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精霊使いと魔法国家

5章 3.幼なじみは誤魔化せない

 ただ暇を持て余すのも嫌だけど、心配でその暇を埋めるってのも嫌な話だ。
 何も手をつかなくて、変な想像ばっかりが広がってしまう。こういう時こそグラウトが来たらカディを心配することからは解放されそうなのに、期待したときだけ面白いようになかなかこない。
 からかわれるとかそういう心配が出てくるから、別にいいといえばいいんだけど。
 けろっとした顔でカディが久々に姿を見せに来ないかなと期待しても無駄で、結局いつもよりやや遅いくらいの時間にコネットさんを先触れにグラウトがやってくる方が早かった。
 容赦なく俺に着替えることを強いてくるグラウトに今日だけは逆らわず、素直に俺はそれに着替えた。
 毎日微妙にどこかが違うらしい服は一体どこをどういじってるんだか疑問だ。
 コネットさんが言うにはなにやら色々違うらしいけど、どの辺りなのかがさっぱり不明。
「毎日同じなのはおしゃれさんじゃないんですよー」
 ってのが彼女の主張だ。
「男物はまだましなんですから。女物になると、毎日違うドレスなんて当たり前です」
「面倒なことだよ」
 コネットさんはグラウトをちらりと見て苦笑した。
「何でグラウト様は乙女心に疎いんですか」
「趣味の違いじゃないかな? なあソート、お前だってそうだろう?」
 居心地が悪いのを何とか改善しようと服のあちこちをさわっていた俺は、同意を求められて何となくうなずいた。
「あんなお高そうなドレス、毎日変えてるだけで気が遠くなりそうだなー」
「だろうだろう。私もそう思う。彼女たちも何が面白いのだか」
「ふんわりふわふわは女の子の永遠のあこがれなんですっ」
 あーあ、なんてコネットさんはため息をもらして頭を振った。
「私には理解できない世界だな」
「グラウト様には何としても理解してもらわなくっちゃならないんですけど」
「無理、無理」
 にこりと微笑んでグラウトはコネットさんを軽くいなした。
「無理、じゃないですよ。将来どーしたって関わってくるんですから」
 コネットさんの口ぶりはぼやきには近いけど、どちらかというと軽い。グラウトはわずかに苦笑して、肩をすくめた。
「あんまり関わりたくないんだが」
 まったくもう、なんて言ってコネットさんは明らかに苦笑した。
 考えてみればグラウトはレイドルさんと同い年だっていう。レイドルさんがシーリィさんと近々結婚するように、グラウトだっていつそんなことになってもおかしくない。
 むしろ一国の後継者として、奥さん候補の一人もいないってのもおかしな話な気がする。
 グラウトのことだから片っ端から突っぱねてるんだろうけど。グラウトに奥さんか――うわ、想像できねえ。
 仏頂面のグラウトの横にふわふわドレスを並べただけで、違和感で吹き出しそうになるのをこらえなきゃならない。
「ソート、何を笑ってるんだ」
「いや、別に」
「見当違いな何かを想像して失礼な感想を持っただろう」
 じろりとこっちをにらむグラウトに「言いがかりだ」とは言えない。
「い、いやまあ」
「嘘がつけませんよねー、ソート君は」
 口ごもっているとコネットさんにしみじみと言われてしまった。
「現在進行形でこの国の偉い人を絶賛だまし中だけどな」
 半分自嘲するように言ってみせるとコネットさんは「あら」と呟いて目を丸くする。
「一番の嘘つきはあの男だろう。お前が――というよりも、精霊使いという人種がそういったことを不得手にしていると理解した上で全ての計画を組んでいる」
「ここはうなずくポイントか?」
 フォローしてもらえてるのか、ただ単にセルクさんを貶めたいのかグラウトが言ってることはよくわからない。
 にっと笑ったグラウトはどちらでも自由に選べと言わんばかりだ。
「ま、私もせいぜいこの状況を利用させてもらうから、かまわないのだけどね」
「――かまわないって思ってる顔じゃない気がする」
「ふむ?」
 それがわかったのはこれまでの付き合いの賜物ってやつだろうな。思わず口にするとグラウトは楽しげに首を傾げた。
「あー、いややっぱいまのなしッ」
「思ったことをすぐに言うのはやめておいた方がいいと思うよ」
「俺だって考えたこと全部口にするほど愚かじゃないんだけど――いや、俺が悪かったですはい」
 突っ込んじゃいけないところに突っ込んでしまった。
 グラウトが何でセルクさんの思惑に乗ってるかって言ったら、俺のためで。それなのについぽろっと余計なことを言ってしまった。
 恐る恐るグラウトを観察すると、はっきりと苦笑している。
「かまわないと言っただろう。この状況を利用させてもらう、ともね」
 にやりと笑みが変化して、嫌な予感に襲われる。
「そ、そうか。それならいいんだけど、悪かった」
 利用するって、俺のことなのか?
 何かすんげーそんな気がする。謝っておいたら多少は手控えてくれる――かな?
 そんな俺達の様子を見てコネットさんはくすくす笑った。
「さて、それで」
 グラウトは声のトーンを切り替えた。
「それで?」
 話を変えてくれそうな気配に首を傾げながら乗ってみる。
「いつもより挙動不審なように見えるけど、どうしたのかなソート」
「なっ、い、いつもより、って。いつも挙動不審だと?」
「大体ね」
 大体ってなんなんだそれは。
 コネットさんはいよいよ遠慮なく笑いはじめる。そんなに俺は挙動不審なのかー?
 いつも俺を散々からかうグラウトが原因だろそれは。
 借りがあるから言えなくて、拳を握りしめて気持ちだけにらむ。
「別にいつもと同じだと思うけど?」
「割と素直に着替えた辺り怪しい」
「……や、それは」
「いつもは言う文句を言わなかったね?」
 鋭い奴だ。
 俺は両手を上げて降参する。確かにもう諦めちゃいるけどいつもなら一言二言文句を言ってから着替えただろう。
 ひらひらしたお上品な服なんて着慣れないし、自分で似合っているとも思えない。鏡を避けるのは見てしまえば平然と行動できないと思うからだ。
「鋭いな」
「私は君のことをよく知っているつもりだよ」
「そいつは否定できないけどな」
「なにがあったんだい?」
 興味半分、本気半分って具合か。グラウトは俺を見据える。
「――前話したろ、精霊のカディ」
「あぁ? 君が行き倒れないように苦心している喋る変な精霊か」
「どういう認識だよ」
「間違ってはいないだろう?」
 否定できないのがむかつく話だった。別にカディがいなくたって、行き倒れないとは思うんだけど――なあ。
 最初に行き倒れかけたのは事実で、その後カディには散々世話になって、俺だって少しは成長してるつもりなんだけど。
 師匠に仕込まれた食える野草についても道中できちんと思い出して忘れないようにきちんと身に付けたし。
「で、その精霊がどうしたんだい?」
「こういうところが苦手みたいだから、セルクさんの家に行っているのかと思ったらそっちにも姿を見せてないらしくって」
「ふむ?」
「よく考えたら、あいつが一言も挨拶なしにいなくなるってのもおかしな話なんだ。立ち去るなら去るで一言くらいあってもいいもんだと思うんだけど」
「ほう?」
「それもなく、向こうにも顔を見せてないってカディからすると考えられない話なんだ」
「なるほど。心配なのか」
「ああ。カディは――そんな、心配する必要があるような奴じゃないけど」
 一応風の精霊主。世話好きのしっかり者。
 何も言わずに姿を見せないなんて、セルクさんが指摘したようにおかしい気がする。
「折しも、各地で精霊が厄介な事件に巻き込まれている時期――か。不安ならばあの男の屋敷に顔を見せてみればいいものを」
「王宮を出たときに放火があったら立場が悪くなるでしょってセルクさんが」
「あぁ、そういえばそんな話があったな」
 グラウトはなるほどとうなずいて腕を組んだ。
「せっぱ詰まったこの時期に、馬鹿げたことをやらかす者はいないと思うんだがね」
「せっぱ詰まってるからやってるんじゃないか?」
「他国から私のように何人もの人間がやってきてるんだぞ? 今更政権交代なんてしてみろ、どうなると思う?」
「さあ?」
「……少しは考えて返答して欲しいんだけどね」
「考えても分からない事実は変わらないと思うな」
「やれやれ、向上心がないことだ」
 はああ、と大げさに嘆息したグラウトはゆっくりと頭を振った。
 わかりそうにないもんをわかりそうにないって言って何が悪い。考える時間が無駄ってものだろ?
 口答えしても言い負かされるだけだから、俺は沈黙でもって先を促した。
「安定していない国だと、他から軽んじられる。自らを魔法大国と称し国際的にそれなりの位置を維持してきたラストーズだ。他から軽く見られることは避けたいだろう」
「えーっと、それなのに今更悪あがきをしている奴がいるっつーのは」
「救いようのない愚か者がいるということだろうな。馬鹿な部下を持ったルドック殿に同情するね」
「えーと、誰?」
「王弟殿下だよ。面識はあるんだろう?」
「名前までしらねえって」
 らしいね、なんて訳が分からない納得をしたあと、グラウトは笑う。
「すべてがくだらない茶番だよ。君の行動一つでレイドル殿に何かがあるとは私には思えないね」
「そ、そうか?」
「――それはあの男も重々承知していると思うんだが」
「それなら、ちょっと抜け出していいかな」
 セルクさんはグラウトにも迷惑がかかるかもしれないって言ってたから、追うのはやめたんだけど。そのグラウトが別にかまわないみたいに言うんだ。
「ま、あの男には何かの思惑があるんだろうがね」
 期待して移動を開始しようとした俺は、引き留めるように呟くグラウト言葉に足をすぐ止めてしまった。
「期待させてそれかよ。セルクさんの思惑に乗るのは面白くないんじゃなかったのか?」
「思惑なんて関係ない。私が君に逃げられたら面白くないだけだ」
「は? 逃げる?」
 真面目な顔して言う彼の言葉が、一瞬よくわからなかった。グラウトは一転してにやり。
「もうすぐ君の大好きな夜会だよ」
「ちょっと待てッ」
 誰が好きなんだ、あんなしち面倒なものー!
「何も言わなくていいよソート、私はよくわかってる。君のだーいすきなおいしいものがたくさんあるからねー」
 言うとおりグラウトは俺が言いたいことがよくわかっているに違いない。
 わざとらしく楽しそうな口調がそれを物語っている。
「そりゃそうだが、それよりもあの空気が耐えられないんだって言ってるんだ」
「むずがゆさを我慢して努力している君を見ていると私はとても楽しいし、おいしいものを食べられるんだから満足はするだろう?」
「それが延々と続けば飽きてくるんだ」
「慣れだよ、慣れ。慣れれば気にならなくなるさ」
「慣れたくもねえよそんなもの」
「ふむ。まあ、私をくだらないことに巻き込んだ以上付き合うのは義務だよソート。あの男の考えも全くわからない訳じゃない、とりあえず明日の朝まで待って、耐えられなければ昼までに出ればいい。もちろん夕方からは私に付き合うこと」
 あの男の思惑に乗るのはシャクだけどね、グラウトはぽそりと続ける。
 夜会さえなければ、グラウトは多分率先して王宮を出る手はずを整えるくらいはしてくれたんだろう――多分、さっきの言葉からすると。
 振り切って行くことが不可能とは言わないけど、それをするのは大変よろしくない。さっきちくりと借りを指摘されたことだし、ここでそんなことをすればあとが怖い。
 それってぜーんぶ、セルクさんが原因だと気付くと何か怒りがわいてくるけど……それでもあの人がなんだかよくわからない手段でカディと無事連絡をつけてきてくれるのを俺は期待した。

2006.07.28 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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