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精霊使いと魔法国家
2章 5.金髪のお姉さんと1
アートレスのお屋敷まで戻って、立派な門構えに改めて感心しながら門をくぐる。
前庭を通る途中で、人影に気付いた。
まず目に入ったのは、ふわふわの金の髪。玄関にゆったりと向かう、後ろ姿二つ。
目を引いたのは少し背の低い明るいふわふわの髪で、もう一人は癖のない茶色い髪。どっちも女の人で、そして歩く速度が遅い。
追いつくもなんだかなーと思って、思わず俺も歩を緩めた。とはいえ――遅い。
なんなんだこのスピード。
ゆっくりゆっくり、前の二人は進んでいて、どんなにゆっくりと歩いてもなお二人との間は埋まってしまう。
「こ、こんにちは」
声を掛けないのも失礼だろうけど、語るべき言葉も見つからない。
無難に呟くと、驚いたように前の二人は振り返った。
先に素早く振り返ったのはふわふわの金髪で、癖ない茶髪の人はゆっくりだ。
「誰ッ?」
鋭い声は金髪の女性のもの。
緑の瞳が不審そうに細められている――まあ、そりゃそうだろう。貴族の屋敷を訪れるのに似つかわしくない恰好をしている自覚はあるし、いきなり後ろにいられたらそりゃびっくりするよなー。
「や、えーと俺怪しい者じゃなくて」
「そういう人が一番怪しいのよ」
やわらかそうな髪質に似合わない、ピンと張りつめた声。胸を張るように腰に手を当てる。
「昨日から、ここのご当主様に厄介になってる者で」
この屋敷のお客様みたいだし、セルクさんに聞けば誤解なんて解けるだろう――今いないけど。
執事さんは俺のことを不審がってるけど、主の客を「そんなヤツ知らない」とはさすがに言わないと思う。
名前は名乗るべきなのか、どうなのか。
そんな風に思った俺を彼女はまじまじと見上げた。
ぽん、と間の抜けた手を叩く音が聞こえて、
「あらあらあら」
次いで聞こえたのはのんびりした茶髪の女性の声。
「じゃあ」
金髪の女性は目を見開いた。
大きな瞳は好奇心で輝いて、俺のことをまじまじと見つめる。どこかとろんとした茶髪女性もそれに習うので、俺は居心地の悪さに身じろぎした。
「えーと、なにか?」
「じゃあ貴方が――」
言いかけた途中で口ごもる。
「はい?」
途中で止められると気になるじゃないか。
金髪女性はきれいな人だった。きめの細かい白い肌に、バランスよく目鼻が配置されている。
そのきれいな顔が微妙に曇って、次の言葉を探している。
俺に対する不信感は去ったようだけど。
「えーっと、レシィのお友達?」
彼女はよしっ、と自分で気合いを入れてそれから首をかしげた。
俺よりはいくつか年上に見えるのに、可愛らしい仕草。
素直にうなずこうとしたのを半端に止めたのは、レシアのことをふっと思い出したからだった。
手紙を預けるときに、わざわざセルクさんを指定したことには意味があるようだった。
だとしたら、ここはうなずくべきじゃないのかもしれない。
俺の心の動きを読んだのか、彼女は困ったような顔になる。
「先に自己紹介しないといけないかしら。私はシーリィ。レシィの従姉妹なの。貴方はソート君ね? レシィの手紙で見たわ」
信用してもらえるかしら、大きな瞳にはそう書いてあるように見えた。
まくし立てるように言ったレシアの従姉妹という女性は、言われてみると確かにレシアに似たところがある。
髪と目の色と、顔立ち。レシアがもう少し成長したら彼女にもっと似てくるのかもしれないな、と思う。
悪い人じゃなさそうに見えるけど。
「シーリィ様、まずは中に入れていただきませんかぁ?」
俺が返答に迷っていると、黙って様子を見ていたもう一人の女性が言った。
「――そうね、屋外でするような話でもないし」
シーリィさんはうなずいた。様だなんて呼ばれたってことは、レシアの従姉妹であるというこの人もやっぱり貴族のお嬢様なんだろう。
お嬢様は目の前の竜をかたどったノッカーを鳴らした。
昨日と同じように、ややして扉がゆっくりと開く。出てきたのはやっぱり初老の執事だった。
「ごきげんよう」
ご機嫌な声でお嬢様は言った。執事は昨日とは違って驚いた顔で彼女を見返している。
「あ、あの、何故ッ」
落ち着いた執事らしからぬ慌てた声を、手を振るうことで彼女は止めた。
「お部屋を一つ、借りていいかしら?」
問いかけは、命令しているようなもんだった。どうやら身分の高いお嬢様らしい。
「ですが、主は留守にしておりますし――」
「知ってるわよそんなこと。私はセルクのお客様に会いに来たのだけど」
執事が不思議そうな顔になった。シーリィさんが背後の俺を指し示すと、彼はきゅっと目を細める。
なんでこいつに、とか言いたそうだ。
「駄目かしら?」
たたみかけるような言葉に、執事はシーリィさんに視線を戻してゆっくりとうなずく。
「それが貴方のご意志ならば」
「分かって頂けて幸いだわ」
笑顔で彼女は振り返った。
「聞くのが遅くなったけど、お時間はよろしい?」
俺はうなずくことで答えた。彼女はますます笑みを深めて、先導する執事の後を追った。
茶髪の女性が先を促すので、シーリィさんの後に続く。
昨日と同じ応接間に案内されて、俺と彼女は向かい合って座り込んだ。
執事は去り、茶髪の女性は追ってこない。
「――えーっと、あの人は?」
「アイリアには席を外してもらうから」
「はぁ」
居心地悪く俺はうなずいた。俺に会いに来たとか言った割に、彼女はすぐに話し始めたりはしない。
さっきと同じように俺のことを検分するようにじっと見る。
大事な従姉妹の知り合いがどんな人間か見定めようとでもしてるんだろうか?
レシアをもうちょっとおとなしくして、成長した感じのシーリィさんは誰がなんと言おうときれいな人で、見つめられたら困ってしまう。
目線のやり場に困って、壁に掛けてある絵を見てももちろん昨日と変わらない。絵はもう既に見飽きてしまってるし、ほんと、困る。
「っと、貴方がセルクさんが言っていたレシアが本来手紙を届けたいと思ってた人、なんですか?」
仕方なく無難な問いかけをひねり出すと彼女はうなずいた。
「私と、それからもう一人」
そういえばあのやけに分厚い封筒の中には、二つ封筒が入ってた。
「もう一人の人は?」
「んー、あの人忙しいから」
ちょっと迷う素振りを見せてから、彼女は言った。
「そーなんですか」
「ええ。あの人にも会って欲しいと思うんだけど、大丈夫?」
「へ?」
「あの人いつ時間が空くか分からないから」
ふー、と彼女は意味ありげにため息一つ。
「目的のない旅の途中なので、多少は大丈夫ですけど」
「ほんとっ?」
声が跳ね上がる。うれしそうな微笑みが近付いた。
彼女が身を乗り出したのだ。
「近いうちにお会いできたらいいですけど」
オーガスさんの頼まれごとを受け、それがセルクさん自身に利する以上、セルクさんは快く滞在を許してくれるだろうし、そもそもセルクさんは彼女ともう一人の誰かに俺を会わせるために俺に滞在を求めたはずだ。
だからって、長居は気が引けるんだけど。
「そうね、もう本当にそう思うわ」
彼女はしみじみと言った。
「でも、俺そんなにレシアのこと知らないですよ」
「それでも、手紙だけじゃ伝わらない何かを知ってるでしょう?」
シーリィさんは首を傾げた。
レシアよりも数段可愛くて、あどけない表情。
「んー」
伝わらない何かって、なんだろなー。
「レシアは道に迷ったことは書いてました?」
「え、書いてなかったけど」
シーリィさんは目を丸くした。
自分の都合の悪いことは書いてないだろうな、レシアの性格じゃ。
「まあそのせいで会ったようなものかな」
彼女がマーロウに迷い込み、俺が空腹で街道をそれなければ出会わなかったはずだ。
そう思うと出会いなんて偶然と偶然が重なり合う奇跡みたいなもんなんだろう。
「ねえ、貴方が精霊使いって、ほんと?」
ふと思い立ったかのようにシーリィさんが聞いてきた。
「そうですよ」
俺はそれに素直にうなずいてみせた。
……そういや、この国じゃ精霊使いは嫌われてるんだっけ。
彼女はなにやら真剣な顔で黙り込んでしまったので、はっと気付いたけど。
あ、それとも。
「こんな見かけでも、精霊使いですよ」
レシアに最初会ったときに疑われたんだった。
いかにも旅の剣士じみた姿は、多少髪が長かったところで精霊使いと言っても疑われる要素になりうる。
「言われてみれば、らしくないのね」
「はじめレシアにもそー言われました」
言うと彼女はくすくす笑った。
「なんで、従姉妹でなくセルクさんに手紙を届けろって言ったのかな」
ふっとそんなことを口にしたら、シーリィさんは笑みを消した。
「あ、いやちょっと不思議に思って」
「仲が悪いの、私とレシィの父親は」
慌てる俺に気にしないでと微笑んで、彼女はさらりと言った。
俺から視線を外して、ため息を一つ。
「それで、レシィと直接手紙のやりとりはためらわれるの」
そうして彼女はにっこりした。
「だから、セルクが気を回してくれたの。貴方が協力してくれて、とても助かったわ」
「はあ、どうも」
何がどうもなんだか自分でも分からないけど、そんな風に答えると彼女はますます笑みを深めた。
2005.07.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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