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精霊使いと魔法国家
3章 8.気まずい沈黙
どうするつもりだ、と向けられる眼差しが語っているようには思える。
レシアの親父さんの視線はまっすぐに俺をとらえていて、簡単に目をそらせない勢い。
俺に聞かれてもな、ってーのが正直な話。
だってそうだろ?
セルクさんのかっなり強引な要請に従ってここにきただけだし、俺。
レイドルさんはため息をもらした。衣擦れの音がして、肩に手が乗せられる。
正直ほっとして、この機会に親父さんから視線をそらした。右の肩に置かれたレイドルさんの左手を確認して、視線を上げる。
少し高い位置でレイドルさんの優しい眼差しに出会った。彼はにっこりと俺に向かってわずかに微笑んだ後で、表情と眼差しを厳しいものに変えながら親父さんを見据える。
「そのもくろみがうまくいかなければいい、それだけの話でしょう」
硬質な声で彼が言うと、「ほう」と親父さんは呟いた。少し馬鹿にする響きにレイドルさんの手に力がこもる。
「そうであればよいが、な」
言いながら親父さんは立ち上がった。
お開きってことらしい。
「シーファス」
「は、はい?」
その時、ついでのように親父さんは一応俺のって設定の、名前を口にする。
俺は呼びかけの意味がよくわからなくて思わず親父さんを上目遣いで見上げてしまう。
「なんでしょーか?」
「いつまでいる予定か知らないが、しばらくいるのだろうな?」
「いや、そんなに長居をする気はないのでご心配には及ばないですがっ」
問われた俺が慌てて答えると、親父さんは不機嫌に顔をゆがめる。
「アートレスがホネストの弟の噂を吹聴している。王宮内にそれは持て余すことなく伝わっているだろう」
「はあ、そーですか?」
まどろっこしい言い方に、だから何が言いたいんだと問いたくなるのをこらえる。
「戴冠祝いに来たのならば式まで滞在すればいいだろう。まして、戴冠と同時にホネストは婚儀を行うのだ」
「あー、いや、でも」
さっきなんで来たんだとか言ったくせにそれなんだよ。だいたい偽物が長居するわけにもいかないじゃないか。
言うわけにいかないことが多すぎてストレスがたまる。
俺が何をどういえばすっきりするか、ない頭をひねっているうちに親父さんはもう何も言うことないとばかりに部屋を出て行く。
「なー!」
ばたんと扉が閉められて、俺は思わず扉をにらみ付けた。
「なんだよあれなんだよあれなんだよあれー!」
まだ親父さんが外にいたら嫌だから、小声でぶつぶつ言うと、カディがすっと近づいてきた。
『どうどう』
「俺、馬じゃないんだけど」
『落ち着きなさいって言ってるんです』
「どうどうとしか言ってないだろー?」
八つ当たりでカディの方をにらむように見る。その先で、レイドルさんが呆然と俺を見ているのが見えた。
しまった、猫かぶりそびれた!
「あー、ええっと」
おそるおそる俺は口を開く。そんな俺とレイドルさんの間でカディが息を吐いた。
俺の横を通り過ぎて、扉をすり抜けていく。
何で逃げるーっ。
レイドルさんの視線は俺と同じくカディを追ったらしくて、俺が扉から視線を戻すのとほとんど同時にレイドルさんが俺を見たのがわかった。
すんげえ気まずい沈黙。
お互い言葉がないまま、見つめ合う。
そんな気まずい時間にピリオドを打ったのは、音を立てて開かれた扉だった。
ばったーんという大きな音に振り返ると、乱暴に扉を開いたのは案の定扉のすぐ外にいたセルクさんだ。
「やっほー」
俺がこの部屋にはいるときも、さっき親父さんが出ていったときも扉はほとんど音を立てなかった。それを考えるとわざと音を立てて扉を開けて、わざと明るい声を出したんだろう。
「どうしたのー? ふったりともくっらいねー?」
どこまでも底抜けに明るい声に、ため息をもらすレイドルさん。
「セルク」
そう呼びかける声はセルクさんの声に対抗するかのように暗い。
「どこから聞けばいいですか?」
「うんー?」
セルクさんは不思議そうに首をかしげる。レイドルさんはすっと目を細めて彼をにらんだ。
「どこまで貴方の思惑通りなんですか?」
「別に俺何もたくらんでないよ?」
「嘘をおっしゃい!」
「そんな! 急に嘘つけなんて言われてもこまっちゃーう」
「セルク!」
レイドルさんが声を張り上げるとセルクさんはくねくねするのをやめた。
「いや、本気で。だって」
セルクさんは一瞬前が嘘のように真面目な顔。
「ソートちゃんがあの人に真っ正直に問いかけるなんて思わなかったし」
「口出すつもりはなかったんだけど」
「責めてるわけじゃないよ?」
軽い口ぶりだったけど、セルクさんの笑みは大人な気配。
「逆にありがたかったかな」
茶目っ気たっぷりにウィンク一つ。その中に真面目さと不真面目さが共存して、なんだか違和感を感じる。
真面目なら真面目、とか。不真面目なら不真面目、とか。
どちらにも偏らない真ん中は、なんだかセルクさんらしくない気がする。
「そーですか」
「そうなのよ」
「――それで」
にこやかにうなずくセルクさんに対して、呟いたレイドルさんの声は冷え切っている。
「いやん、レイちゃんこわーい」
「ふざけるのはいい加減にして下さい」
すう、はあ。レイドルさんが大きく息をしたのは気持ちを落ち着かせるためだろう。
「俺は至極真面目〜」
対照的にセルクさんは不真面目な方になった。
もう一度深呼吸をして、レイドルさんは呆れた顔をつくる。
「どうして貴方はそうなんですか」
「性分だから?」
文句を言いたそうに何度か口を開きかけて、結局レイドルさんは諦めたようにため息ひとつ。
「いずれ、じっくり話しましょう」
「いらないよ」
「今はいいです」
セルクさんの文句は聞く耳がない様子で、レイドルさんは彼に詰め寄る。
「それよりも」
言いかけて彼はたっぷりと間を置いた。その間に緩やかに視線を巡らせて、その先はカディに行き着いた。
2005.12.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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