IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと魔法国家

4章 2.シーリィさんの誤解1

 それからはもう、半分苦行だった。
 アイリアさんが持ってきてくれた水差しからグラスに水を注いでちびちび飲みながらとにかく時間をつぶした。
 まずセルクさんから言付かったっていう本に手を伸ばしてみたけど、何故かこの国の歴史書だったので読むのは諦めた。
 セルクさんが俺に何を期待してるかわからないけど、それ読むのは何か……違うだろ?
 この国出身の真似をするなら歴史くらい覚えてろって意味なら大丈夫、俺はフラストの歴史だってろくに覚えちゃいないから大丈夫。
 いつどこで誰がどーしたなんて知るかって思う。淡々と事実だけ述べられてもだからどーしたって感じ。歴史書じゃなくって誰かの自伝とかならもうちょっと楽しそうだから読んだかもしれないけど。
 三冊組の分厚い歴史書なんて誰が読むんだよ。
 そうは思っていたんだけど暇をつぶす方法を他に思いつかなくて、寝室に行って柔らかいベッドに身を投げ出しとりあえず一冊めくってみる。内容なんてもちろん頭に入ってこない。
 パラパラめくっていたつもりがふとノックの音に気付いたときには、真っ昼間だって言うのに突っ伏すようにして寝てた。
 慌てて起きあがって散乱する本を見回しながら口元をぬぐう。うん、よし。よだれオッケー。
 控えめなノックが少しずつ大きくなるので慌てて移動すると、控えめかと思っていたノックは叩きつけるように乱暴なものだった。そのことに驚いて一瞬足を止める。
 そりゃ、奥で寝ていたら控えめに聞こえるかもしれない。
「どちら様ですか?」
 まず誰か確認しないと、例えばレシアの親父さんだったりしたらとても怖い。アイリアさんの忠告に従う意味もあって呼びかけるとまずノックが止んだ。
「私です、あの、アイリア――」
「え、アイリアさん?」
 今のノックが?
 おとなしそうに見えた彼女にしては今のは大きなノックだったような。驚いて声を上げる俺に扉の向こうから「そうです」とくぐもった返答が返ってくる。
 扉を引いて彼女の姿を確認してもまだ意外に思う。
 なかなか気付かなかったもんだから、頑張ってくれたのかな?
「そろそろお昼の準備ができますので」
 あんなに乱暴なことしそうになさそうな人だけど。
「あ、もう昼ですか」
「はい。ご案内いたしますけれど、よろしいですか?」
「え、あ、はい」
 肩の凝る問答のあと、借り物の服がしわになってないかちらりと確認してうなずく。アイリアさんは「では」と呟いて身を翻した。
 ゆったり落ち着いたスピードはちょっと遅いかなと思うけども、最初に目撃した時ほどではない。あの遅さの原因は何だったんだろう。
「ご不便をかけて申し訳ありません」
 黙って歩いていることに飽きたのかしばらくしてアイリアさんが口を開く。
「不便?」
「お部屋に閉じこめるような真似をしまして」
「あー、いえお気になさらず?」
 先に謝られてしまったら何も言うに言えない。というか俺をそんな状況に持ってきたのはセルクさんであってアイリアさんではないわけで。
「アイリアさんが悪いんじゃないですから」
 そう言っても申し訳なさそうな様子をアイリアさんは崩さない。
 気詰まりな時間は短くはなかったけど、別の話題を探さないといけないほどでもなかった。
 セルクさんに案内された部屋も奥の方にあるなあと思ったけど、気のせいでなければもっと奥に向かうように歩いている。
 階段を下りた後に長い廊下が続き、そこには絵画や彫刻がたまに置いてある。ちらちらそれに目をやるだけで結構忙しい。
 やがて中庭を分断するような渡り廊下を渡って、別棟に入った。
「セルク様は――」
 やがてやっぱり沈黙に耐えかねたのか、再びアイリアさんは口を開いた。
「決して悪い方ではないのですが、全くの善人ではありませんから」
「あー、ええと」
 そりゃ、一筋縄じゃ行かない人だってことはとっくの昔にわかってる。でもまっすぐうなずくのもどうかなって思いながら言葉を濁す。
「お気を付けになって下さい。あの方の言動の半分には裏がありますから」
「――それはじゅーぶん体験しました」
 大体俺が似合いもしない服を着てこんなところにいるのだってその言動の裏ってヤツが原因だ。
 アイリアさんは少し俺を振り返り、困った風な顔を見せる。
「まだまだ、その裏までお読み下さい」
「無理だと思うけど」
「難しいかと存じますが」
 正直な俺の呟きに苦笑でアイリアさんは応じる。
 何かを言いかけてはやめることを数度繰り返して、結局のところアイリアさんは続けて何も言わなかった。
 どんなフォローも無駄だよなあ、あの人に関しちゃ。出会ったばかりの俺だってそう思うくらいだから、アイリアさんだって当然そう思ったはず。
「こちらです」
 またしばらく黙ったまんま歩いた後、アイリアさんは足を止めた。俺に対して無駄に恭しく扉を開いてくれる。
「どうも」
「いらっしゃい」
 ぺこぺこ頭を下げながら促されて部屋に入ると、にっこり笑顔で迎えてくれたのはシーリィさんだ。
「あ、どうも」
 間の抜けた対応になってしまったのは、彼女の恰好が昨日とは全然違ったから。
 いかにもお姫様って感じの彩度の低いピンクのドレス。昨日はもうちょっと落ち着いた感じだったのはお忍びってことで控えめにしていたんだろうか。
 ふわっとしたどこか可愛らしい印象のドレスの端っこを持ち上げシーリィさんは綺麗に一礼した。
「座って」
「あ、はい」
 アイリアさんはさっとこの場を立ち去っていて、二人きり。
 勧められて椅子に座っても居心地が悪くて仕方ない。
「シーリィさんだけですか?」
「レイドルなら、一段落したらくるんじゃないかしら」
 シーリィさんは首を傾げる俺にあっさり答える。
「できるだけ昼食は共にしているの。最近はままなっていないけれど……」
「お忙しい、ですか?」
「仕方のない話だけどね」
 シーリィさんはどこか悲しげな様子だ。
「だから、貴方が来てくれてうれしいわ。大事な弟のためであれば、レイドルは何が何でもここにやってくるでしょうから――ちょっと、嫉妬しちゃうけど」
「いやあの」
 その発言には誤解がたっぷり入ってる。
 本当の本当に、シーリィさんは俺がレイドルさんの弟だと信じて疑ってないような言葉。
「嫉妬って……」
「だって、ほとんどかまってくれないんだもの」
 いじけたように言うシーリィさんは俺より年上なのに年下くさい。
 あまりにも悔しそうだったからちょっと意外だった。だってほら、政略結婚っぽいのに本気で嫉妬してるような感じだし。
「仲、いいんですね」
「いいわよー。意外そうねぇ?」
 シーリィさんはくすりと笑った。
 政略結婚じゃないんですかなんて正面きって聞く度胸はない。とりあえずごまかし笑いを浮かべると、彼女はますます笑みを深める。
「気になるわよね、お兄さんのことなんだから」
 シーリィさんとの間には物理的なテーブルの幅だけじゃなくって、巨大な誤解が横たわっているようだった。昨日はそんなでもなかったってことは、セルクさんが夕方くらいから適当に吹聴したことをいつの間にか信じてしまったんだろう。
 朝、セルクさんは俺が捨て子とか言ったせいで信じたとも言ってたっけか。セルクさんのことだから、何となくその誤解を増長させたんじゃないかって気がする。
 ちゃんと誤解のないよう俺を偽者に仕立て上げた理由を言っておいてくれたらいいのに。そうしなかった理由は簡単に想像が付いて嫌だった。
 「その方が面白いでしょ?」にっこりそう言うセルクさんがたやすく想像できる。そういう問題じゃねえっての。
「いかにも政略結婚みたいだし、実際そうではあるわ。最初は、だからレイドルのことなんて大ッ嫌いだった」
「そーなんですか?」
「ええ。誤解されやすいのよね、あの人」
 アイリアさんが戻ってきて、お茶をいれてくれる。そのお茶をシーリィさんはぐっと飲んだ。
「素直じゃないし、ひねくれものなの。だけど、いい人よ。いろいろあったと思うけど、どうか嫌わないであげて」
 詳しく説明しないまでも、こもった感情は本物。
 そんなに真剣に言われてしまうと対応に困ってしまって、再び去っていくアイリアさんの姿を俺は意味もなく見送った
「俺が本当にレイドルさんの弟だと思うんですか?」
 そうやって時間を稼いでも、「偽者ですよ」って真っ正面から言う度胸はでなかった。いや、ほら。だって、シーリィさんがあまりに真剣だからさ。
 控えめに主張したらシーリィさんはわずかに顔をしかめた。
「他人行儀に呼ばないであげて。レイドルさん、なんて」
「いやあの、えーっと」
 ますます偽者なんて言いにくい雰囲気。セルクさんは何だってまたこの誤解を解こうとしなかったんだろう。
 予想は付くけど。ついてしまうけど!
 あの人なら簡単に煙に巻くような説明ができそうなのに。
 それとも他に何か裏があるのか? アイリアさんに忠告されたことを思い出すと、面白い以外の可能性だって充分にある。
「あの人は本当に弟さんのことを気にかけてたのよ。ソート君――じゃなかった、えと。シーファス君」
 そうやってフォローすべきなのはレイドルさんの本物の弟さんに対してだ。
 うなずくわけにいかなくてどう真実を告げるべきか悩んでいると、シーリィさんはひどく悲しげな顔になる。
「本当よ、真実そうなんだから。だから嫌わないであげて?」
「そうじゃなくって、あの」
 ああもう、なんて面倒なことをっ。
「レイドルさんのことは嫌いじゃないですよ」
「ほんとにっ?」
「あと、俺は偽者だってセルクさんに聞きませんでしたか? だからあの人に含むところは何にもないです」
「シーファス君……」
 思い切っていった俺にシーリィさんは悲しげな視線を向ける。いや、そんな顔されても事実は事実なんだって。
「どうかそんな悲しいこと言わないであげて」
「いや、ちょっと待って下さいシーリィさん」
 はっきり言っても駄目? 駄目なのかーッ?
「今聞いてました?」
「もちろん」
 はっきりシーリィさんはうなずくけど、会話がいまいちかみ合ってない感じがして、俺は途方に暮れた。

2006.02.28 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel精霊使いと…
Copyright 2001-2008 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.