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精霊使いと魔法国家

3章 5.偽りの再会

 えーっと、ちょっと待って下さいって。
 なんて声をかけるべきか迷ったから、時間をもらえるのはありがたいけど。
 どうしようか扉を振り返って、きっと部屋を出てもどうしようもないんだろうなあと確信して向き直る。
 こちらを見ようとしないその人は、セルクさんが言ったように俺とよく似た色合いの髪。
 言うべき言葉も思いつかずに、部屋を見回す。
 落ち着いた趣のある部屋だった。
 ふっかふかの絨毯、ソファにテーブル。壁に作りつけの書棚に、逆の壁には風景画。
 来客用っぽいソファに身を委ねていいのか決めかねて、扉の前で立ちすくむ。
「どうしたんですかセルク、めずら――」
 シーリィさんの未来の旦那様で、もうすぐこの国の王になるはずのその人は言いながら顔を上げて俺の顔を見てぴたりと手を止めた。
 ぱくぱくと口は動いても声にはならず、驚いたように彼は目を見開く。やっぱりセルクさんが言ったように青い目をしていた。
「あ――あの人はあ!」
 ようやくそんな風に声を荒らげて、彼はペンを机に放り出した。
 それから慌てたように立ち上がる。
「あー、ええと。立っていては疲れるでしょう、どうぞ座って下さい」
「あ、ありがとうございます」
 二人してふかふかソファに体を埋めて、何も言えずに沈黙する。
 初対面で紹介もなく放り出されて会話が進むわけがない。
 セルクさんが何を考えているのか分からない――どうせ、久々の兄弟の再会に他人がいたら怪しいでしょとかそんな理由だと思うけど。
 この部屋近くで誰にも会わなかったんだから、気にすることないだろうよ。
 居たたまれない状況になることを見越して、その方が面白いとか考えたとか言わないよな?
「セルクが迷惑をかけたようで」
 沈黙を先に破ったのは、向こうの方だった。
 俺よりはいくつか上くらい、最初の驚きが去ってしまうととても落ち着いた様子の人。
「まさか、こんなに早く行動に移すとは思いませんでした」
 俺に言うというよりは独り言に似た響き。
「レイドル・ホネスト、です」
 多少ためらったあとに差し出された手を俺は軽く握った。強く握りかえされて驚いた瞬間に彼は手を引き戻している。
「えーっと」
 セルクさんの時は名乗ったけど、この場合はどう名乗るべきなんだろう。
 仮にもレイドルさんの弟として来ている以上本名はまずい気がするし、とはいえレイドルさんの弟の名前を名乗るのも何か違うだろう。
 レイドルさんは俺の心中を察したらしい。整った顔にわずかに笑みを浮かべてゆっくりと口を開いた。
「シーファス、と呼んでいいですか? そして出来れば兄と呼んで欲しいのですけど……」
 どうでしょうか、なんてレイドルさんは首を傾げる。
 恐る恐る、なんて表現が合いそうな態度。
 昨日のセルクさんの言葉が思い浮かぶ。
 この人は弟のことを気に病んでいて――うんぬん。
 こくりとうなずきを返すと、安心したように彼は微笑んだ。
 そうして再び会話が止まる。そりゃそうだ、共通の話題もないのに何で盛り上がればいいってんだ。
 俺から呼びかけるのもどうかなあって思う。うなずいちゃった以上兄さんって呼びかけなきゃいけないわけで――それはかなり気恥ずかしいものがあって。
「本当にセルクが迷惑を掛けました。彼は――悪い人間じゃないんですけど、お節介なところがありまして。何を考えているやら」
「色々考えてそうですね」
「普段もそれくらい真面目に考えて行動してくれたらありがたいんですけど」
 レイドルさんはため息をもらした。
「申し訳ないのですが、しばらく私の弟になって下さい」
「ええっと、至らない点はご容赦いただきたく」
 俺が頭を下げるととんでもないとレイドルさんは慌てた。
「君のような人を弟と呼べるのなら、それはとてもうれしいことですよ」
「――ありがとうございます」
 社交辞令でも本気で言っているように聞こえた。
「俺も貴方のような兄がいたらうれしいです」
 俺の言葉も半分は社交辞令で、半分は本音だった。
 本音の半分はお互いセルクさんにいいように扱われてるんだろうなっていう親近感だけど。
 俺の言葉にレイドルさんは目を見開いた。身を乗り出して俺の手を取るとぐっと握ってくる。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、とてもうれしい」
「あ、ええと、どうも」
 思わぬ行動に間抜けなことをつぶやく。
 レイドルさんはそんな俺を見てやりすぎたと思ったのか手を引いた。
「差し支えなければ、君のことを聞かせてもらえますか? シーリィやセルクには聞きましたけれど――その。他の人に問いつめられる前に、君のこれまでを私が知っていないとまずいと思うので」
「そうですね。俺にも弟さんのことをいろいろ聞かせて下さい。ぼろが出たらまずいと思うんで」
 レイドルさんが悲しそうに顔を歪めたからしまったとは思った。
 セルクさんはレイドルさんが弟のことを気にしてるって言ったのに。
「――そうですね。話しておくべきでしょう」
 俺にだけ事情を聞くなんて公平じゃないと思ってはくれたらしい。レイドルさんはそっと目を伏せた。
「私が五つの時ですから、もう十七年前のことです。弟が生まれました。私は弟が生まれてとてもうれしかったし、父も母も同様にとても喜びました」
 レイドルさんは手元を見て静かな声を出す。
「その喜びの種類は似ているようでいて、少し違った。両親は私か弟のどちらかをシーリィ――つまり姫様の婚約者にできると思っていたようです」
 セルクさんにも聞いた話だった。
「両親は私たちをとてもかわいがってくれました。私も弟のことは大好きでした。首が据わり、はいはいをし、歩けるようになり。ええもうとてもかわいらしかったです」
 レイドルさんは顔を上げた。視線は俺を捕らえたけど、微妙に焦点があっていないように見えた。在りし日の弟の姿でも思い出しているんだろうか。
「もう少し成長した後は、庭で遊んだものです。駆け回ったり、魔法使いごっこをしたり……いい思い出です。そのうちに、私は妙なことに気付きました」
「妙なこと、ですか?」
「はい」
 今度は俺をしっかりと見てレイドルさんはうなずく。
「弟の周りに――半透明の何かが、まれに見えるようになりました」
「んん?」
 さらっと彼が言った言葉に俺は眉を寄せた。
「半透明の何かって――精霊?」
「当時の私には知りようはありませんでしたが、精霊でした」
 断言だった。
 俺はまじまじとレイドルさんを見た。
「えーっと、ちょっと待って」
 手を上げてレイドルさんの発言を制して、
「てことは、レイドルさんも精霊使い?」
 尋ねると、緩やかに彼は頭を左右に振った。
「ごくまれに、何かの拍子に精霊が見えるくらいでは精霊使いにはなれないと思いますよ」
「そ、そうだけど」
 セルクさんといい、この人といい何で精霊が見えちゃうわけ。
「弟には、完全に見えてる節がありました。精霊使いの才能は確実に遺伝するわけではないようですが、それでも遺伝する可能性は高いようです。弟がそうであるならば、私も見えるくらいしてもおかしくない」
「でも、そうするとあなたや弟さん以外の家族にも精霊が見えていたんじゃないですか?」
「そうですね」
 レイドルさんはきわめて冷静だった。
「ホネストは由緒正しい家柄を誇っていますけれど、長い歴史の中では――その、言い方は悪いですがどこの生まれか分からない血も混じっていますから」
「はー」
「ですが、その才能は弟に結実したと考える方が正しいのではないかと思います。精霊は気に入った精霊使いの近くでは存在感を増すんでしょう?」
「そうですね」
「その影響で私にも見えたのではないかと思います。弟がいた頃は頻繁に見えていましたが、今は本当にごくまれにしか精霊らしき存在は見えませんから。弟の存在が呼び水になって、それで見えたのではないかと思うんです」
 レイドルさんの語り口は淡々としたものだ。
 感情を押さえた声で、だから自分だけでなく父にも精霊が見えるようになっていたのではないかと推測して、それ故に弟が精霊使いではないかと言われた時に過剰反応で遠ざけたのではないかと結んだ。
「ラストーズは魔法使いの国ですから」
「だからって、精霊使いを嫌う必要はないと思うんですけど」
 突っ込んだこと聞いたかな、と思った。レイドルさんは気にしていない風にこくりとうなずく。
「まったくです」
 そしてにっこりと俺に微笑みかけた。
「我々の先祖は強大な力を持つ精霊使いにあこがれて、だけれど自らがその力を持つことが出来なかったので逆にそれを疎んじたんです。嫉妬した、と言い換えてもいいでしょうけれど」
 皮肉のこもった言い方はカディのそれに良く似ている。
「はあ」
 どうコメントしていいか悩んだ挙句に、生返事でごまかす。
「その挙げ句に両親は取り返しの付かないことをしてしまった」
 うああ、さらにコメントに困るようなこと言われても!
 レイドルさんは俺が困っている様子なのを見ると悲しげに頭を振った。すっと、気持ちを切り替えたように笑顔に戻る。
「後悔しても、今更時間は戻りませんね。今度は君のことを聞かせてもらってもいいですか?」
 ほんの少しためらいを含んだ言葉。
「かまいませんよ」
 レイドルさんが気にするほどふっかい事情があるわけじゃないし、俺はこくりとうなずいた。
「簡単に言えば、ちっこい頃に師匠に拾われて、そんでもって数ヶ月前に旅に出てこーいって言われるまで育ててもらっただけなんだけど」
 レイドルさんは何も言わずにこくりとうなずいた。
 それ以上どんな説明が必要なんだろうか。あー、一応グラウトのこととか言っておくべきかもしれないよな。
 思いついて口を開こうとした矢先に、扉の方から風が舞い込んだ。
『緊急事態のようですよ』
 カディの気配と、声だった。
 振り返るべきか返らないべきか迷って、レイドルさんが驚いたようにカディを見ているのが分かったので意を決する。
「何が?」
 振り返るとカディが何で振り返るんですかと言いたそうに顔を歪めた。いや、だったらいきなり後ろから声かけるなお前。

2005.11.16 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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