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精霊使いと魔法国家

2章 7.セルクさんの思惑

 ばったーん、といきなり扉が開いたので俺は慌てて起きあがった。
 オーガスさんは出掛けたままだし、カディ達も出たようだ――驚いたことにチークまで。
 屋敷をうろつくわけにもいかないし、俺に出来たのはベッドに寝ころんで暇をもてあますことだけ。
 その礼儀のなさはオーガスさんに違いないと思いながら扉を見たら、違った。
 息を切らしてそこにいるのはセルクさん。
 その余裕のなさは真面目なセルクさんでも変なセルクさんでもあり得ないようなものな気がして、思わずじーっと観察してしまう。
 大きく深呼吸をしたセルクさんは後ろ手に扉を閉めながらずんずん近付いてきた。
「あー、いきなり驚かせてごめんねソートちゃん。ついうっかりー」
 余裕のない早口でそんなことを言って、瞬時に真顔になる。
「ねえ、シーリィちゃんが来たってきいたけどー」
「は、はい?」
 詰め寄られる意味が分からなくて目をぱちくりすると、真顔なのにふざけた口調でもってセルクさんは続けた。
「シーリィちゃん、何かへーんなこと言わなかった?」
「えーっと」
 真顔で詰め寄られ、ふざけた口調で言われるとなんか妙に怖い。そのアンバランスさが。
 身をひきながらしばらく前のことを思い出す。
「あー、シーリィさん、俺が捨て子とか言っちゃったこと気にしてました?」
 セルクさんは何とも言いがたい顔になって、俺から離れた。
 何度か口を開きかけて、口ごもる。それはやっぱり彼らしくない動作に見える。
「うーん、えーっとー。それだけ?」
「シーリィさんが気にしそうなことだったらそれだけだと思いますけど」
「ソートちゃん丁寧語はやめてって言ったでしょー?」
 脈絡も何にもなくそんなことを言ったセルクさんは、ふーっと息を吐いてベッドサイドに腰掛けた。
「それだけかあ」
「気にしなくていいって言っておいて下さい」
「俺がその丁寧語を気にするー」
「それ全然関係ないし!」
「うーふー?」
 真顔から子供っぽい笑顔になって、ついでに首を傾げる。何ですかその反応。
 言うのも虚しくて黙っていると、セルクさんは笑みを深めた。
「ねえソートちゃーん。ちょっとお願いがあるんだけどいいかなあ」
 ベッドに腰掛けたままのセルクさんとは視線が合わない。
「お願い?」
「そう。あのさあ」
 視線を合わそうとしないセルクさんは言いにくそうにつぶやく。
「なんか放火がどうのって話はオーガスさんに聞いたけど」
「あ、そう? それならその犯人として目されてる人物の話も聞いた?」
「王女様の娘婿の家の人間?」
「うんそう。精霊使いの素質を持ってたらしくって、小さいときに放逐されたらしいけど。ソートちゃん、その人のフリしてみない?」
「……は?」
 いきなりの話に、我ながら間抜けな声を出したと思う。
 ようやくこっちを見たセルクさんは何かをたくらんでいる目をしている。
「それは、どういう……」
 放火事件の犯人じゃないかって人のフリをわざわざしろって意味がわからねえ。
「王弟派の人が犯人を捕まえた真似をしてこいつはホネストの精霊使いだー、って言い始める前にこの人がそうですよって言いたいわけ」
「はあ」
「ホネスト家が放火に関わってるなんてことになったら大変だしねえ」
「それは想像が付くけど……何で俺」
「言ったでしょ? 昨日下心があるって」
「昨日からたくらんでたんですか? シーリィさん達に会わせたいって意味だとばっかり」
「それもだけどー。出来る男は一つの手にいくつも意味を込めるのよ?」
 女言葉でそれ言うのはどうかと思いますセルクさん。
「何でため息付くかなあ」
「俺がそんなフリしても、根本的な問題は解決しないんじゃ」
「意味はないわけじゃないよ。レイちゃんのためになるし。あ、レイちゃんってのがソートちゃんの言う娘婿ね。レイドル・ホネストっていうんだけど」
「……そんな人までちゃん付けですか……」
「だって主義だもーん」
 てことは、オーガスさんの言うようにセルクさんは王女派の勝利に一役買っていて、娘婿さんと仲がいいってことか。
 仲良くなった人はちゃん付けで呼ぶ主義って言ってたし。
「ソートちゃんには彼の弟のフリをして欲しいわけ。レイちゃんもそれを信じるくらいに、真剣に」
「って、騙すのか次期国王様を!」
「だってー。そこまでしないと敵は信じてくれないよ? どうせならそこまで徹底した方が面白いし」
「不敬罪に問われるしそれ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「大丈夫じゃあるかー!」
 思わず叫んでセルクさんの胸ぐらを掴む。
「大丈夫だって、ソートちゃんもレイちゃんも茶色い髪に青い目してるし。ホネストの先代夫妻は王位争いで命落としてる。ソートちゃんさえうなずいてくれれば、もうやりたい放題」
「そんなことできるわきゃないっ」
 セルクさんは真顔になった。丁寧に俺の手をはずして微笑むその顔はふざけた様子が全くない。
「そー言ってくれる人だと踏んだから、言ったんだけど」
「今の……冗談ですか?」
「ううん、本気。別に長くいて欲しいなんて言わない」
 声に力がこもって。
「ただ、しばらくでいいからいて欲しい。本物の精霊使いを味方に付けたいんだ。この国を変えるためにさ」
 あまりに真面目な声と言葉だったから、反応出来ない。
「この国は、魔法が使える人間が偉いんだよね。魔法第一で、魔法を使えない人間はどんなに頑張っても出世出来ない。魔法使いよりも強力だと言われる精霊使いは、自分たちの立場が悪くなるから排除して」
「それと俺が演技することにどんな関係が」
「新しい国王様の弟が精霊使いだったら変わるかなあって。王女様は魔法が使えないし、側近である俺も魔法が使えないとなれば、時代は変わったなと誰もが思うでしょ?」
「そりゃ、思いそうだけど」
「でしょー? そうなったら、色々都合がいいんだよ」
 ねっ、なんてにっこりとセルクさんは俺を見る。
「でも、次期国王様まで騙すのはまずいだろ。しばらくって言うけど、本気にされて旅立ちにくくなったらやばいし」
「っち」
 なんだその舌打ち。俺が睨むとセルクさんは舌を出した。
「あわよくば一生いてもらおうという計画が」
「あのなあ」
 それ言っちゃ意味ないだろ、冗談だろうけどさー。
「で、どう?」
 俺が呆れてため息をつくのを全く無視してセルクさんは身を乗り出す。
「いやどうって。できるわけないだろ。貴族の真似事するなんて性にあわねえって」
「えー。そんなことないと思うけどなー。シーリィちゃんはソート君が礼儀正しいいい子だったと大絶賛してたし! レイちゃんまで騙すなんて言わない、本当のところはちゃーんと話すから。だから考えてくれないかなあ」
 ね、と見つめてくる瞳の色は真剣で。
 真面目じゃないときとのギャップが激しすぎて、本気なんだと信じそうになる。
「逆に俺が放火犯ってことにされたらどうするんだよ」
「正面切って喧嘩売ってくるほど、あちらさんは馬鹿じゃないと思うよ」
「放火したりして裏で手を回してるのは本当なんだろ?」
「いつか盤面をひっくり返したいからだろうね。それは、いつかであって今じゃないから問題ないよ」
 自信を持って言ったセルクさんはにっこりした。
「向こうには切り札がないからさ」

2005.08.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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