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精霊使いと魔法国家

1章 4.再会

 貴族の当主自らに案内されて屋敷を歩くのは妙に居心地が悪かった。
 途中で出会った執事――最初に出てきた男の顔に「何でそんな小僧をもてなすんですか」と書いてある気がしたのは被害妄想だろうか。
 俺の心境を考えもしていない様子の当主様は、スキップでもしそうな足取りを止めてこっちを振り返ってきた。
「はい、到着」
 後ろ手に扉を開けて、入るように促す。
「こんな部屋だけど、かまわないよね?」
 軽いしゃべり方を聞いていると、最初の彼の様子が嘘だったのかと思えてくる。
 それでも俺の返事を待っている瞳の奥には真意を読ませない、どこか真面目な色がある。
「充分です」
 今まで泊まっていた宿とは比べものにならないくらい、広くて上等な部屋だった。文句があるはずもない。
「じゃあま、ゆっくり休んでてね。隣にもう一人客がいるから、彼が帰ってきたら食事。あの人ふらふら出歩いてるけど、夕食時間には帰ってくるから」
 それからいくつか屋敷内の説明をして、お兄さんは軽くひらっと手を振って出ていった。
 とりあえず扉を閉めて、肺から息を吐き出す。
「は――」
 出たのはまるで大きいため息のようだった。
 荷物を棚の上に置いて、ベッドに倒れ込む。急いで準備したとは思えないふかふかの感触。
 いい綿が詰まってるに違いない。
 置かれた状況を考えずに済めば、きっと今晩はよく眠れるはずだ。
「無理か」
 この国では下位に位置するっていう武家の貴族。魔法国家を自称しているラストーズでは確かにそうなのかも知れないけど――貴族は貴族だ。
 向こうが妙に軽くフレンドリーさを演出してくれたところで、こっちがそれに乗るわけにも行かない。
 そんなことが出来るような子供じゃないんだし。
 出るのはやっぱりため息だ。
 仮にも貴族の屋敷だから、食事はおいしそうだけどな――なんて言ったら、カディがいたら冷たく突っ込まれそうだ。
 あー腹減ったなー。
 隣の客とやらが早く帰ってくればいいんだけど。
 そう思いながらベッドの上をごろごろする。二時間くらいは歩きっぱなしだったし、待っている間は何となく居心地が悪かった。ここで、ようやく本当に休息って感じがする。
 本当は宿を探してうろつかないといけなかったことを考えると、セルクさんの申し出はありがたいものだったんだと思える。またあの入り組んだ道を歩いて宿を探すなんてきっと面倒だったはずだ。
 ……そういやカディ達は俺が外でうろついていると思って無駄に探したりしてないかな。
 別れたのはここだし、いずれ分かるか。
 どうしても合流できないようなら、町を出た辺りのところで例の歌でもこっそり歌えば――いや師匠にどやされるか……。
 うだうだ考えていると腹の虫が鳴き出して、目を閉じて腹を押さえる。
『食べることだけは、忘れない人ですねえ』
「カディ!」
 そこに呆れたような声がかかったので、がばっと身を起こす。
 何とも言えない妙な顔でカディはいつものように浮かんでいる。
 ただ単に呆れただけの顔じゃないのは、報告してきた内容を気がかりにしてるからかな?
『まだここにいたんだわ?』
 ひょいとカディの後ろからスィエンが顔を覗かせる。
「なんか、しばらく泊まってけって言われた」
 スィエンもやっぱり彼女らしからぬ妙な顔になる。
「どうかしたのか?」
『……宿代が浮いて良かったですねえ』
「なんでそう金にうるさいんだお前」
『ソートが世間に疎い分、私がそれをカバーしなければならないでしょう』
「あのなあ……っと」
 カディに言いかけた文句を飲み込んだのは扉がノックされたからだ。
「はーい!」
 慌てて返事をして、カディを無視して駆け寄る。これはあれだな、食事だな!
 勢いよく扉を開くと、目を丸くしたセルクさんの顔が飛び込んできた。わざわざごご当主様自ら呼びに来て下さったらしい。
「食事だよ」
「どーも」
 自分でも何がどーもなんだかよく分からないで反射的に答える。荷物を持っていくこともないから、そのまま部屋を出た。
 当然のようについてくる気配はカディとスィエンのもので、チークはどうやら部屋で留守番を決め込むらしい。
「――あれ」
 それを確認したところで横から聞こえた声は当然目の前にいるお兄さんの声でなく、ましてや聞き覚えがあるものだったから、勢いよくそちらに視線を向ける――と。
 聞き覚えがあるどころか見覚えがある姿が目に飛び込んできて、俺は思わず「うおお」とうなった。
「なんでこんなところにいるんだよお前」
「うわー。知り合い?」
 俺と彼を見比べてセルクさんが呟くのにかまわず、彼はこっちにずっかずかと歩み寄ってきた。
「久しぶりだなあ。ついこないだ噂したばっかりだったぞ。行き倒れてなかったんだなー」
『倒れかけてはいましたけどね』
 さらりと言うカディを、しっかりと彼は見据えた。
 当然だ――彼は精霊使いなんだから、精霊の姿がしっかりと見える。
 当然声だってしっかり聞こえるだろう。
『どういう知り合いですか、オーガス』
 どうフォローすべきだろうかと思う前にカディは続けた。
 いやまて。ちょっと待て。
 それはこっちが聞きたいんだけど知り合いかよ!
「世間は狭いなー。ソート、お前腹減ってるだろ、話は食いながらだ」
 オーガスさんは師匠の古い知り合いで、精霊使いで、豪快な人だ。
 俺がオーガスさんとカディとを見比べていると、オーガスさんは紅い髪を揺らしてにやりと笑い、屋敷の主にかまう素振りもなく、勝手知ったるとばかりに先導して歩き始める。
 まあ、下手にカディと会話するのもお兄さんが混乱するだろう。オーガスさんの後を二人して追っかける。
 カディ達が続く気配。
 貴族の優雅さとは無縁なオーガスさんは、行き着いた先の扉を遠慮なくばーんと開いて真っ先に入り込んだ。

2005.03.11 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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