IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと魔法国家

5章 ただ気がかりは

1.彼の不在

「君はフラストの殿下とずいぶん仲がいいんだねえ」
 コメントに困ることを突然言い始めたのはレイドルさんだった。
 いつもの昼食会の帰り道のこと。今日は急いで戻らないといけないレイドルさんに「お供するんだー!」と俺の背を押したのはもちろんのことセルクさん。いつもはシーリィさんとの時間を過ごすんだ〜ってレイドルさんに主張しながら俺と一緒に退出するけど、今日に限っては違った。
 彼がささやいてきたところによると「たまには兄弟水入らずってのをアピールだ」とのことらしい。
「はあ、仲がいいというか……」
 ことあるごとに遊び相手にさせられているというか。グラウトの目下の楽しみは、俺を連日夜会に引っぱり出すことのようだった。張り切って俺のサイズの衣装を用意させて、始めから終わりまで近くで観察される。いろいろと居心地が悪い会だった。
 グラウトだけじゃなく国の内外から招かれたらしい客の、そのほとんど全てから観察されているようなもんだった。レイドルさんの、つまり新国王様のいきなり降ってわいた弟には全員興味津々らしい。
 愛想の持ち合わせを毎回使い果たす勢い。逃げ出したいのに逃げ出せないのは、常に近くにグラウトがいるからだ。
 いろんな国から人が集まってるんだし、この機会になんだ、ほら。そんな人たちとお近づきになればいいだろう?
 俺なんて放っておいてくれたらいいのに、そうしないのは俺をおもちゃにしたいからじゃないんだろうか。
 逃げ出せない分他の人と話さなくていいようにガードはしてもらってるけど、笑顔を意識してキープするのだって大変なんだからな。
「いいというか?」
 レイドルさんは俺の言葉尻を優しく繰り返した。
「向こうが俺のことを面白がってるだけじゃないかと」
 一瞬レイドルさんは吹き出しそうな顔をした。
「い、いや、ごめんね」
 それを瞬時に真顔に戻してレイドルさんは謝ってくる。腰が低いというか、レイドルさんは俺に対してとても気を使ってくれる。
「謝るようなことじゃない気がします」
「そうかい?」
 カディからお小言好きを取り払い――あるいはグラウトから人をからかうのを面白がるようなところを取り払い、それに遠慮深さを足し込んだらレイドルさんみたいになるんじゃないかと何となく思う。
 二人にはレイドルさんを見習って欲しいね。
「グラウトもレイドルさんみたいだったらいいのになあ」
 思わず呟くとレイドルさんは奇妙に押し黙る。これでグラウトと同い年らしいってのが信じられない。グラウトは昔は年甲斐もなく落ち着いてるって思ってたけど、それが何年も続いたらそこから成長してないっぽいし。それに比べてレイドルさんはもっともっと落ち着いている。
「ええと、誉められた、と思っていいんでしょうか?」
 なぜか怖ず怖ずとレイドルさんは確認してきた。こくりとうなずきを返すと満面の笑顔。
「ありがとうございます」
 几帳面にお礼を言われてしまった。レイドルさんはものすごーくいい人だけど、こういうところがちょっと反応に困る。
 遠慮深く気を使ってくれるのは、無理難題を押しつけてしまってるって気にしてしまってるんだろうなあ。もしかしたら本当に俺に弟を重ねてるのかもしれない。前者だったら本当に気にするべきは全然気にしたそぶりのないセルクさんだし、後者だったら俺の方が本当の弟さんの存在を気にしてしまう。
 一週間ほどで通い慣れた道をゆっくりと歩く。一週間後に国王になるはずの人は遠慮深く慎ましく俺の様子を気にして歩いている。
「そういえば」
 いつもセルクさんかシーリィさんが何かしらしゃべってるから、突然二人きりにされても何を話していいか迷ってしまう。数分の沈黙のあとでそれを打ち破ったのは、だから俺じゃなくレイドルさんだった。
「先日の、不思議な彼はどうしたんですか?」
 廊下に人影は少ない。それでもそれはささやかな声。
「不思議な彼?」
 俺は素で問い返して、すぐに気付いた。
「あー、カディ」
 レイドルさんはこくりとうなずいた。確かにカディはいろいろと不思議だ。
「あいつはあの時――あのってのはこの間のあの時だけど、あの時に俺のことを知って怪しい動きをする奴がいないか調べるとか言って、それっきりかな」
「それは……非常に心強いんだけどね」
 そういうレイドルさんは複雑な顔をしている。
「ちょっと普通じゃなさ過ぎる、詐欺くっさい手ですね」
 ほとんどの人には見えない精霊が、自由にしゃべるって言うのは驚異だと思う。どんなところにでも潜り込んで、どんなことでも聞けるってことだから。
「でもま、よっぽどのことがない限り不必要なことはしゃべりませんよ、あいつは」
「信用してるんだね」
「結構長いこと、一緒に旅しましたから。ぜんっぜん戻ってこないってことは何にもなかったからここを出てったんじゃないかなあ。こういうところが嫌いみたいな感じだったし」
 グラウトにしゃべる精霊の彼に会ってみたいと言われてもだから無理だし、一人で暇なときもしゃべり相手がいないし、カディの不在はちょっとつらい。
 でも最初っから乗り気じゃなかったから、セルクさんの屋敷に戻ってても仕方ない。オーガスさんに協力して火の精霊の異常でも調べてるんだろう。俺だってできるならばそっちに協力したいところだ。旧交を温めるのも、新しい知り合いと親交を深めるのも悪くはないけど、精霊の問題が解決してからだってできないことはないと思うし。
「そうなんだ。もう少し話してみたいと思っていたんだけど」
「今度会ったときに言っておきます」
 社交辞令でなく本心で言っていたんだろう、レイドルさんはよろしくねと力を込めて言った。
「じゃあ、また」
 そこでちょうど分かれるタイミング。レイドルさんがそのまま歩き去るのを俺は見送った。角に背中が消えてから、すぐそこの部屋まで俺も戻った。

2006.07.08 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel精霊使いと…
Copyright 2001-2008 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.