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精霊使いと魔法国家
4章 6.ここにいる理由
「仕えるつもりがないというなら、何故こんなところに?」
俺が正面に座るやいなや、グラウトは鋭い問いかけを飛ばしてきた。
「君は――こういうところを苦手だと常々言っているだろう。そんな恰好もな」
ためらった後で言う顔は、俺のよく知った彼のものだ。
「それを理解してくれてるとは知らなかったぜ」
「理解はしてないよ? その服もよく似合っているし、慣れれば苦手じゃなくなると思ってる」
「褒めても何も出ないからな?」
調子を取り戻しすぎたのか、いつもの馬鹿な口説き文句が出そうな気配がしてきた。
「そういう話はなしだ。お前は俺がここにいる理由が聞きたいんだろ?」
フラストで働く気がないか、なんて何度聞かれたってノーに決まってる。遠い未来までは保証できないけど、ものすごい心変わりをしない限りうなずかないはずだ。
「それはまあ、そうだけど」
しぶしぶグラウトは言おうとした言葉を引っ込めてくれた。
ほっとしたのもつかの間、次にどう説明しようかってところで躓いた。いつまで経ってもいい言葉が思いつかなくて固まる俺にグラウトは顔をしかめた。
「言えない、とは今更言うまいね?」
「言いにくい、とはきっぱり言えるね」
「ソート、いつまでも口を開かないなら私にも考えがあるよ?」
「あー、ちょっと待てよ。今考えてんだから」
どうやったら効率よく俺の今の状況ってやつを持て余すところなくグラウトに伝えられるか。
「えーっとだな。さっきのあの人が」
「アートレス殿? 彼がどうかしたか?」
「いや待てよ、ええと。旅の途中で知り合った人に手紙を依頼されてだな、その届け先があの人だったんだよ」
「それだけで王宮にいる理由になると思うかい?」
「息継ぎの合間にそんな指摘してくんな」
突っ込みようがないように理路整然とした説明をしたいと思うのにわずかな隙に鋭い突っ込みがやってくる。
「それでそのアートレスさんの屋敷に泊めてもらえることになったんだけど、そこにもう一人いた客が師匠の友達だったんだ。世間って狭いよな」
「私と君がここで再会する程度には狭いだろうけど。それだけで君がここにいる理由にはできないね」
「――そうだな」
これ以上どう説明していいか、そんなの俺にだってわからない。
グラウトがセルクさんの流した噂を聞く前に会えたのは運がよかったんだと思うけど、セルクさんがいろいろ説明する前に会ってしまったのは不運だと思う。
何がどーなってどんな理由でグラウトがここにいるのか俺の方こそ聞きたかった。グラウトに将来この馬鹿な行動が知られるのは覚悟してたんだ。だけど実際にそれを目撃されて問いつめられるなんて俺の予定には全くなかった。
将来なら笑い話のように語って聞かせればいいだけだけど、現在進行形で全て言うには俺にだってわからないことが多すぎる。
「まあ、つまり。全部そのアートレスさんのたくらみだな。ここにいるのもこんな服なのも」
「――君の才を欲したか」
静かなつぶやきは鋭さを含んでいる。
「いや、それはぜんぜん。まったく、皆無」
「そんなに否定しなくてもいいだろうに」
「誤解されたままなのは居心地が悪いぞ? 特にお前には早急に理解していただきたいところだ」
「謙虚でありすぎるのもかえって嫌みだと思うけれどね」
「何の話してんだよ」
呆れたようにグラウトは肩をすくめる。
「ま、それはいいとして。あの男は意味もなく君をここに呼ぶことなんてしないだろう」
「親しいのか?」
「いや? 出会って一時間も経っていないが。だけどここまでの言動で大体のところはわかるさ」
人を見る目はあるつもりでね、自慢でもなんでもなくごく普通の調子でグラウトは続けた。彼の審美眼自体はほとんどの場合に置いて信用はしている。俺よりもよっぽどそれはあると思うし。
「それは認めるけどなー」
でも今回の場合は信用はできない。
短時間でセルクさんの内面を見通すまでは至れないだろう――むしろ、そこまでグラウトが悟っていたら逆に怖い。
一時間も経ってないって事は、俺とさっき別れてから初対面ってことだぞ?
真面目な仮面をひっかぶったセルクさんはそれくらいの短時間なら真実を充分に隠しきるだろう。
セルクさんだって一応はこの国のお偉いさんだし、グラウトは言うまでもなくフラストの偉い人だ。もしかしたら最後まで真面目な振りで押し通すつもりかもしれない。
「何か不満がありそうだね?」
「不満、ってわけじゃないよ」
セルクさんにだって外面があるだろうから、言わない方がいいんだろうな。そうすると微妙に逃げ腰になってグラウトは顔をしかめる。
「言いたいことがあるなら、言えばいいだろう」
「――言えれば苦労しないだろうな。まあ、詳細はあの人を問いつめればいいよ。俺の口からは言えねえ」
「せっかくの機会だから言えばいいだろうに」
「お前に……目の前で爆笑されたり馬鹿にされるのが嫌なんだよ、分かれよ」
グラウトは奇妙に押し黙った。俺も沈黙でもってそれに応じる。
「私と君の仲なのに?」
「依頼の秘密には口をつぐむのが正しいと思うぜ? お前になら言っていいって確認はしてあるけど」
「でも嫌だと?」
「突拍子のない話じゃあるからな」
しばらくして沈黙に耐えかねたグラウトにあくまでも俺は黙秘権を主張する。
再びの静寂に耐えかねたのは俺だった。
「まあ俺のことについては後であの人に聞いてもらうとして、お前は何だってここにいるんだ?」
「君がここにいるよりも不思議じゃないだろう」
「まあ、そりゃそうだけど」
「近く新王が即位することはさすがのお前も知ってるだろう?」
「あ――あぁ」
まさかその弟の偽者として俺がここにいるなんて全く思っていないグラウトは、俺が本当にそれを知っているのか疑ってるようにこっちを見る。
「新王の即位ともなれば各国から祝賀のために使節が来ていることくらい予想がつくだろう。フラストのその代表が私、というだけの話だ」
「――なるほど」
「国を出る機会など滅多にないし、見聞を広げてこいとの命令でね」
その説明は理路整然としていて、それに突っ込むべきところはない。
「へー。各国見て回ったのか?」
「いや、馬車を乗り継いで半月ほどかな。寄り道はほとんどしなかったよ」
「ぬ」
あっさりと告げられた所要日数は予想外に短い。
「俺の半年の旅路が半月かよ」
思わず愚痴が口をついた。俺が地道に歩いた道のりが半月って!
潤沢な資金に裏打ちされてないと、馬車を乗り継ぐなんて無理な話だ。ある意味うらやましい。
本気でうらやましくないのはそんなに急いですっ飛ばしても、何の修行にもならないと思うから。
とはいえ何となくむなしさは覚える。
「あちこちうろうろしてたんだろう。君のことだから、各地の名物料理でも食べあさっていたんじゃないか?」
たそがれる俺にちくりとグラウト。
「なっんでみんなそういうこと言うんだろうな」
開く口開く口から何でこう食べ物の話が出るのやら。
「まさか、わき目もふらず歩いてきたなんて言わないだろう?」
グラウトはそう言って俺のことをじっと見た。
「……それは否定しないけどな」
ほら事実なんじゃないか、グラウトはそう言いたげににやりとし、顔の前で腕を組んでそれにあごを乗せた。
それからセルクさんが戻ってくるまでの時間は雑談で埋まった。
気を変えて馬鹿な現状を話そうなんてもちろん思わなかったし、セルクさんが一体どれくらいで戻ってくるかわからなかったもんだから込み入った事情を最初から最後まで話しきる自信もなかったし。
旅のほんのさわり、カディとの出会いやらあれこれを語ったことによって別の意味で笑われて頭の片隅で後悔したりもしたけどな。
「楽しかったよソート。また、話す機会はあるだろうね」
「そうだな」
断言する彼にうなずいてみせる。満足げにグラウトはうなずくと扉に向かった。
「次は、そのカディとやらとぜひお話ししたいね」
「そうだな」
再び現れたセルクさんはすんげえ笑顔だ。
グラウトと二言三言かわして、彼を置いてこっちにやってくる。
「ねえソートちゃーん」
真面目モードなのにささっと近寄ってきてあげる甘えているような声はとても違和感がある。
「何?」
「フラストの殿下に何で説明してないちっくなの? 俺てっきり問いつめられるかと思ってたんだけど」
「自分で説明しなくて楽だし、俺から直接説明した方が楽しそうだなーって実は思ってただろ」
じっとりとにらみつけるとセルクさんは口早に「そんなことありませんわよ」と明らかに嘘っぽいことを言ってグラウトに向き直った。
こっちを見ているグラウトに近付いて、一言二言。グラウトが苦い顔をしたのは「詳しい説明は後ねー」なんてセルクさんが言ったからに違いない。
2006.04.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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