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精霊使いと魔法国家

2章 8.大人の事情

「うわー」
 オーガスさんは俺が事情を説明すると、最初にそうもらした。
 下準備を終えて帰ってきて、やっぱり遠慮なく俺の部屋の扉を開けて、ちょうどセルクさんに言い負かされそうだった俺から事情を聞いたその後で。
「何考えてんのお前」
「い・ろ・い・ろ」
「きもっ」
 弾むような口ぶりのセルクさんにオーガスさんは遠慮なく叫ぶ。
「ひどいなあ」
「お前の言動がよっぽどひどいだろが。大体そんな嘘付いて何が面白いんだ?」
「色々面白いですとも」
 まさか真顔で答えられると思わなかったんだろう、オーガスさんは大きく息を吐いた。
「でもそれは俺が困る。ソートには放火事件を解決するために協力してもらうんだから」
「そんなの仮にも一応精霊王なオーガスちゃんと、精霊主が三人いればどーってことないでしょー?」
「あるから言ってるんだよあるから。精霊主がその力を無闇に使わないように封じられてるってのは有名な話だろー?」
 まばたきして、セルクさんはオーガスさんを見た。
「えー、しーらーなーいー」
「本当に知らないのなら、茶化すなよ」
「そんなに有名なの?」
「精霊使いの間では有名だと思うが」
「じゃあ俺が知るわけないじゃない。でもそれってソートちゃんと関係ないと思うけど」
「いやー、そうでもないかもしれないぜ?」
 にやっとオーガスさんは笑う。それを見たセルクさんも何故かにやりとやり返す。
「でも俺が先にソートちゃんに目を付けたんだよねえ」
「お前の提案より俺のの方がよっぽど前向きだと思うぜー?」
「俺だって前向きだって、すっごく。よしここはひとつどれだけ前向きかおもしろおかしく語って聞かせるしか」
「いらねー!」
 俺が口を挟む余地がない流れるような会話。一応精霊王が、貴族のはずのお兄さんを豪快にどついてようやくフィニッシュ。
 セルクさんはぼすっと布団にめり込んだ。セルクさんを殴り飛ばした拳を緩めたオーガスさんは満足げに笑う。
「暴力はどうかと……」
「あいさつ、あいさつ」
 違うと思うんだけど。ひらひらと手を振るオーガスさんは自分が言ったことを気にしていない様子だ。
「オーガスちゃんひどいー」
 本気ではないにしても結構な勢いで後ろ頭をどつかれたのにセルクさんはあくまでも軽い調子。
「まあそんなわけでソートちゃんは俺が頂いたッ」
 頭を押さえてはいるけれどけろっとした顔をしているなあなんて思っていたら、言うなりセルクさんは俺の後ろに回り込んだ。
 反応する間もなく後ろからにょきりとセルクさんの腕が伸びて、俺の首をがっちりと固める。もう一方の手が俺の両手をかっさらった。
「一体何をー!」
 思わず叫ぶと、セルクさんがふふと笑う声。首に息がかかって気持ち悪いんだけどッ。
「人質?」
「うわそれお前悪役くさー」
「オーガスちゃんが暴力振るうからいけないんだよー」
「俺を挟んで馬鹿な言い合いをしないでくれっ」
 驚きと気持ち悪さが通り過ぎて、軽い言い合いに馬鹿らしくなりながらセルクさんの手を振り払う。
 もちろん本気じゃなかったんだろう。あっさりと束縛から解放された。弾みで再びセルクさんはベッドに沈み込む。
「あららー」
 残念だって顔でセルクさんは手をひらりと上向ける。
 あくまでも軽い調子。でもさっきの身のこなしからするにただ者じゃあない。本当によく分からない人だ。
「この馬鹿に付き合うのは疲れるだろ。本気で馬鹿だから」
「失敬なー!」
 起きあがって騒ぐセルクさんにかまわずオーガスさんがぽんと俺の肩をたたく。
「馬鹿な話に付き合う必要なんかないぞ。性に合わないんだろ。大体お前が王女の婿さんの弟なんて設定に無理ありすぎるだろ」
 もっともな話だ。俺は思わずうなずいた。
「そんなことないよー。ソートちゃん以外に適任者いないし」
「つまりこの国に精霊使いがいないってだけの話だろ」
「ぐ……ッ。い、いや確かに精霊使いは魔法使いより少ないって言うしラストーズじゃさらにそうだけど!」
「自分でもわかってんだろが」
 オーガスさんは今度はかるーくセルクさんの額をこづいた。
 うーっとうなってセルクさんがオーガスさんをにらむ。
「それかわいくねーから」
「でもさあ、面白いとおもわなーい?」
「お前の選択肢は面白いか面白くないかしかないのか?」
 聞かれたセルクさんは不意に真顔になる。
「もちろんそれだけじゃないけどね」
 真顔の延長の笑顔にはやっぱり裏がありそうだった。
「ほぉー」
「何があるんですか?」
 面白そうな笑いを浮かべるのはオーガスさんで、その後を次いで俺は尋ねた。
 答えなんて端から期待しなかったけど。
 大体、明るくて親しみやすい時も真面目な時もセルクさんは人と一線引いたようなところがあるように思う。
 貴族だからってのもあるのかも。俺なんかに裏を読まれる程度じゃ、貴族の世界じゃ生きていけないのかもしれない。
「うーん」
 セルクさんは真面目バージョンのまま困ったような顔になる。
 そしてちらっと俺を見て、思案するように天井をにらみつけた。
「面白くない話だけどいい?」
 その言葉にため息をついたオーガスさんの表情がやっぱりその二つしかないのかお前と語ってる。
 聞かせてもらう気はなかったんだけど、なんて言いにくいセルクさんの雰囲気に押されて俺はこくりとうなずく。
「ほんとに面白くもないんだけどね。ホネスト家に今から十何年か前に次男坊が生まれた」
「うん」
「当時、ホネスト家は落ち目にあった。国王の妻は、つまり王妃様のご実家は隣国の貴族。ラストーズ内の勢力図とはほとんど無関係だったけれど、王弟の妻の実家がホネスト家と敵対するエレフ家の出だったから。やっぱり王家と結びつくと強いんだよね」
「はあ」
 俺の生返事にセルクさんはうっすらと笑う。今にも「ばっからしいよねー」なんて冗談めかして言いそうなようにも見えたけど、真面目な空気は変わらない。
「男の子が二人、ホネスト家に生まれる間に国王様ご夫妻にも跡継ぎである王女が生まれていた。そこでホネストの先代は考えた。長男は王女よりやや年上で、次男はやや下、そのどちらも王女のお相手として見合うんじゃあないかとね」
 政略結婚ってヤツ、とセルクさんは軽く呟いた。
「どちらかが家を継げばいいし一人婿にいっても問題ないだろうと、ホネスト家は張り切って国王様にアピールをはじめた」
「ほほー」
 オーガスさんが面白そうに片眉を上げる。
「そこに誤算があったわけだけど。その後王女が魔法が使えないことが判明して王位の継承を疑問視されたし、ホネスト家の次男が精霊使いだってこともわかった」
「精霊使いって……ただ精霊が見えるだけじゃ精霊使いと呼ばないんだぜ? 精霊使いを嫌ってるこの国でどうやってそいつは精霊使いになったんだ?」
「あー、精霊使いって言っても、精霊が見えるだけだったぽいんだけどねえ」
 セルクさんはあっさりとそんなことを言う。
 俺は思わず彼の顔をまじまじと見つめた。精霊が見えるだけで精霊使い扱いされるんなら、セルクさんだってそうじゃないか?
「俺は公表してないもん精霊が見えるなんて」
 セルクさんはようやく茶目っ気ある笑顔に戻った。俺の視線に言いたいことを悟ったらしく聞く前にけろっと口にする。
 まあ、そりゃそうかもしれない。
「それじゃ、ホネスト家だってそんなこと公表しないんじゃないか?」
「もちろん不利なことは公表しないよ。そうじゃなくて――聞いただけの話だけど、結構なお偉いさん方がいるところでその子、精霊とじゃれ合っちゃったらしいよー? 見えなくても、気配を感じ取れる魔法使いは多いから」
 セルクさんはそこで一息ついた。
「それで精霊使いじゃないかってことになった」
 真顔に立ち戻ってセルクさんはひらりと手を振る。
 精霊と遊ぶってのは俺にも経験がある話なのでなるほど、と思った。他の人に聞いたことはないけど、精霊使いは誰であれそんな経験でもするのかな。
「ホネスト家は次男をどこかに追いやってフォローに努めたけれど、元から落ち目にあったところに拍車がかかった。とはいえ、建国当時からある名家だから、落ち目と言っても家みたいな武家と比べるとよっぽど力をお持ちだったけど」
 微妙に皮肉の効いた言い方。セルクさんは軽く肩を揺らす。
「だから再起を図るために、魔法を使えなくて立場が微妙だった王女様と自分の息子を婚約させることにした。跡取り問題は微妙だけど、ホネスト家は分家も多いから養子でもとるつもりだったのかも――ともかく、落ちぶれたりとはいえホネストは名家で数代前に王家の血が入ってる。レイドルの魔法の才は秀でたものだったし、その子供が強力な力を継いでいればいいんじゃないかってのがその主張」
 町で聞いた話と違って、やっぱり明らかに政略結婚な話。人事ながらそれって幸せなのかと思ってしまう。
「王弟のお嬢様がやっぱり魔法に秀でてたからね、それでまあ色々ごたごたしたんだけど」
 セルクさんは自嘲に似た笑みを浮かべて、絞り出すように息を吐いた。
「結局、まあご存知の通り俺達王女様派が勝ったんだよね、一応」
 一応というところに妙な力がこもっていて、オーガスさんが言うとおり微妙なんだろうなあと感じる。
 セルクさんはそこで俺の顔を見た。
「これがまず大人の話」
「大人?」
「大人の事情と子供の事情は違うのよ、ソートちゃーん?」
 真面目な顔のままいうものだから、違和感で頭がくらりとした。セルクさんは含み笑いをもらして表情を緩める。
「どーゆー意味ですか」
 思わずきつい口調で問いかける。セルクさんは目を細めた。

2005.08.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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