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精霊使いと魔法国家

3章 6.望まない対面

「……ええっと、彼は――」
 戸惑いに満ちたレイドルさんの声を聞いて、カディはレイドルさんを見た。
 問いかけるように俺を振り返って、ため息ひとつ。
『もう何があっても驚きませんよ、ええ――』
「驚いてるのはレイドルさんの方だと思うけどな」
 レイドルさんはカディを見て目を見開いている。
『説明は後です。レシアさんのお父君がいらっしゃいました』
 それが緊急事態ってことか。
 俺が納得するのとほぼ同時に扉がノックされた。
 レイドルさんがため息をもらす。
「精霊の方、ですか?」
『そうですよ』
 問いかけに軽くカディはうなずく。
「ちょっと変な精霊なんだ」
 俺もフォローをしておいた。カディが何故かにらんでくる――だって、まさか精霊主ですよなんて言えないだろ?
 レイドルさんは俺の言葉にくすっと笑い、それから表情を消した。
 ノックは少しずつ強くなっている。
「今は忙しいので、後にしていただけますか」
 丁寧にレイドルさんは扉の外に声をかける。
「そんなわけにはいかぬ」
 扉の向こうからはそんな返答。セルクさんらしき声もかすかに聞こえてくる。
 中に入れるわけにはいかないって抵抗しているのかもしれないけど、相手は王族だ。セルクさんでもさすがに分が悪いだろう。
「わかりました、どうぞ」
 レイドルさんが仕方なさそうに答えた直後に扉が開いた。
 さっきも見たレシアの親父さんは、遠慮の欠片も見せないでずかずかと室内に入り込んでくる。その後ろでセルクさんがお手上げのポーズをしている。
 その手を今度はおいでおいでと動かすから、ああ俺は邪魔なんだなって立ち上がった。動こうとすると大きく手をクロスさせる。
 んんー?
 なんだその意味不明な行動は。セルクさんの突拍子のなさはもう充分堪能したんだけど。
「どうされましたか、殿下」
 そんなセルクさんにはかまわないで、レイドルさんが親父さんに問いかける。
 その様子を横目で見ながらセルクさんに注意を向けていると、彼はカディを指差して再び手招きをした。
『私、のようですね』
 不思議そうにカディはセルクさんの元に向かう。
 魔法使いは精霊の気配を感じ取れる。レシアははじめて会った時に精霊の存在感を感じ取れると言っていた。
 その父親は、彼女より鋭いのかもしれない。カディの動きに合わせてセルクさんを振り返る。
「お茶はご入り用でしょうか?」
 セルクさんはカディのことなんて知りませんって顔で問いかけた。
「不要だ。しばらく近付くな、アートレス」
「承知いたしました」
 丁寧にセルクさんは頭を垂れる。流れるような動作で彼は扉を閉めた。
 ちょっと待った、俺は置き去りなんですかセルクさん!
 そんなことをまさか叫ぶわけにいかなくて言葉を飲みこむ。
 俺と同じようにいつの間にか立ち上がったレイドルさんが、俺の肩に軽く手を置いた。
「彼のこと、でしょうか?」
 肩に置かれた手には、落ち着きなさいという無言のいたわりがこもってるように思えた。でもレシアの親父さんを見るレイドルさんの眼差しは鋭い。
 政敵なんだから、仲良くしようって方が無理な話なのか。
 鷹揚に親父さんはうなずいた。
「どうぞ、お座り下さい」
 レイドルさんはソファを彼に勧めて、自分も座り込む。
「シーファス、貴方も」
「う、え、あ」
 いきなりの呼ばれ方に、俺は慌てた。レイドルさんに勧められるままに彼の隣に腰を落とす。
 詳しい話を聞く前に名前を呼ばれる練習をしておくべきだった……!
 セルクさんはボロを出してもいいと言っていたけど、明らかに怪しかっただろう今のは。
 恐る恐るレシアの親父さんを見る――俺を見る視線が冷たかった。
 これ、疑われてるって絶対。
 レイドルさんも心なしか困ったような顔をしていた。あー、いやごめんなさいごめんなさい。次からはちゃんとしますから。
『貴方の弟のシーファスはフラストの辺境に住む精霊使いに預けられて、違う名でもう十数年過ごしてきました』
 何とも言えない沈黙が――いや俺のせいだってことは自覚してるよ――落ちた室内に、突然カディの声が響く。
 精霊使いじゃないレシアの親父さんにその声は聞こえないだろう。
 俺には当然聞こえたし、レイドルさんの肩が一瞬ぴくりと震えたから彼にも聞こえたんだろうと思う。
 レイドルさんは視線をレシアの親父さんの頭の後ろ、扉に向けた。
『だから、咄嗟にうまく反応できないと言えばいいですよ』
 カディは風の精霊だから、声だって運ぶ。しゃべる精霊の声を運ぶのだって造作はないはずだ。俺は納得できたけど、レイドルさんはますます驚いたはずだ。
 でも形としては寂しそうな顔でため息を一つ。俺にちらっと視線を向けて、元に戻す。
「弟は、預けられた先で偽名を使っていたそうですので。そんなことする必要はなかったでしょうに――」
 貴方は役者ですかレイドルさん!
『ホネスト家の名誉のために、そうしたんだって言うんですソート』
 カディの声がまた聞こえた。
 大方、セルクさんがカディに台本をしゃべってるんだろう――頭が回る人だ。
 一瞬で状況を判断してそんなことするなんて。それに咄嗟に乗れるレイドルさんも同じくらいに頭が回る人なんだろうな。
「家に迷惑をかけるわけにはいきませんでしたから」
 名誉だなんて仰々しいことは言えなくて、そうとだけ言う。
「迷惑だなどと――」
 俺に向き直ったレイドルさんがゆっくりと頭を振る。
「父も母も、君の才能を埋もれさせるわけにはいかないから、精霊使いに預けたのに」
 カディの声だけの台本を、レイドルさんはなぞった。政治に関わる人たちって、何でこう演技が上手なんだろう。
 俺も腹をくくって、それにうなずいた。
「それには感謝をしていますよ。師は本当によくしてくれましたから」
 半分は真実で、半分は嘘っぱち。
「――そのよくしてくれた師から離れて、今この時期にこの国に来たのは何故だ?」
 じっと視線を合わせて言葉を交わす俺達に、苛立たしげに親父さんが言葉を投げた。
 鋭く問いつめる眼差しを感じて、居心地悪くて親父さんに目が合わせられない。
『長年呼び寄せたかったけれど、迷惑だと断られていたと。ただ晴れの舞台に祝いの言葉を告げたかったと』
 ものすごーく端的な言葉でカディが指示してきた。
「本当は」
 レイドルさんの前に俺が口を開く。
「もうこの国の土を踏むつもりはなかったんです。でも、その……」
 この先はどう言えばいいのかちょっと迷った。
「兄の晴れの舞台ですから、一言お祝いを言いに」
 言い淀んだけど、違和感なく兄という言葉は言えたと思う。
「ふん、晴れの舞台ね」
 親父さんは鼻を鳴らした。装飾たっぷりの重そうな上着が合わせて揺れる。
 あー、えーと、この人は娘のレシアを王位につけたくってでもそれを下したのがレイドルさんなわけで!
 台本間違ってなかったですか今の。
 今ものすごくセルクさんに言いたい。もうちょっと打ち合わせをきっちりしないとやっぱり駄目だったんじゃないかー?
「本当は、何度も帰って欲しいと言っていたのです」
 険悪になりかけた雰囲気にレイドルさんが割ってはいった。
「定期的に連絡をし、そのたびに断られていたのですが……。今回はさすがに――その、私も結婚するわけですし、戻ってきてもらえたのです」
「だからといって、堂々と王宮に招き入れることはあるまい」
「申し訳ありません、私がなかなかこの場を離れられないものですから。お気に障ったのでしたら謝ります」
 レイドルはゆっくりと頭を下げた。
 一瞬遅れて俺もそれに習う。
「ふん」
 ゆっくり顔を上げると、親父さんは面白くなさそうな顔をしている。
「自らの立場を危うくして楽しいか、ホネスト? 今、市中で何が起きているか知っていよう」
「放火、ですか」
「精霊使いの仕業ではないかと噂されている、な」
 苦虫を噛み潰したような表情で親父さんはつぶやいた。立ち上がって、彼は執務机の後ろの窓から外を見た。
「いいか、認めたくないが私はお前達に負けた。なんとしても勝ち取りたかったものを奪われたのだ」
 レイドルさんは言葉もなくうなずく。
「それが何か分かるか、ホネスト?」
「王位、ですか?」
「それが欲しかったなら、私は今もまだ諦めておらんよ」
 レイドルさんの言葉に親父さんは首を横に振る。
「私が望んだのは、変わらぬ国だ。長く続いてきたことには意味がある」
「だから、魔法を使えない姫様が王位を継ぐのには異を唱えたと?」
「そうだ。だから――」
「だから、私が王位につくように推挙して下さったのですか」
 レイドルさんは静かに呟いた。

2005.11.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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