと魔法国家

1章 2.マギリス

『ラストーズ。今より500年ほど昔、初代王ウォルフレン一世により建国されました。自らを魔法大国と称し、実際魔法というものについては他に一歩先んじた技術を持ち合わせています』
「ほー」
『国王自らが秀でた魔法使いであることも特徴です。ただその反面……』 
 カディが言い淀んだので、俺はちらりと視線を上向けた。
 いつも通りふよふよしているカディの横顔はちょっと苦い笑みの形。
「反面?」
『精霊使いが軽視される方向にあります。と言うより、あからさまに毛嫌いされていますね』
「へぇ」
 俺はこっそりと驚いた。
 ラストーズ王国に入ってからほとんど寄り道せず一心不乱に歩き続けて、たどり着いた王都マギリス。
 レシアが言うとおりどこか古びた、いかにも伝統がありそうな町並みが続いている。フラストの町並みとはどこか違うように見えるのは文化の違いだろうか。
 精霊使いを毛嫌いする国ってのは初めて聞いた。
『魔法使いの国ですからね――色々面白くないんじゃないでしょうか』
 俺の驚きを悟ったんだろう、カディがそう呟く。
 その割には、この国のお嬢様らしいレシアは毛嫌いしてないようだったけどな。
『最近は色々微妙なようですが』
 何が色々微妙なのか聞きたかったけど、王都なんてでっかい町で口に出して目立ちたくないから「ほー」とだけ返しておく。
 レシアが言った通りの入り組んだ町並み。
 その自覚があるのか町の所々に街路図の看板がある。
 そう言えば、国王の代替わりが近いって旅の途中で聞いたんだった。色々微妙っていうのはそれもあるんだろう――看板と同じくらいにちらほらと警備兵の姿も見える。
 それを横目に地図の看板を覗き込む。
 中央に王城、その周りに貴族の屋敷――そういう並びはフラストと同じだった。
 ただ、無計画に発展したとしか思えない町並みが入り組んだ路地を形成しているように見える。
 王城に近い辺りは整然としているようだから、町が発展するときに何も考えなかったか、それとも逆に何か考えがあってのことか。
 一つだけ確かに言えるのは、住む人間や旅の人間のことをあまり考えなかったって事だろう。
 看板を見かけるたびに俺はそれに近付いて、現在位置を確認しなきゃならない。
 道のりはまあ順調なんだろう。
 レシアがそこまで迷わない、と言ったのは町の中央の整然とした様を見れば一目瞭然だ。彼女はきっと貴族のお嬢様なんだろう――入り組んだ町並みは貴族の屋敷がある一角の外だ。指定された屋敷も整然とした内部にあるんだから、そのことは簡単に予想がついた。
 何となく見慣れてしまった地図を何度も確認しないといけないのは、細い路地が入り組んでいて正解がどれなのかよく分からないから。
 俺は地図を何度もくどいほど確認しながら先に進む。
 ご指定のアートレスさんの屋敷は下位の貴族だからか入り組んだ路地を抜けた近くに位置するようで。
 カディやスィエン、それから当然チークともほとんど会話せずに何とか路地を抜けたときには町に入ってから二時間近くは経っていた。
『お疲れさまだわねー』
 思わずため息を漏らす俺に気楽な顔でスィエン。
「問題はここから先っぽいけどな」
 久しぶりにまともに会話をしたのは人の姿が全くと言っていいほどないからだ。
 貴族の屋敷の周りに普通ふらふら一般人は迷い込んだりしないだろう――俺だって、できれば来たくなかったに決まってる。
 それでも声をひそめるのは、やっぱり立っている警備兵が不審そうな眼差しを向けるから。俺は何でもございませんってな顔をしてその脇を通り抜ける。
 できる限り素早く迅速に手紙を届けたいな。
 とりあえず今日は上等な方の手紙を執事にでも預けて、宿を探したいところだ。
 この国では下位とか言われても相手は貴族なんだから、会うまで数日は覚悟しなけりゃならないだろうし、この近くで宿をとりたい。
 そんなことを思いながら、ふらふら歩き回って屋敷を探す。
 防犯のためもあるのか、さすがにこの辺りまでくると看板にそこまで詳しい地図が表示されていない。住所から大まかにあたりをつけて歩いていると、しばらくしてアートレスの屋敷が見つかった。
 貴族の屋敷にしたらそう大きくも豪華でもない建物だ。やっぱり古びているのは代々受け継がれてきた屋敷だからだろうか。
 門構えはそこそこ立派だけど門番のような人間もいない。軽く探ったあと、門をくぐる。前庭と呼べるかどうか微妙な庭の真ん中を突っ切り、玄関へ。
『おー』
 なにやらスィエンが感心したような声を出すのを聞きながら深呼吸。
 竜を象ったノッカーを数度鳴らして俺は待った。
 ややして扉がゆっくりと開く。中から出てきたのは清潔な身なりの初老の男だった。
 扉を開けて、見えたのが俺のような胡散くさげな人間だったものだから、無遠慮に彼は俺のことを見た。
「当家に何のご用でしょうか」
 口振りは丁寧だけど、迷惑そうな響きがたっぷりと声にこもっている。
 俺は居住まいを正した。背筋をピンと伸ばして、しっかりと男を見る。こっちにはやましいことなんてないんだから堂々としてりゃあいい。
「ご当主、セルク・アートレス様宛の手紙を預かって参りました。ご当主様に確実に手渡しするようにと」
『ソートがおかしくなっただわー!』
 叫ぶスィエンは無視して俺はにっこり笑みを浮かべた。あとで覚えてろよー。
 俺の言葉と笑みに、男はますます疑い深げな表情になる。そりゃあそうだろう。俺の格好はいかにも旅の剣士のそれだし、どう考えても胡散臭い。
「こちらが、ご当主様直々の書状で、屋敷の方にお見せするよう言付かっておりますが」
 だからレシアに預かった薄い方の上質の封筒を彼に手渡す。反射的に受け取って、彼はそれをひらひらとさせた。
「確かに、そのようですな。失礼」
 断りを入れて、男は一度身を引いた。扉がばたんと閉まる。
『どうなるでしょうね?』
「どうだろねえ――当人がいりゃ早いんだけどな」
 丁寧口調は背中がむずむずしていけない。
 そう待つこともなく再び扉が開いて、同じ老人が姿を見せる。
「中へどうぞ――主は留守にしておりますが、近い内に戻りますので」
「えーと、ありがとうざいます」
 礼を言いながら彼のあとに俺は続いた。玄関から少し離れた扉を開いて、中に入るように促す。
 中はちょっとした応接間のようで、二人掛けのソファが二つとテーブル。壁には絵画が掛かっている。
「主が戻るまで時間がかかりますので、おくつろぎ下さい」
「はい」
 おとなしくうなずいてソファに腰を下ろす。老人は一礼して去っていった。
「くつろげっつったって、無理だろ」
 呟きながら背を伸ばす。
『言ってることとやってることが違いますね』
「うるさいなー」
 文句を言いながらカディを睨むと彼は軽く肩をすくめた。
『しばらく時間がかかりそうですね』
「かかりそうだな。今日中には終わりそうで何よりだけど」
 宿を探すのが遅くなると、暗くて道に迷いそうで嫌だ。でもまあ何日も待つことを思えば迷うことくらい何でもないか。
『その間に私たちは少し出てきます』
「へ?」
 俺は予想外の発言に驚いて、順繰りに精霊達を見た。
「なんでまた」
『この間の件の報告をしておこうかと。この町にくるのはわかっていたので、待ち合わせていたんです』
 誰に、と聞くのは何となく怖かった。残る精霊主の一人の火主か、それとも精霊王?
 どっちでも、やっぱり幻想がうち砕かれる確かな予感がするのは何故だろう。
『終わればすぐ戻ります。移動してもらっていてかまいませんよ』
『ソートは目立つだわからね』
「目立つってどういう意味だよ」
『そのままの意味ですよ』
 カディの言葉にスィエンどころか相変わらず黙りこくったままのチークまでもがゆっくりうなずく。
『では、またあとで』
 問いつめるより先ににっこりと一礼して、三人は窓をするりと通り抜けた。実体のない体はこんなときに便利だ。
 追うわけにもいかなくて、為す術もなく見送る。
「そして一人で暇をもてあませってのか」
 話し相手もいないのに、いつ帰ってくるか分からない人を待てと。
 うんざりしながら息を吐き出す。
 窓の外、傾きつつある太陽を見て、俺は一刻も早くアートレスのご当主様が戻ってくるように神に祈りを捧げた。

2005.01.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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