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精霊使いと魔法国家

3章 2.纏う衣装1

 色々あった食事のあと、セルクさんは俺とカディを先導した。
 階段を上がり、廊下を曲がり、しばらく歩いて。
 立派な扉を開けると中に俺達を招く。
 中央に大きなテーブル、壁際に大きな書架――広い部屋に、落ち着いた調度がならんでいる。
 セルクさんは中央のテーブルに近付いた。
 テーブルの上には同じくらいの大きさの箱が三つ。
「じゃじゃーんっ」
 セルクさんは張り切った声を出して、この部屋に来るまでの真面目なご当主様の顔をがらっと変える。
「見せたいものって、それですか?」
 セルクさんはそう言って俺達をここに連れてきたんだった。
「うむ」
 わざとらしくうなずいて、セルクさんは左端の箱に手を掛ける。
「ソートちゃんにレイちゃんの弟のフリをしてもらう以上、夜中にうろうろされると逆に困っちゃうからねー」
 にこにこにっこり。底知れない笑顔。
「だから変装の必要があると思ってね」
『用心に越したことはないですからね』
「いえーす」
 警戒心が和らいでいつもの通りのカディの言葉に、笑顔のまんまセルクさんはうなずく。
 箱の中に変装道具でも入ってる、のか?  昨日のうちにそんな準備ができるなんて、言動はおかしいけどやっぱりセルクさんは出来る人なんだろう。
 でも、箱三つも準備するのはやり過ぎじゃないか?
 どれにも一着ずつくらい入ってそうな箱だ。
「では、まず第一弾ッ」
 セルクさんは張り切った動作で手を掛けた箱を開けた。
 ふたを放りだして、軽く持ち上げて俺に見せつける。
 俺は思わず中身とセルクさんを見比べた。セルクさんはとても楽しそうな顔をしている。
『……何ですか、ソレ』
 カディの言葉はさっきと同じ冷たさを取り戻した。
 だって、なあ。俺だって言いたいよ。
 箱の中身は服で、当然のことながらきれいにたたまれている。全体像は見ただけじゃ分からないとしても、どんな系統の服かくらい俺だって分かる。
 きれいなフリルが付いた、服で。
 セルクさんが張り切って箱から取り出すとひらりとクリーム色の布が揺らめいた。
 ――ふりふりのワンピースだ。貴族のお嬢様が好きそうな、乙女チックな。
 百歩譲ってフリル付きの男物だったら、まだましだったかもしれないっていうのに。
 もちろん着るのは願い下げだけどさ。
「ソートちゃんに似合うとおもわなぁーい?」
 とても楽しそうな声はどこか女っぽく響いて、俺はセルクさんは実は女装趣味があったのかと警戒した。
 思い返すと、そんな節がそこかしこにあった。
『私、貴方を信用してよかったんですか……?』
 カディは疲れたように呟いた。頭を数度振って彼はセルクさんの持つふりふりから目をそらす。
「女の子の恰好でうろついていたら、さすがに連想する人はいないでしょ?」
「普通しねえよそんなこと!」
 俺は思わず叫んだ。
「なんでこんな馬鹿げたもんを準備するんだよ」
「そして俺がお嬢様の護衛って設定だと面白いかなーと思ったし?」
「思ったしじゃねえ!」
 俺は遠慮なくぎろっとセルクさんをにらみ付けた。そうだというのにセルクさんはますます楽しそうな顔をする。
「うはは、軽い冗談だったのにー」
「じょ、冗談?」
「そう。いやうなずいてくれてもよかったけどね?」
 それはそれで面白いしー、なんて言いながらセルクさんは軽くワンピースをたたんで箱に戻す。
「これ実は借り物」
『何考えてるんですか貴方はーっ!』
「だってー」
 セルクさんはいたずらっ子のようにちろりと舌を出す。
「ソートちゃん俺に丁寧語使うんだもーん」
『はあっ?』
「カディちゃんとかには普通なのに」
「いや、普通って……」
 俺はカディを見て、セルクさんに視線を移した。
「カディちゃんにため口ならそれより若造の俺に丁寧語なんておかしいんだよ、うん」
「……それだけのために、女物の服を出してきたのか?」
 答えずにセルクさんはにっこり。
『気持ちはよく分かります』
「何でそこでうなずくんだろ」
『ソートがですます口調なんてなんか怖いですから』
「怖いとまでは言わないけどー」
 なんて言いながら、セルクさんは気が合うねえとにっこりカディに手を差し出す。
『握手なんて出来ませんけど』
「気が合った記念に友情を確立しようと思ったのに」
 残念そうに言いながらセルクさんは再びテーブルに戻り、今度は真ん中の箱を開けた。
 さっきと同じようにそれを俺に見せる。
「……一部納得いかないモノが入ってるんだけど」
「セット商品よー?」
 カディがあきれ果てたように天を仰ぐ。俺だって似た気持ちだった。
 今度は、立派な男物が中に入ってる。
 セルクさんはやっぱり中身をとりだした。
 今の俺の服よりはちょっと上等そうな風に見えるけど、形はそうは変わらない。シャツとズボンは落ち着いた色合いで、上等そうである以外はごく普通。
「なんだその仮面」
 もう取り繕う気もなく、俺は普段の調子で言ってのけた。
 そのことにひどく満足げな顔をしながらセルクさんはゆっくり口を開く。
「顔がばれなければ問題ないよね。大丈夫俺も仮面かぶるし!」
『そんな恰好でうろつくのは余計怪しいですけどね』
 カディの冷静な突っ込みに、自覚はしているのかセルクさんは苦笑する。
「ちぇー」
 銀製の、おしゃれなのか悪趣味なのか不明な仮面をセルクさんはつまらなそうに放った。真ん中の箱に適当に服をしまう。
 最後の箱に手を掛けた。
「セルクさん、もう見たくないんだけど」
 次に何が出てくるか、考えるだけで心臓に悪い。
 セルクさんの基準は面白いか面白くないかだから、きっと最後の一つも何かネタが詰まってるに違いない。
「だいじょーっぶ、自信作だから」
 作品じゃないだろう。
 セルクさんは問答無用で最後の箱を開けた。
 ためらいなく中身を取り出す。
「うっわ」
 上等度が増した。いい生地に、お貴族サマらしいかっちりとした服。
「逆に飾り立ててレイちゃんに会うってのも手だよね?」
「うぇ、そんなお上品な服着れねえ!」
「じゃあふりふりにする? 仮面でもいいけど」
「その三択絶対間違ってる!」
 叫ぶ俺に見せるセルクさんの顔は明らかに楽しんでるくさい。
「どれも嫌だって。強いて言うなら真ん中、仮面抜き」
「それじゃ、系統が似た服だから見ただけでソートちゃんがソートちゃんだってばれちゃうでしょー? だからこれはセット商品」
 セルクさんは二番目の箱をぽんぽんと叩く。
「ふりふりは絶対ばれないからおすすめ」
「それは気持ち悪いだろ絶対!」
「面白いよー?」
 判断基準が違う、絶対違う。
 そう悪いようなことしないだろうって思うんじゃなかった。三つの箱の中身はどれもふざけている。
 悪意があるんじゃない――と思うけど、読めない。
「俺、セルクさんのおもちゃじゃないんだけど」
「俺もソートちゃんをおもちゃにしたつもりはないよ?」
 嘘だろうそれ。絶対俺のことからかって楽しんでるだろう。
「このどれかを身につけなきゃ、夜中のおでかけは認めないよー?」
 何で俺はこんな人に主導権を握られてるんだろ。
 そんな風には思ったけど、ただ単に俺をからかうだけにこんなものを出してきたんじゃない、とは思う。
 はじめのふりふりは当然除外で、残るは二つ。どっちかといえば、今着ているのとよく似た二番目の服が好みではある。
 だけど仮面は、どう考えても怪しいだろ。
「これ、選ぶしかないのか?」
 怪しい仮面つけて出掛けて不審者扱いされるのは嫌だった。ふりふりはまともと言えばまともだけど、残念ながら男が着るもんじゃない。
 残るは三番目の貴族サマ専用服。
「どれも似合うと思うよー?」
 それは絶対誉め言葉じゃないですから。
 俺はため息と共にセルクさんをにらみつけた。
『――これを選ばせるつもりだったでしょう?』
 カディが呆れたようにセルクさんに尋ねると、セルクさんは笑顔だけ見せて答えなかった。
『食えない人ですね全く』
 カディが認めるなんて相当なものだと思う。
 でも俺にもセルクさん狙いは充分理解できた。
 最初っからいかにも貴族用ですよって衣装を見せられたら、絶対断ってただろうから。ふりふりも仮面も嫌だったら選ぶしかないって思うじゃないか、なあ?

2005.10.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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