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精霊使いと魔法国家

4章 7.それからのあれこれ

 それから数日は、これといったこともなく過ぎた。
 大体がゆっくり昼近くまで寝ていて、豪華なメンツと毎日昼食。それからは他に用件のない限りグラウトは暇つぶしに俺を呼び出したし、夜は夜で連日夜会に引っ張りだされる。
 何をどうやって考えてもセルクさんの手の内で踊らされてる。
 それはうすうす感じてたことだし、グラウトが世間話代わりに解説してくれたので間違いない。



「あれは食えない男だな」
 グラウトに用意された部屋は俺のそれよりも格段に広かった。
 グラウト本来の部屋もそれなりにでかかったけど、居心地の悪さを感じるのは部屋に生活感が全くないからだと思う。
 優雅にティーカップを傾けながらグラウトは静かに口にする。
「そうですか?」
 答えたのはグラウトの侍女のコネットさんだ。全員分のお茶を入れたあと、グラウトに勧められて一緒の丸テーブルを囲んでカップを両手で包み込んでいる。
 青い瞳を見開いて軽く首を傾げる彼女に、グラウトはこくりとうなずいてみせた。
「できる方だとは思いましたけど」
 真面目そうだしカッコイイしもてそうですよねぇ、なんてコネットさんが続けたので俺は茶を吹き出しそうになった。
「もう、なによぅソート君。別におかしいこと言ってないですよー?」
「あー、えーと。ごめんなさい」
 コネットさんはこれまで俺に色々な便宜を図ってくれた恩人なので素直に謝ってみる。
 ごめんなさいコネットさん、さすがにセルクさんの演技にだまされてるよなんて俺の口からは言えません。
 グラウトは俺達の様子をみてくすくす笑った。
 彼はもうセルクさんから全ての説明を聞いた後だ。セルクさんはその場で予想外にあっさりと真面目な仮面を取り外してみせたらしい――コネットさんがいないタイミングに、グラウトだけに例の調子で話しかけたとかどうとか。
「本当にあれは食えない男だ」
 セルクさんからはすでに「グラウトちゃんとお友達になっちゃったー!」とハイテンションな報告を聞いている。
 グラウトが俺と親しくつきあってくれる理由ってヤツは、俺をおもちゃにしたいからだと俺は半ば信じている。
 同じく人をおもちゃにすることが大好きそうなセルクさんとはよく考えたら気が合いそうな気がして、二重でからかわれることになるんじゃないかと聞いたときは呆然としたものだった。
 実際その予想は大きく外れてはいない――と思う。
 でも今のグラウトの言葉の片隅にはわずかな苛立ちが混じっているようだった。
「その感想は間違ってないと俺も思う」
「あれの手の内で踊るのは気に入らないな」
「――グラウトが?」
 かつりと音を出してグラウトはカップをテーブルに置いた。コネットさんがその様子に目を丸くしながらポットからおかわりを注いだ。
「予想も付かない先手を打たれたら、対処のしようがないこともある。後手に回って勝ちに持ち込むのは難儀だな」
「はぁ」
 俺の記憶にある限り、グラウトが負けを認めた相手なんて自分の父親か俺の師匠くらいだ。
「先手を打てば勝てるんじゃないか?」
「――どうだろうな」
「何でまたいつになく弱気なんだ?」
 この間かららしくない姿を見るのは、ここがフラストじゃなくラストーズの王宮だから何となく不調なのか?
 俺の問いかけにグラウトは数度何か口にしかけて、結局は肩をすくめて終わる。
「予想外のところから一方的に仕掛けられたら避けようもないな。そしてこちらがそれに乗らざるを得ない手を打ってくる」
「えっと」
 いつもの調子を取り戻したグラウトが俺に目を合わせてきた。グラウトに見つめられると落ち着かない気分になるのはきっとこれまでの人生で色々さんざんな目に遭ってるからだろう。
「……俺がセルクさんの思惑に乗ったから、迷惑かけてるか?」
「今更思い当たったか」
「えーと、悪い」
「本気でそう思っているようには見えないね」
 まさにその通りなので俺が言葉を失っているとグラウトは大げさにため息をついた。
「アートレス殿の申し出は別に私に不利になったわけじゃあないよ」
 ついでのような言葉にほっとしていると、彼は顔に笑みを乗せた。嫌な予感のする、満面のそれ。
「ラストーズとこれまで以上の友誼を結べるなら、あの男の思惑に乗ってやっていいとは思う」
「あの人にそこまでの権力があるかっつー話だけどな」
「新国王の側近としてこれ以上ない力を手にすると思うね――見たところホネスト殿も彼をたいそう頼りにしているようだし」
「……それは微妙だと思うが」
 俺は毎昼続く昼食会を思い返した。レイドルさんとシーリィさんはこっちが見ていてたまに恥ずかしくなるくらい仲がいい。単に政略結婚なのだと言われてもあの様子を見たら俺だって首を傾げそうなくらいに。
 シーリィさんとセルクさんも仲がいい。セルクさんの心の内を想像するとどうなんだろうとかは思うけど、かまわずシーリィさんはあれこれぽんぽん言うし、セルクさんもそれににこやかに応じている。
 そして問題のレイドルさんとセルクさんと言えば。
 セルクさんに限って言えば愛想よくレイドルさんに話しかけている。レイドルさんの方はと言えばちょっと苦い顔が常だ。そして口癖が「あともうちょっとでいいから真面目だったらいいのに」。詳細は毎回違うけど、そんなことを頻繁に言っている。
 頼りにしているのかどうかって言ったらしてるような気がするけど完全に信用するには不安な人、それがセルクさんだと俺は思う。
「そうかい? 身内に引き込めば力になりそうだと思うけれど」
 グラウトだって短い期間であの人があんなつかみ所のない人だって事は理解したはずなのに、そんなことを言う。
「――退屈しない、の間違いじゃないか?」
 冷静に考えてからの問いかけにグラウトは軽く目を見開いた。
「どういう意味かな?」
「どうって……えーっと、身内に友達が欲しいって事じゃないのか?」
 ますますグラウトは目を開いて軽く笑った。
「それだけで私は評価などしないよ」
「そうかぁ?」
 俺に誘いをかける辺り、そうじゃないと思うけど。こっちに風向きが変わったら嫌だから言わないけど、俺の言葉は心底疑わしげに響いたと思う。
「もちろん」
「本気ならそれはそれで、神経疑うけどなぁ」
「失礼なこと言うねえ」
「だってそうだろ? セルクさんだぜ?」
 セルクさんの真面目な姿しか知らないコネットさんはさっきからきょとーんとしている。
 グラウトは顔を引き締めて肩をすくめた。
「あの馬鹿げた態度は、本心を見せない鎧だな」
「なんとなく、わかるけど」
「重ねて言うが、あれは食えない男だ。お前を馬鹿げた嘘に巻き込んで、私でさえ駒にした」
 グラウトは目をきゅっと細めて尖った声を出す。
「お前が偽者であろうとなかろうと、私の後ろ盾があれば信じざるを得ない」
「そんな簡単なもんなのか?」
「そう簡単ではないだろうけど」
 グラウトは俺に流し目をくれて言葉を止める。
「まあ、口はよく回る人だよな」
「そういうことだ。放火犯の犯人が彼の予想通りに新王を不当に貶めようと考え行動に出ていたとしても、私の気に入りに仇なせば後々面白くないことくらいは想像できるだろう」
「ん? ちょっと待て、それってどういう事だ?」
「なんだ、わからないのか?」
 グラウトは半分呆れたように言う。
「なんだか話がすんげえ飛んだ気がするんだけど」
「フラストはこの国にとって喧嘩を売ってはまずい国なんだよ。私が国を継ぐのはまだずいぶん先だろうが、私の機嫌を損ねるわけにはいかないというわけだ」
「はあ」
 詳しく説明してもお前はわからないだろうけどね、なんてグラウトはしれっと続けた。何となくむかっとはしたけど、実際聞いてもよくわからない話なんだろう。おとなしくうなずいて先を促す。
「旅の精霊使いをちょうどいいから新王の生き別れの弟に仕立てあげた、それだけを聞くと大変うさんくさい。ただ、喧嘩を売ってはいけない私の幼なじみで気に入りだと言えば信憑性は増すだろう?」
「多少は、そんな気がするな」
「だろう? まして君は、レイドル殿によく似た特徴を持っている」
「だから妙なことを言い出したんだろうな、セルクさんが」
 しみじみと俺はうなずいた。グラウトはそんな俺を見て、いつものからかう顔になる。
「本当に君がそのシーファスかもしれないよ?」
「お前面白がってるだろ」
「どちらにしろ、君の今後にシーファスという名はつきまとうよ」
「大げさなことを言うし!」
 グラウトは真剣な顔になって、本気だよとつぶやいた。
「ラストーズは歴史ある大きい国だ。私のように各国から祝賀に大勢やってきている――フラストの次期国王の気に入りの精霊使いが新しい国王の生き別れの弟だという情報は、率先して吹聴する男がいるからよく伝わっている」
「それが?」
「それがってね、ソート……君がフラストに帰ってきたら、みんな君の本名がシーファスだと考えるって事だよ? 本当のことを全員に言うわけにはいかないんだから」
「みんな呼び慣れた方で呼ぶだろ」
「――そういう問題じゃないと思うんだが」
 渋い顔でグラウトはうなる。
「ソート君らしいですよ」
「そういう問題じゃない」
 コネットさんの言葉に手厳しく言い放つと、グラウトは何故か俺をにらみつける。
「そういう問題じゃないとか言われても……あ」
「わかったか?」
「本物のシーファスさんに悪いとは思ってるんだけど」
 グラウトはものすごく何か言いたげな顔をして、それからため息をもらした。
「処置なしって顔するなよ!」
「……君に期待しすぎたのが間違いだったね」
 どういう意味だってにらみ返すとグラウトは余裕げに微笑みやがった。
「まあ、たぶん誰も君の悪いようにはしないと思うから安心するといいよ」
 何をどう悪くしないのかさっぱりわからなかった。でもそれきりグラウトは話は終わりとばかりに口をつぐんだのでどうしようもなかった。
 必要ないときは無駄にしゃべるのに聞きたいことは何も言ってくれない、それがグラウトだから。

2006.04.22 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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