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精霊使いと魔法国家

3章 3.纏う衣装2

 セルクさんに笑顔で上等な服を押しつけられて、俺は否応なしに着替えさせられた。
「おーよく似合うねえ」
『着ればそれなりに見えますねえ』
 信用できないセルクさんの言葉と、誉めてるとは思えないカディの言葉。
 どうせ似合ってねえんだろうとやさぐれて俺は椅子に座った。
「姿は確認しない?」
「この仮装を鏡で見たって落ち込むだけだろ」
 おやまあなんて言ってセルクさんは目をそらす。その先に姿見があった。
「まあいっか――じゃあ早速だけど行こう」
 セルクさんは姿見から俺に視線を戻してきた。
「うえ」
 試着じゃなかったのか?
 驚きで目を見張る俺にセルクさんはにやっと笑う。
「思い立ったら命がけー」
「命なんてかけないぞ!」
「言葉の綾だってば」
 何が楽しいのか笑うセルクさん。呆れたような様子を隠そうともせずカディが頭を振る。
『嫌なことは先に済ませた方がいいのでは?』
「嫌とまで言うことないでしょに」
 カディの提案にうなずいて、苦笑するセルクさんに本気の色を感じ取る。
「どうせ暇だし、いいけどさ」
「さっすが話がわっかるぅー」
 セルクさんは再び俺達を先導して、屋敷の裏口から馬車に乗り込む。
 真面目な顔をして、貴族の当主様そのものの態度で。
 いろんな意味で居心地が悪い。
 御者付き二頭立て。頑丈な作りの馬車が走り始め、セルクさんは当主様の顔を緩ませる。
「そうだ、言ってなかったね」
「なにをです?」
 俺の言葉にセルクさんは眉間にしわを寄せた。ですます口調は止めてって言ったでしょーなんて言うかわりにため息を一つ。
「レイドル・ホネストの弟君の名前――えーと、シーファス・ホネストだったっけ」
「覚えてないのかよ」
「直接の面識があったわけじゃないからね」
 思わず突っ込む俺ににっこり彼は笑う。真面目モードの、当主様っぽい空気は変わらない。
 王宮かあ――俺も、セルクさんじゃないけどでっかい猫を背負っていくしかないんだろうな。
「シーファス、シーファス、シーファス」
 その人の真似をするからには、名前で反応出来なきゃいけないんだろうな。
 覚えるためにぶつぶつつぶやく。
「その名前はそんなに気にしなくていいよ」
『どういう意味ですか?』
 俺が尋ねる前に一緒に付いてきたカディが聞いた。
 精霊と一緒にいていいのかなとかちろっと思ったけど、精霊使いって設定だから近くで気配感じても大丈夫だよってセルクさんが言ってくれたからなんだけど。
 正直あまりうれしくない。
 このまま王宮で巨大な猫をかぶった日には、ソートがまたおかしくなったとか言いそうじゃないかカディが。
 それだけ俺の猫かぶりっぷりが完璧だってことだけど、そんな風に言われていい気はしない。
「修行中、別の名前で通してたって設定にしておいたから、多少反応が遅れても大目に見てもらえるよ」
「偽者なんじゃないかって疑われるのは、俺にとってもセルクさんにとってもまずいと思うけど」
 ラストーズの法がどうなってるか知らないけど、身分詐称――人物詐称か? 貴族の名を名乗るのは、犯罪のハズだ。
 レイドルさんって人のためなんて言わなきゃ、それをセルクさんが真剣めに言わなきゃ、俺は絶対うなずかなかった。
 セルクさんは俺の言葉を聞いて笑みを深めて視線を逸らす。
 うわ、なんだその反応。
「多少ぼろ出した方がかえって本物っぽいと思うし、その辺ちゃんと考えてるから大丈夫」
『その態度が怪しいんですけど』
「そう言ってくれると、怪しくしがいがあるねえ」
 どこまで本気で言ってるのかわっかんねえ。カディも同じことを思ったのか、呆れたように大げさに息を吐き出す。
『気をつけて下さいよ、ソート』
「俺だって牢屋にぶち込まれるようなヘマをする気はないよ」
 カディが珍妙な顔で黙り込む。
「いや、前のアレは俺が悪いんじゃないだろ?」
『それはそうですけどね』
「前のアレー?」
 不思議そうに聞いてくるセルクさんにごまかす笑みだけ俺は向けた。
 馬鹿な理由で王宮の牢屋に突っ込まれた話なんて、喜んでするものじゃない。あれはカディと出会ってほとんどすぐくらいのことで、一応丁寧な応対をしてみた俺にカディはソートがおかしくなったとか言ったんだった。
 おかしくねえっての。俺だって一応時と場合ってヤツを考えて行動してるんだってば。
「言いたくないことは無理して聞かないけど」
 物わかりがいいのは当主様モードだからかな。セルクさんは一呼吸置いて、真顔のままで問いかけてきた。
「オーガスちゃんに、聞いたけど」
 セルクさんに真顔で聞かれると妙に身構えてしまう。真面目じゃないときとのギャップが大きすぎて、なんというか居心地の悪さのようなものを感じるから。
「何を?」
「ソートちゃんって、フラストと親しいの?」
「え、ああ――師匠がしょっちゅう王宮に呼ばれてたから、そこそこ?」
「引き合いがあるとか聞いたけど」
「それは皇太子様の一存だな。俺をおもちゃにしたいんだよあの人」
「おもちゃ?」
 口ぶりはふざけたそれなのに、セルクさんの驚く様子はどこか上品だった。ほんの少しだけ目を見開いて、俺を凝視する。
「一応幼なじみのようなもんだし、いい遊び相手と思ってるんじゃないかな」
 フラストの皇太子であるグラウトは、俺の気のせいじゃなく俺をからかうのを生き甲斐にしている節がある。
 俺を雇いたがるのも、精霊使いとしてってのは名目だけで話し相手にするのが本来の目的のように思う。
「その人にソートちゃんの名前が伝わったら、まずい?」
「ってーと?」
「フラストの中枢に名前が知れてるとしたら――あれじゃない、本物っぽいでしょ」
「はあ?」
 どういう意味かわからない。
 セルクさんは俺の様子を見て、目の端を緩めた。
「シーファス・ホネストは素性を隠すためにソート・ユーコックを名を変えた。その彼の精霊使いの才能をフラストが認めているとなれば、ソートちゃんのこと疑う人はいないと思うんだよ」
「――そういうもん?」
「フラストって国家の後ろ盾があるようなものだから」
「はー」
「だけど、名前を出しちゃフラストまで伝わっちゃうからね。ソートちゃんが、その――フラストに仕えたいって言うんだったら微妙に影響しちゃうかも」
 セルクさんは慎ましく、遠慮しつつ俺に言う。
「いや、全力で断ってるからそれは平気。グラウトに――つまりフラストの皇太子様だけど、事情を説明しちゃ駄目だとか言わないよな?」
「ソートちゃんがしたいなら、止めないけど」
「あいつは言いふらしたりするヤツじゃないよ」
「なら問題はないね。じゃあソートちゃんは、小さい頃両親に案じられてソートちゃんの師匠に預けられて、フラストと親交を持ってるってことを追加で流しとく。シーファスで反応が出来なかったときは長年の慣れがって納得してもらえるだろうから」
『そう簡単に納得してもらえないと思いますが』
 カディがセルクさんに水を差した。
「ふつーはね」
『大した自信ですね』
 カディの疑いが色濃い。セルクさんは何も言わず茶目っ気たっぷりにウィンクした。
『――本当にいいようにいくなら、文句は言いませんけどね』

2005.10.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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