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精霊使いと魔法国家

1章 6.その関係の嫌な予感

『え』
「いや、え、でなく。人に聞いておきながら自分は答えないって事はないよな?」
 オーガスさんがそれを聞いて吹きだした。
「いい切り返しだなー」
『おもしろがってる場合なんですか……?』
「俺は面白いな」
 顔を笑みで緩めながらオーガスさんはきっぱりとうなずく。カディは呆れた顔を隠そうともしなかった。
「ソート、お前これがなんなのか知ってるんだろ?」
『指差さないでください。しかもこれってなんですかこれって』
 オーガスさんに指を指されてカディは嫌そうに抗議した。
「じゃあそれ」
『スィエンはそれじゃないんだわ』
 カディに変わって指差されたスィエンもむぅと頬をふくらませた。
 カディと、スィエンと。
 指差されて「なんなのか」って。
 示された答えは一つで、俺はそれを言っていいもんだか迷った。オーガスさんは気にしないだろうけど、セルクさんはどうなんだろう。
 視線を感じたのかセルクさんは俺を見て、笑顔でひらひら手を振った。
「俺のことはお構いなく?」
 なぜ疑問形。
 突っ込みたいのはこらえて、その言葉には甘えることにする。
 深呼吸。
「ええと」
 それでも言いがたくて、全員を順繰りに見渡して、それからようやく口に出せた。
「……精霊主、てことを?」
 オーガスさんはあっさりとうなずいた。セルクさんは驚いた様子もなく、普通に食事を続けている。
 カディは特大のため息を吐きだし、スィエンはぺろりと舌を出した。
「別に隠さなくてもいい話だろ」
 やっぱりあっさりとオーガスさんは呟く。
『本来ならばばらしちゃいけない話でしょう』
「どっちにしろ、何となく話に違和感を感じてたしな。そういうこったろーとは思ってたよ」
『推測されるのと確信を得られるのとでは、大きな違いがあると思いますよ』
 カディが苦り切った顔でオーガスさんに訴えると、訴えられた方のオーガスさんはそれを鼻で笑った。
「大した違いなんてねーよ。俺とお前じゃ年期が違うの」
 カディははっきりと顔をしかめた。
『そーですか』
「それに、俺もこいつとは知らない仲じゃないし、別に異を唱えるつもりもないぞ?」
『唱えたところで聞く気もないですが?』
 一瞬、確かに二人はにらみ合ったように見えた。空気が張りつめた気がしたのはカディのせいなんだろうか。
 その結論が出る前に、それはふっと緩む。
 オーガスさんが相好を崩したからだ。晴れ晴れとした笑顔だった。
「そりゃそうだ」
 笑顔が緊張感を振り払い、オーガスさんが俺をちらりと見た。にやりと笑みが深まる。
 カディは頭を振って、肩から力を抜いた。
「面倒なことだけ人に押しつけて、逃げるってのはフェアじゃないぜ?」
『逃げたつもりはありませんけどね』
 スィエンはそういうカディに近付いて同意するように深くうなずく。
 オーガスさんはその様子に肩を揺らした。
「そうは言っても、実際の行動がそうだろうが」
 責めるような口ぶりではないけど、その言葉にはやんわりと皮肉じみた響きがこもっていた。
 カディはそれに言葉を詰まらせる。
『……まあ、それは否定できませんけれど』
「自覚しているなら、逃げたつもりはないなんて言うなよ」
 オーガスさんはちくりと呟いた。カディは顔を歪めて、次の言葉を探している。
『逃げたつもりはありませんが――』
 呟いて、何故か俺のことをちらりと見る。
『ソートのことを放っておいたらきっといつかどこかで餓死しそうで放っておけないものですから』
「ちょっと待てなんだそれ!」
 俺が思わず声を張り上げるのと、黙って食事を続けていたセルクさんが「ぶっ」と吹き出すのと、オーガスさんが腹を抱えて笑い始めるのとはほとんど同時だった。
「うわー、その理由いいなあぁ!」
「いやよくないですし!」
 セルクさんが感心したように言うのに叫ぶ。
「それはありえるなー」
 オーガスさんは苦しそうに笑いを収めて、揺れる声で呟く。
「何で否定してくれないんですかー!」
「いやー、お前ならわからねえ」
「くそう、何でみんなそう言うんだろう」
「それだけわかりやすい性格なんだな」
 さらっとした言い方で断定してオーガスさんはにやにやした。俺が不満そうにしてるのを楽しんでいるように見える。
 それに文句を付けようとしたときに気付いた。
 ちょっと待て、実はそれって話そらされたんじゃないか?
「で、結局どういう知り合いなんだ?」
 問いかけると、カディとオーガスさんは顔を見合わせた。
「そうだそうだ、話がそれたな」
 話をそらす気はなかったらしくにこやかに言ったのはオーガスさんで、それに渋い顔をしたのはカディ。
 カディの方は話をそらせたかったらしい。
『オーガス』
「カディ、俺はお前よりソートとのつきあいは長いの」
 カディは眉をひそめた。
 確かに知り合ってからの時間はオーガスさんの方が長いけど、実際一緒にいた時間で言えばカディの方が確実に長い。
 それを言うべきタイミングじゃないんだろうなあと二人の様子を見守っていると、しばらくにらみ合って諦めたように視線をそらしたのはカディ。
 すげえ、オーガスさんカディに競り勝った!
『あー……、私は抵抗しましたからね』
 俺に目線をあわせて、疲れたような声音でカディは主張する。
 意図が読めずに首をかしげていると、スィエンがちょっとだけ真面目な顔でうんうんとうなずいているのが目に入った。
「えーと」
 呟いて、ちょっと考えてみる。
 カディとスィエンと、あとチークはこの間の話を誰かに報告に行ったはずで。
 オーガスさんは俺にしか「久しぶりだなあ」なんて言わずにごく普通にカディと会話していて。
 ……。
「なんか聞かない方が精神衛生上よろしいような気がしてきました」
『何故丁寧語なんですか』
「や、だってなんかものすごーくいやーな予感がしてきたぞ?」
『気付くのが遅いですね?』
 カディはにっこりとした。それは確かに笑顔なのに、それ以外の何かが混じっている。
「抵抗した割には言う気だねぇ」
 からかうように声をかけるオーガスさんにカディは笑顔のままうなずく。
『言っても問題はないとは思ってますよ? 私が気にしたのはそこじゃないです』
「ほー」
『まあ、本人が気にしているようですからいいでしょう』
「いや、だから聞かない方が精神衛生……」
『男に二言はないですね?』
 にっこりと笑顔、瞳に有無を言わせない力。
 目がちっとも笑っていない。なあカディそれお前オーガスさんに競り負けた腹いせなのか? なあ。

2005.04.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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