IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと魔法国家

3章 7.親父さんの思惑

 いきなり突っ込んだ話に突入して居心地が悪い。
「その通りだ。三代前にウィール姫がホネストに降嫁している。かの方も王位継承権をお持ちだった。多少問題はあるだろうが、貴殿が王位を継ぐことにそう違和感はあるまい?」
 レシアの親父さんはもちろん俺の居心地の悪さなんて気にしたそぶりがなかった。
「姫様が魔法を使えないことにこだわる必要はないかと思いますが」
「ラストーズは、代々魔法使いが治めてきたのだよ。その長き伝統を今代覆すわけにはいくまい?」
 話が俺からそれたからか、カディは何も言わなくなった。
「同時に、代々ラストーズ王家は長子相続をしていたはずです。殿下の娘であるレシィ姫の継承権はそう高くはなかった」
「どちらに重きを置くか、そこが食い違っているのだろうな」
 ――姫って!
 爆笑しそうになるのをこらえていると、親父さんはふんとまた鼻を鳴らした。
 お世辞にも上品とは言い難い態度だ。
「娘が貴殿と同じ考えに染まったのは予想外だったよ。過ぎたことを言っても仕方あるまいが。問題は、これからのことだ」
 いやみたらしい口調が不意に転じた。
「ホネストは長く続く名家だ。代々優秀な魔法使いを輩出している。姫が魔法を使えなかろうと、才能は秘めているはず。貴殿と姫の子ならば、優秀な世継ぎになるだろうと私は思った」
 窓を見るのを止めて振り返る。真剣な表情で見据えられて、レイドルさんが静かに息を飲んだ。
「精霊使いの才は必ずしも後代に伝わるものではないらしいな?」
 レイドルさんより俺を見て彼は聞いた。
「――先祖に精霊使いがいると、子孫に受けるがれる確率は通常より高いそうですが」
 問いかけにやんわりと肯定を返すとレシアの親父さんはそうだろう、と言いたげにこくりとうなずいた。
 俺の返答は満足のいくものだったらしい。
「だとすれば、ホネスト家に精霊使いの血が混じっている――その可能性がある」
「殿下、それは」
 政敵相手にはさすがにうなずくわけにはいかないレイドルさんは、咎めるように口を挟む。
「もちろん、君の弟がたまたまその才能を見せてしまっただけかもしれないがね」
 俺のことを親父さんはちらっと見た。
 俺が本物か偽物かってことはあんまり気にしていないらしく、どちらでも良さそうな態度。
「現物が側にいなければ、十数年前の話だ。ホネストの事情など誰も気にせんだろう。だが今、精霊使いであるホネストの次男が現れたら、どうする?」
「どう、と言われましても」
「まして、精霊使いの仕業だと噂される放火事件の渦中に、だ」
 親父さんの言葉に、妙な違和感を感じる。
「アートレスは気が回る男だ。回りすぎると言ってもよい。だが、いささか軽薄なのではないかね」
 俺とレイドルさんの間をすり抜けて、親父さんの視線は奥の扉をにらみ付けた。
「シーファスが事件を起こしている、と考えておいでですか?」
 固い声をレイドルさんが出したのは、本物の弟が関わってるんじゃないかと考えてしまったからだろう。
 レシアの親父さんはレイドルさんを見て、ゆっくり頭を振った。
「そんな人間をここに連れてくるほど愚かではなかろうよ、アートレスは」
 うわ、セルクさんすんげえ信頼されてるんじゃねえ?
 あの軽いノリさえ知らなきゃ、真面目っぽいもんなあの人。
 そのことにまず驚いて、それから気付いた。
 待て、でもこの人、放火事件の黒幕じゃないかとセルクさんやレイドルさんが見てる人なんじゃないっけ。
 そして、レイドルさんの弟が犯人ではないかと、周りに思わせようとしているって――。
「だが、それで勢いづく愚か者がいることは考えてなかったとみえる」
 呆れたような気配を態度ににじませて、レシアの親父さんはため息をついた。
「それで復権が叶うと考える愚か者がな。彼らにとって、この状況は付け入るべきものになる」
「それを狙って暗躍する人間いるのでしょうね」
 レイドルさんの言葉にはたっぷり皮肉がこもっている。
「くだらぬことで、また争いが起きるのは困るのだよ」
 皮肉をものともせずに親父さんは言った。
「戴冠式間近のこの時期に無用な騒ぎなど起きれば、我が国が軽んじられる原因ともなる」
 セルクさんやレイドルさんが演技上手だってことを考えれば、レシアの親父さんのこれも演技なのかもしれない。
「それは歓迎すべきではない――違うかね、ホネスト?」
 意味ありげにたっぷりと間を取って、レシアの親父さんは言葉に力を込めた。真っ向から彼に視線を合わせたレイドルさんは、ゆるりとうなずいた。
「ラストーズの立場を考えれば、それが望ましくないのは明白ですね」
「それがわかっておるのなら、考えなしなことをしないでもらいたかったな」
「後ろ暗いことがあるわけでもないのに、何故こそこそ行動しなければならないのです。せっかく十数年ぶりに帰ってくれた弟とひっそり再会などしたら、疑ってくださいと言ってるようなものではないですか」
 真っ向から二人はにらみあった。実際はもうちょっとお上品だったけど、真ん中で火の精霊が喜んでダンスでもしそうなくらいの熱の入りよう。
「世情が安定してからでもよかったろうが」
 先に折れたのはレシアの親父さんの方だ。疲れたように肩を落とす。
「――安定して欲しそうに聞こえますけど」
「シーファスっ?」
 いきなり口を挟んだ俺を驚いたようにレイドルさんが見た。それでも弟さんの名前を口にするのは完璧だ。
「どういう意味だね?」
 それにやや遅れて不機嫌に応じるのは親父さん。
「貴方は、兄の政敵と聞きました。だとすれば、付け入る隙がある方がありがたいし、安定しない方がありがたいんじゃないですか?」
 真っ正面から聞いてみる。
 だって、この親父さん。なんか、こう――うまく言えないけど、レイドルさんに協力しようとしてるんじゃないのか?
 レシアの親父さんは俺を見て不機嫌そうな顔を緩めた。とはいえ、真面目で堅苦しそうな雰囲気は変わらない。
「――それが精霊使いの性か」
「は?」
 思わず素で反応してしまう。
 まずかったかなと思ったけど親父さんは気にしない様子。
『馬鹿正直なことを面と向かって言うんだな、とある意味感心したんでしょうねえ』
 カディの声が久々に聞こえる。なんか俺を馬鹿にしてないか、それ。
 突っ込むわけにもいかないし、俺のことを上から下までじっくり眺めた親父さんは緩めた表情にわずかに笑みを乗せて、少し身を乗り出した。
「それに敬意を表しようではないか、シーファス・ホネスト」
「え、あ、はい?」
 どういう意味かわかんないんだけどそれ。
 頭の中でセーブがかかって、思うところがすべて口に出来ない。
 敬意ってなんだよおっさん。
「これから言うことは口外しないと誓えるか?」
「いやあの」
 別にそんな、何か聞きたい訳じゃなく疑問に思っただけなんだけど。
「――誓えるか?」
 俺がすべて言い終える前にだめ押しでの確認。
「信じる神に誓って」
 本名を名乗ってない以上、名前に誓うわけにはいかない。少し気負いながら答えるとレシアの親父さんは少し驚いたように俺を見る。
「本音を言えば、私は王座を未だ諦めたくはない。ホネストには我が王家の血が流れていることに間違いはないが、今回の戴冠は異例のことだからだ」
「そう思う方は多いでしょうね」
 親父さんの言葉に同意するレイドルさんは淡々としたもの。
「王弟である私の娘が王位につくとしてもそれは異例であろうが、魔法の使えない姫の夫の即位よりはまだましだと私は考える」
「王が魔法使いであることにそこまでこだわらなくてもいいと思いますけどね」
「――そこで意見が食い違うのは、今に始まった話ではない」
 皮肉混じりのレイドルさんの言葉に親父さんはぴしゃりと言い放つ。黙っていろお前は、なんて意図がその中にはこもっているようだった。
「だが、私が立てようとした娘は、今はいない――あの馬鹿娘は家出をしおったのだ」
「あ、はあ」
 それを口外するなよって意味がこもっていそうな鋭い一瞥。
 実は旅の途中で娘さんに会いました、なんて口にしたらなんか怖い目に遭いそうだ。
 レシアも怖いし、この親父さんもなんか怖い。
 俺の返事が気に食わなかったのか、親父さんはぎんっと俺をにらみつけてくる。
「言いません言いません。断じて余計なことは口にしません」
 レシアの親父さんは今度は満足げにうなずいた。
「娘がいない以上、この国の平穏のためにはホネストを立てるしかない。故に、ホネストに隙があれば困るのだよ」
「……な、なるほど」
 分かるような分からないような話だ。
 要するに、この親父さんは悪い人じゃないんだろう。レシアに王位継承権があるなら、王弟のこの人だって当然それを持っているはずなのにそれを行使する気はないらしい。
 いったん娘を推薦したというのに、今更自分が名乗り出るわけにいかないと思ってるのかもしれないけど。
 それよりも国を第一に考えて行動している――んだろうな。さっき、そんなこと言ってたし。
『信じていいんじゃないんですか?』
 半分呆れたようなカディの言葉に、心の中で同意して。
「俺は放火なんてしてませんよ」
 口ではそう言った。
「事実は重要ではない。周りがどう思うか、それが重要なのだ」
「精霊使いなだけで、俺が放火犯だと誰もが思うと?」
 そんな馬鹿な話があるか。つい昨日来たばっかりだってのに、そんな濡れ衣を着せられても困る。
 レイドルさんに協力しようという思惑はあるらしいけど、だからこそレイドルさんの弟の存在ってヤツが疎ましいのか。
「その方向に持って行こうと思う輩は、もう既に動いている」
 親父さんは声に力を込めた。

2005.12.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel精霊使いと…
Copyright 2001-2008 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.