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精霊使いと魔法国家
3章 4.面会の前に
しばらく馬車は走り続け、城壁を抜けたあと緩やかにスピードを落として動きを止めた。
御者が扉を開けると、セルクさんはゆったりとした態度で馬車を出てくるりと振り返り、俺を手招きした。
「よし、行くぞー」
『ボロを出さないようにして下さいよ』
「分かってるって」
こっそりとカディとささやきあって、セルクさんの隣に飛び降りる。慣れない服だったので数歩たたらを踏んで後悔した。
あー、貴族サマ服動きにくーっ。
セルクさんは穏やかに俺に微笑み、腕を上げた。目の前には跳ね橋があってその先には城がある。
城は石造りで、冷たい印象のある建物だった。全体的に灰色で、とにかくでかい。
「では、厩舎でお待ちしております」
「ご苦労だったね、ロイヤ」
御者はセルクさんに一礼して馬車ごと去っていった。馬車のまま城の近くには行けないらしかった。
『近すぎて見ることは叶わないと思います』
俺が城の全容をなんとか見ようとしていると、カディが指摘してくる。
まあそれはそうだけど。
諦めて正面を見る。見た感じ、城ってのはどこも似たようなもんなんだよなー、と思う。
フラストに比べて多少古いように見えるのはこっちの方が歴史があるからだろうか。どっちが国として長いかなんてよく知らないけど。
古いってのはぼろいって意味じゃなくて、こういうのを歴史の重みを感じるとかそんな感じに言うんだろうな。使い込んだら味わいを増す革製品をイメージしたらわかりやすいかも。
手入れされているようで、落ち着いた趣だ。
セルクさんは黙って歩き始めて、俺はその後を追った。走るのはまずいかと、大股で半歩後ろにつく。
橋を渡ると、城をぐるりと囲む内壁があって正面には門がある。開けるのに苦労しそうな重そうな門だ。
門番らしき兵士が二人、門の両脇に並んでいる。セルクさんのことを見て、それから彼らは俺に視線を移した。
「ご苦労様、サウィー、ユニアス」
真面目な声でセルクさんが呼びかけると二人は敬礼を返して俺からセルクさんに視線を戻す。
「おはようございます、アートレス様」
「その方が――あの」
どっちの名前かは分からないけど門番の一人が問いかけると、セルクさんは優しい眼差しで俺を振り返った。
「レイドル様の弟、シーファスだよ」
俺のことを手で指し示して、しらっと大嘘ぶっこく。良心が咎めたのかセルクさんは俺からすぐに視線を逸らした。
『度胸がありますねえ』
全くその通りだな。
カディの遠慮ない感想にうなずくのは心の中だけにして、俺は下手なことを言わないようにただ笑顔で会釈しておいた。
門番は重そうな門の近くにひっそりとある通用口を開けた。
そりゃ、頻繁に開こうと思える大きさの門じゃないから普通は通用口を使うんだろう。
俺はセルクさんの後ろを追って通用口から内部に入った。
中はきれいな正方形の石が敷き詰められた大きな道。その左右には丹念に手入れされたような目に鮮やかな植え込みがあって、それが城の入り口まで続いている。
「セルクさん、俺達には打ち合わせが足りないと思わないか?」
門から城にたどり着くまでも結構な距離がある。その道を歩きながら俺はセルクさんに聞いた。
「気後れした?」
俺を先導するセルクさんは、楽しんでいそうな声を返してきた。
「やー、だってなあ?」
何となくカディに同意を求める。俺の意図を悟ったんだかどうだか、カディはうなずきを返してくれた。
娘婿の弟さんの名前がシーファス、それだけでどうやってその人の真似をしろと。勢いでここまでやってきたのはいいけど、城を目前にすると今更緊張してきた。
「ぼろを出してくれた方がむしろありがたいから、気にしなくて大丈夫って言ったでしょ」
「それは自分の身を窮地に追い込むだけでは」
気楽な旅の身の俺よりも、セルクさんの方が下手に勘ぐられちゃまずいはずで。
「ちゃんと考えてるって言ったでしょ」
茶目っ気たっぷりにウィンク一つ、真顔になってセルクさんは黙り込んだ。いつまでも聞かれちゃまずいようなことを話すわけにもいかないし、俺もそれに習った。
底の読めないセルクさんだから、ちゃんと考えてるんだろと頭を切り換えている間にいつの間にか大扉の前まで来ていた。
扉にもやっぱり二人兵士が付いている。
さっきとほとんど同じやりとりのあとで、ようやく城内に到着した。
「すぐに案内するね」
吹き抜けのロビーを足早にセルクさんは進む。
「すぐって――」
いや、まあ今更嫌とは言わないけど言わないけど言わないけど。
もうちょっと心構えをする時間は欲しいかと思うんだけど――言っても無駄なんだろうな。
「レイドルが逃げ出したら困るからね」
「――はい?」
あのうセルクさん今なんか貴方聞き捨てならないこと言いませんでしたか?
『ちょっと待って下さい、当の本人にちゃんと許可とったんですよね貴方ッ』
「一晩で意見が変わってるかもしれないから」
『一晩でほいほい主張が変わる国王なんて即位する方が迷惑ですよ』
言葉少なに応じるセルクさんだけど、カディの言葉に軽く吹き出す。
「全くもって、その通りですね風主様」
真面目な顔で冗談めかした呟き。
「彼は仕事に私情は挟まないよ」
カディが怒りの声を上げる前に彼はしれっと言い放った。
「アートレス!」
カディが盛大な文句を言い始める前に、カディの怒りを代弁するかのような声がどこからか響いてきた。
「うあ、運が悪ーい」
顔を上げたセルクさんが、吹き抜けのロビーを見下ろす男達を見てささやくように呟いた。
「おはようございます」
それでも瞬時に平然とした顔で彼は大きな声をあげる。
男達はセルクさんを見て、その次にやっぱり俺の方を見た。
セルクさんにあいさつを返すでもなく、なにやらこそこそと言い合う。いやぁな感じの眼差し。
「あの真ん中の人が、レシィちゃんの父君だよ」
こっちを見ないまま、早口でセルクさんは教えてくれた。
『――似ていませんね』
確かに似てない。
髪の色はそっくりだけど、その男の顔の作りはレシアに全く似ていない。
レシアは母親似なのかと思ったけど、父親つながりで従姉妹のシーリィさんとレシアは似ていた。てことは、おばあさんか誰かに二人は似たのかななんてふっと思ってみたりする。
『感じが悪い』
ちらりちらりと俺を見ながら何事かを言い合っている男達に、カディは不快そうに目をつり上げる。
風の精霊が静かに、流れるように動いた――カディの仕業だ。
「おや」
順繰りに男達に向かい、帰ってくる精霊の姿にセルクさんは振り返って軽く目を見開く。
カディは声を運ばせて、何を言っているか確認するつもりなんだろう。風は声を運ぶ。
『――聞かない方が幸せなことは、ありますね』
カディは俺をちらっと見下ろした。疲れたような顔をして、ため息。
「だろうね」
セルクさんはこくりとうなずいた。俺としても全く同意見だ。
セルクさんの政敵だから、きっとろくなこと言ってないだろうし。それがわかってたら詳細をわざわざ聞いて気分を害する必要はない。
「精霊使い――か」
レシアの親父さんがぽつりと呟くのが聞こえたのは気を回して俺にも声を届けてくれた精霊がいるからだろうか。
そうじゃないと聞こえない程度の呟きのあとで、俺をじろりとにらみ付けてから親父さんは取り巻きを連れて去っていった。
「感じわっる〜」
さすがのセルクさんも腹に据えかねたらしい。小さく呟いた。
それから気を取り直して歩みを再開する。
ロビーを抜けて、何度か曲がったり登ったりを繰り返し、奥まったところで足を止めてセルクさんは俺を振り返った。
「じゃあ開けるよー」
そんな前置きと共にノック。
「え、いや待ってそれセルクさん!」
言ったところでもう遅い。中からくぐもった返答が返ってくるとセルクさんはにんまりとした。
もっとこう他に何か。一息つくとかそんなこと期待しちゃ駄目なのか?
……駄目なんだな。セルクさんはなんだかとっても楽しそうな顔をしている。
「じゃあ、あとは若いお二人で」
言いながら彼は扉を開けた。
あらゆる意味で間違っている言葉によろめきながら、セルクさんに後押しされて俺は部屋に入り込む。
俺は何もしてないのに、すぐさまぱたんと扉が閉まった。
セルクさんの言葉に従ったとも思えないけど、カディもなぜか付いてこなくて――部屋にいた男と本当に二人きり。
その人は出窓を背に書き物をしていた。執務机には書類が山ほど積まれている。
「ちょっと待って下さい」
顔を上げようともせず、その人は言った。
2005.10.28 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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