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精霊使いと魔法国家

4章 4.セルクさんの弁明

 さすが王宮だけあって昼間から豪勢な食事がテーブルに並べられ、丸テーブルを四人で囲んでアイリアさんを給仕役にして会食が始まる。
 それにしても、とんでもないことになったもんだ。
 王女様に、貴族様二人とご会食。いや、そりゃあそういう経験が全くないわけじゃないけど――物心つくかつかないかって頃からの知り合いとのそれとじゃずいぶんと心構えが違ってくる。
 セルクさんは場を盛り上げるために気を遣ってくれるし、シーリィさんもレイドルさんもにこやかにしてたけどそれでも、やっぱりな。
 どんな会話をすればいいんだよって思ってたけど本来の目的であるところのレシアの話をつらつらしながら、何事もなく食事は進む。
 話が一通り終わるとセルクさんは場を盛り上げるためにあれこれと馬鹿なことを言って、それにレイドルさんがため息をもらし、シーリィさんやアイリアさんがくすくす笑う。幾度となくそれを繰り返す。
 三人の質問を受けて俺自身のこともぽつぽつと話したりした。
「ごちそうさまでした」
 そうしていると結構楽しくて、食事は案外と早く終わった。楽しい時間は早く過ぎる、つまりはそう感じただけだろうけど。
「ご満足いただけたかい?」
「もちろん」
 レイドルさんの笑顔の問いかけに俺はしっかりとうなずいた。香草をたっぷりつかった鶏肉の焼き物とか、すげえうまかった。
 切ると肉汁がとろりとあふれ出したあたりが最高。難点を言えばほんの少し胡椒が足りないような気がしたことだけど、でもまあそんなのは些細なことだ。
「それはよかった」
 レイドルさんはほっとしたようだった。俺に悪いとでも思ってるのか申し訳ないくらいに気を遣ってくれるから、本当に申し訳ない。
「食べてるときのソートちゃんはほんとーに幸せそうだよねえ」
「何でもおいしく味わうのが食材に対する礼儀だし」
 セルクさんは何とも言えない顔で口ごもって、シーリィさんはくすりとした。
「いい心がけですね」
 レイドルさんだけは真顔でうなずいてくれた。いい人だ。
 お皿をカートに乗せてアイリアさんが去っていって、次に同じカートにお茶のセットを持って帰ってくる。
 アイリアさんがいれてくれたお茶で一息ついて、しばらくしたらひょいとセルクさんが立ち上がった。
「さってと、そんじゃーもう行くとしますかー」
 ありがとねアイリアちゃん、そう呼びかけてセルクさんはうーんと伸びをする。
「ソートちゃん、部屋まで送るよ」
「セルク?」
「レイちゃんはまだシーリィちゃんとゆっくりすること。いいね?」
「ちょっと、セルクッ?」
 慌てたような声を出すレイドルさんにセルクさんは笑顔を向ける。
「お兄さんからの命令でーす」
「何が兄ですかー!」
 セルクさんには常識も身分差も関係ないらしい。
「そりゃあ俺が一番年長だもの。お兄さんでしょ?」
 あっさりとそんなことを言ってレイドルさんに言葉を失わせる。
 沈黙の中でセルクさんは俺に近付いて、「愛する二人を二人きりに〜」とささやき声で歌い始めるので俺は慌てて立ち上がった。
 耳に息がかかって気持ち悪いってば、セルクさん。わざとだなっ。
「さあいこーソートちゃん」
 有無を言わせずにセルクさんは歩き出す。正直素直に従うのも嫌なんだけど、とはいえシーリィさんやレイドルさんの邪魔をするわけにはいかない。
「お邪魔しましたー」
 ぺこりとお辞儀してからセルクさんの後に続く。
 扉をくぐって閉めたところで大きなため息が口をついた。
「おんやあ、ソートちゃんお疲れ?」
「疲れるだろ普通」
 へにょんとした気の抜けた顔で首を傾げるセルクさんに皮肉っぽく言ってやって俺はゆっくりと頭を振る。
「緊張するじゃないか」
「そんなんじゃ大物になれないよ?」
「なる気もないし」
 静かに歩き始めながらセルクさんはくすりと笑った。なんだかとっても真面目な横顔に反論を封じられた気分で後に付き従う。
 行きと同じ道筋を逆に辿っていく。人通りはないけど人目を気にしているのかセルクさんは真面目な顔のままだった。
 静かなセルクさんと歩くのは妙に気詰まりで話題を振ろうと思ったけれど話せそうなことが何もない。
 偽者の件も、放火の件だってここで話すのにはそぐわないし、レシアのことだって大きな声で話していいようなことじゃないだろうし、もうすでに話尽くした。
 さっき思いついたことを聞いてみてもいいかとはちらりと思ったけど、セルクさんはシーリィさんが好きなのかなんてことも口にするのは微妙だろう。
 興味本位で突っ込むようなことでもないし、ましてそんなことが真実だったりしたら――セルクさんの立場的にまずい気がする。
 身分差もあるし、レイドルさんとセルクさんはとても仲がいいみたいだし、きっと他にもいろいろ。
 改めて考えてみると俺と彼との間の共通点なんてほとんどない。よくもまあ、こんなところでこんな風に馬鹿なことしでかす羽目になったもんだ。
 師匠にばれたら――腹を抱えて笑われるだろうな。うわあにあわねえとか普通に言われそうだ。こんな服も、名家の出身だとかいう嘘設定も何もかも。
 その前にオーガスさんに爆笑されるだろうけど。師匠よりオーガスさんの方がきっと容赦なく笑うだろうなあ。うわー、なんか簡単に想像できるんだけどその様子が。
「何百面相をしてるの?」
 不意に聞こえた声は笑いを含んでいた。セルクさんは俺を振り返りながら歩く速度を緩めて、きらりと瞳を瞬かせた。
「え、いや別にッ」
 オーガスさんに爆笑されそうな嫌な予感がしてました、なんて言ったらセルクさんは面白がって余計あることないこと言いそうだから慌てて首を振る。
 面白そうに首を傾げてセルクさんは俺の真意を探っているかのようにまじまじとこっちを見る。
「――あのね」
 次いで聞こえた声は低く落とされていて、いかにも内緒話の雰囲気。何を言うのか不思議に思いながらもしっかり聞こえるようにさりげなくセルクさんに近付いてみる。
「誤解してるみたいだけど、彼女のことは何とも思ってないからね」
 俺はそう言い訳するセルクさんのことを思わず見返した。その辺は突っ込まない方がいいと思ったんだけど。どうやら俺がそれを気にしているとでも思ったらしい。
 セルクさんでも読み違えることあるんだなあと思うと何となく安心した。
 別に彼は心が読めるってわけじゃないんだし当たり前っちゃ当たり前だけど、なんというか俺の中で先読み当たり前な感じの人だって思ってたから。
「もちろん、彼女の誤解も勘違い」
 名前を言わないのは誰かに聞かれてもいいようにだろうか。真剣な響きの言葉は信用できる印象だけど、あえて言う辺りが逆に怪しいと思うのは穿った見方か?
「本当に?」
 もちろんとセルクさんは力強くうなずく。
「ただ単に、放っておけなかっただけなんだよ。彼があまりに見ていて危なっかしいものだから」
「危なっかしい?」
「そう」
 レイドルさんとその言葉が結びつかなくて首を傾げる俺にセルクさんはあっさりと答えをよこした。
「そういう方面には疎いようでね。目の前に幸せが見えているのに、手を伸ばさないのは愚かだよ――無くして、後悔しても遅い」
 コメントに困ることを真剣そのものの顔で言われても困る。
 レイドルさんの弟さんのことかなあと思ったけど、それにしては真に迫った言い方だ。セルクさん自身、何かあったのかもしれない。それは無神経に聞くべきことでもなさそうだから曖昧にうなずいて、ごまかす。
「意外と――お世話好きなんですね?」
「そうでもないよ。二人とも大事な人だからね。そうでなきゃ……」
 セルクさんが言いかけた言葉は最後まで言われることなく消えた。遠くから近付いてきた騒々しい足音にぴたりと言葉を止めて、セルクさんはもう一度きりりとした顔を作った。
「あっ」
 前方から聞こえていた足音の主が角を曲がって姿を現し、こっちを見て声を上げた。
「アートレス様!」
「どうしたんだ?」
 そう声をかけながらセルクさんは大股で彼に歩み寄った。
 やたら騒々しいと思ったらその人は簡単な鎧に身を包んでいた。簡単な鎧でもがしゃがしゃとやたら音を立てる。彼は俺達の前に立ち止まると規則正しく敬礼して、そんな彼にセルクさんは軽くうなずいてみせた。
 俺の方を少し伺うようにした後、警備兵らしきその人はなにやらセルクさんに耳打ちする。
 なんか問題でも起きたのかな?
 セルクさんは二度三度うなずいた。
「わかった、すぐに行くから君は戻りなさい」
「はっ」
 さっと手を振るセルクさんに彼は再び敬礼をして、来たときと同じくらいに騒々しい音を立てながら去っていく。
「シーファス君」
「う、あ、はい?」
 去っていく警備兵に聞こえるか聞こえないかってくらいの声で、とても違和感のある呼び方をされて危うく変な声を出しそうになる。それを押しとどめて俺はセルクさんを見た。
「悪いけれど急用ができたよ」
「そのよーですね」
 うなずく俺にセルクさんは口早に帰り道を説明して、心の底から申し訳ないと思っているような顔をする。
「ちょっとややこしいけどわかるかな?」
「来た道を戻るくらい、平気ですよ?」
「――それならいいけど。この棟には敵はいないはずけど、向こうはいてもおかしくないから、寄り道しないようにね」
「了解」
 子供に言い含めるような言葉だけど、素直にうなずくとセルクさんは足早に去っていった。足音はほとんどしないのは、靴の違いか身のこなしの違いか――両方、かな?

2006.03.21 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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